レイド・ノクターは完全無欠の王子様である
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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ゲームでのレイド・ノクターは、分かりやすく言えば完璧な紳士だ。
主人公とミスティアと同い年。現代でいう高等学校一年生にあたる貴族の集う学校にて同じクラスの一人として登場する彼は由緒正しき伯爵家の一人息子。
頭脳明晰で文武両道、あらゆる分野で彼は誰かの後を追うことは無く、いつも彼の後ろを人は追う。その高い能力や家柄をおごらず、誰に対しても優しく、温和でわけ隔ての無い品行方正かつ社交的な態度。
反抗期を拗らせた金色ではない、煌めく清潔感のある金髪。スポーツ系清涼飲料水の広告で多用される爽やかな蒼い瞳。誰もが目を奪われる美しい顔だちと、佇まい。
絵本から飛び出して来たと言われても誰もが信じるその容姿は、まさに王子様そのものであり、彼がある日突然「実は絵本産まれなんですが……」と言っても病院を紹介されたり不審者として扱われることはありえない。
そんな男に将来なる少年。つまりレイド・ノクターくん十歳が、机を挟み私の目の前にいる。そして彼もまた、こちらを見ている、私の、婚約者として。
時は遡ること五千年ならぬ、メロからノクター家使いの馬車について聞いた直後。メロには控えてもらい、私はすぐさま父に会い現状を聞きに行った。
私の耳に入ってもいなかったのだから、婚約と言っても、見合いして、あわよくば婚約といった流れだろう。メロが婚約者と言ったのは、多分たまたま。最悪の場合に備えて安全に留意して二階辺りから飛び降りるか、少し離れた池にでも軽く沈んでおこうと考えながら父に尋ねたところ、婚約は決定事項であった。婚約を決定してからの、顔合わせ。
父が言うには既にに三か月も前に「そろそろミスティアにも婚約者が必要だね」という話をし、私は「はぁ」と答えたらしい。あまり記憶がないがその頃の私は、誕生日の三か月と何日の前夜祭をしようと一日刻み祝いを言い出す父の話に辟易し、話を適当に聞いていた。
そして私の適当な返事を了承ととらえた父は、あれよあれよという間に婚約者候補からいい人を選び、婚約者を選んだということだった。そんな話を聞きながら朝食をとり、身なりを整え父母と共に馬車に揺れに、ノクターの屋敷……というよりもはや大きさがほぼ城と同義のノクターの屋敷に辿りつき、うっすらとゲームで見覚えのある、どこか機械的で淡々としたノクター伯爵と、儚げなノクター夫人と挨拶を交わし、親は親同士、子は子同士と別れさせられ、紅茶を飲んで親交を深めましょうと投獄、そして、死罪に伴う一家使用人離散の地雷源である彼と二人、こうして一室に収容されてしまったわけである。
そうして、収容部屋の真ん中には、どうぞここでお話ししてくださいと言わんばかりのテーブルと椅子があり、レイド・ノクターと私が席に着くと、どこから見ていたのか扉が開き使用人が現れ紅茶と菓子を出すとまた去っていった。
ということで、目の前には湯気と香りの立つ美味しそうな紅茶、甘い香りのするクッキーが並べられている。ティーカップも、クッキーのお皿も煌びやかな装飾がされ美しいはずなのに、対向車線ならぬ向かいにお座りのレイド・ノクターによって、すべてが石化し白黒に見える。
「改めまして、初めまして。レイド・ノクターと申します」
「こちらこそ初めましてミスティア・アーレンと申します」
目の前のレイド・ノクターを伺う。ゲームでの登場、主人公を介しての初めましては彼が十五歳の頃で、現在の彼とは歳が離れているが、髪の色も目の色も同じ。違和感らしきものはあまりない。
これなら「あまりにもかけ離れすぎている」と、過激なファン層によって炎上することも無く、むしろより人気が出る様な、ビジュアルだ。
しかし実物を前にしても、肝心なレイド・ノクターのイベントが思い出せない。
ミスティアの行いのえげつなさが強すぎて、かき消えてしまっている気さえする。彼を見て思い出すのは、歯を食いしばり目の前の獲物を食い殺さんばかりの猛禽のようなミスティアの表情や、主人公を崖から突き落とし、「お風呂頂きましたよ」とでも言わんばかりの様子、勝ち誇った高笑いばかりだ。
自分の前世を思い出した時に、自分の前世の記憶、きゅんらぶ個々のキャラのスペック、大体の結末は完全に思い出せた。でも彼とそのイベントや選択肢に関してはさっぱりである。結局、主人公がどの選択を選んで、ハッピーエンドに入れるか知っているところで悪役の私には関係ないけれど、これは、物語を進行していくうえで分かっていく、トラウマやコンプレックス、彼自身の根幹に関わるようなイベントが一切分からないということだ。
何が地雷か分からない、つまり取扱注意ということだ。
行きの馬車の中でずっと、この婚約を無かったことにする為に何ができるか考えていたものの、相手の地雷が分からない以上、下手な手出しができない。
無礼な態度を取れば破談になりそうなものの、お見合いならまだしも婚約はほぼ確定の中、一方的な狂人的行為は両親に迷惑をかける。死罪投獄よりかは幾分ましだろうが、下手に悪評がたち、後に死罪投獄の布石になるのも怖い。
だから今日は、婚約話を覆すことは諦め、婚約破棄の際は協力する、敵ではない姿勢を示すことに決めた。しかし、突然「あなたには十五歳の時運命の出会いが訪れるので、その際は身を引きます。私はいわばその間のつなぎの婚約者です」と宣言すれば、普通に不審だ。どこかの怪しい集金しか目的としていないような宗教に傾倒していると思われるだろう。ただじっと息を潜めるように黙っていると、レイド・ノクターは笑みを浮かべ口を開いた。
「僕の事は気軽にレイドって呼んでね」
「……はい」
絶対呼ばない。主人公が気軽に彼を「レイド様」と呼んだとき、「ノクター家の者以外は私だけがレイド様とお呼びする権利があるのよ」とフルスイングビンタをミスティアは繰り出したから、絶対呼ばない。
目の前の紅茶にも手を伸ばさず、じっと紅茶を見つめるだけの人として生きていると、その不審な様子を緊張と捉えたレイド・ノクターが今度はこちらに笑いかけた。
「そんなに緊張しないで。ほら、僕たち同い年だから」
「あはは」
緊張をほぐそうとしてなのか、砕けた口調でレイドが微笑むものの、口から出たのはまごうことなき「あはは」だった。「あ」に「は」がふたつ。歪な笑い。いや、笑ったつもりだが完全に別々の音声として発してしまった。これでは愛想笑いどころか笑いですらない。
そんな不審者を極めた私を、レイド・ノクターは気にせずにこにことしている。何かを話さなければいけない。何かを話さなければいけない。でも思い浮かばない。
「こ、こ、婚約って、いきなりですよ、ねー」
駄目だ、話す言葉を考えどれが布石にならず安全なのか、取捨選択を脳内をフル稼働させるものの、発する言葉がしどろもどろになる。何を話せば、一家離散にならず屋敷で働く人を離職させずに済むのだろう。正直もう私の命は諦めるから、家と使用人は見逃してほしい気持ちだ。
「まぁお互いの両親が決めたことだからね」
場を和ますようにレイド・ノクターが微笑む。
この言葉は前にも聞いた記憶がある。婚約者がいることを主人公が指摘した際に、似たようなことを言っていた。このまま会話を進めていけば、彼について徐々に思い出していけるかもしれない。思い出して、何か将来のデッドエンドの打開策を見つけねば。どうにか会話のネタになるようなものは無いだろうか。
「そうですよねー」
頑張ってくれ私の口角筋。顔を上げて「それにしてもいい部屋ですね」と部屋に感動するそぶりを見せつつ何かヒントがないか見回すと、部屋の隅の棚にチェスセットを発見した。てっきりここは客間か何かと思ったが、もしかしたら違う部屋なのかもしれない。少し古びたチェスセットは、掠れや傷はあれど丁寧に手入れをされているようだった。チェスはオンラインゲームでよくやっていたけど、実物を見るのは初めてだ。いいな、かっこいいな。
「やり方は分かる? 少しやってみない?」
チェスセットを凝視した私を見て、彼は立ち上がるとチェスセットを取り、テーブルにのせた。私はチェスセットを見ていただけで、別にやりたくはない。しかし彼は「先攻と後攻はどちらにする?」と着席しながら、こちらを伺った。どうやらチェスをするのは決定らしい。どうしよう、このまま呑気にチェスをしてもいいのか? しかし、断る理由も無い。
「じゃ、じゃあ、私は後攻でお願いします……」
「わかった、じゃあ僕から始めよう」
レイド・ノクターは、徐に駒を動かした。私は緊張しながらも自軍の駒に手をかけた。
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