埋め逢瀬
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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「へぇ、ここがミスティアの部屋かぁ」
アーレン家に来訪し、私の両親に挨拶を済ませたレイド・ノクターは、「早速だけど、ミスティアの部屋が見てみたい」と厨房、トイレ、広間、廊下、客間、書庫、物置、などあらゆる選択肢の中から、私が最も「一番最初に連れて行くのは嫌だな」と思った部屋を所望した。
何故私が、自室に彼を入れるのが嫌なのか。
それは将来的に、修羅場めいた地獄イベントが起きるからに他ならない。
本編が開始し終盤に差し掛かった頃、レイド・ノクターから婚約解消の意向を宣告されたミスティアは、彼を騙して部屋におびきよせ昏倒させる。そして自身は婚約者の酒乱により襲われた悲劇の令嬢を演じることで、双方の両親を激怒させ、婚約解消が絶対に出来ないよう、彼を追い詰めるのだ。
しかし、それでもレイド・ノクターは徹底抗戦の意思表明をする。ミスティアはレイド・ノクターの態度に憤慨し、今度は妊娠したと偽造した診断書片手に彼を脅すのだ。 もはや乙女ゲームの枠組みを超えている。
そんなシナリオの舞台となる部屋に、後の被害者であるレイド・ノクター本人といる居た堪れなさ。もはや自分が将来殺害される現場を見ているかのような気持ちになる。
一番手に来るような部屋じゃない。もう大方屋敷の案内が済み、彼の帰宅の時間が差し迫ってぎりぎり、くらいのタイミングで来るべき部屋だ。
私の部屋を少しずつ、そして注意深く観察していくレイド・ノクターは、さながら殺人現場を捜査する刑事のようだ。
「ミスティアはいつもここで生活してるんだね」
「はい」
頷きながら思い出す、そういえば、ノクター家の屋敷に行った時、私はレイド・ノクターの部屋に入っただろうか。彼の屋敷に行った時はとにかく恐ろしくあまり記憶が無い。
そういえば、私はゲームでの彼は知っているが、目の前のレイド・ノクターについてはあまり知らない。その後に会ったエリクや先生の方がよく知っているくらいだ。
「そういえば、彼はここに来たことはあるの?」
「かれ?」
「ハイム家の彼だよ」
エスパーか何かか? 完全に見透かされているとしか思えないタイミングだ。
「ありますけど……」
「ふうん」
怖い、嘘じゃないか探られている気がする。完全に刑事や探偵の目つきだ。嘘はついていないのに恐怖を感じる。十歳の貫禄怖い。
「彼とは小さいころから仲が良かった?」
「いや、そういう訳では」
「いつ、どこで知り合ったの?」
「今年の夏に、ハイム家主催の、お茶会で」
さながら取り調べ、いや尋問だ。何もしてないのに自白させられそう。いや自白することなんて無いけれど、圧が凄い。この場所だけ、私だけ普通より何十倍もの重力が上からかかっている気がする。
「泊まったこともあるんだっけ? よくあるの?」
「い、一度大雨で、危ない日があって」
その日は、いつも通りエリクと遊んでいると、突然土砂降りの雨が降ったのだ。バケツをひっくり返したような、「深海かな?」と思うような水量で、このままの帰宅は絶対に困難と判断し、帰ろうとするエリクを私が引き留めたのだが、これは黙っておこう。
「じゃあ、このまま大雪が降ったら、僕の事も泊めてくれる?」
「へ?」
思いもよらない質問を投げかけられ、思考が止まる。てっきり「本当に雨でも降ってたの?」とか、「それはいつの日?」とかの質問を想定していた。そんなの大雪が降ったら馬だって危ないし、路面凍結の恐れもあるし当たり前だ。レイド・ノクターが屋敷に泊まることは、勿論嬉しくないしむしろ辛いことだが、人命は優先されるべきだ。
「それは勿論ですよ、危ないですし」
すると今度はレイド・ノクターのほうが驚愕の表情を浮かべる。人に質問しておいて目に見えるほど驚かないでほしい。
「そうなんだ……。じゃあそろそろ別の部屋を案内してもらおうかな」
「はい」
レイド・ノクターがあからさまに動揺している。以前、彼の屋敷で我儘を言い暴れたことがあったが、あの時の彼は冷静で、動揺というよりゴミを見る目に近かった。そんな彼が動揺している。
……もしや、トイレに行きたいのでは?
気持ちはかなり分かる。人の家に行ってトイレを借りる申し出をすることは緊張する。そもそも人の家に来ることすら緊張するのだ。緊張に緊張を重ねた緊張四重奏。
どうやら次の部屋の指定は無いみたいだし、トイレに案内しよう。
いやでも「トイレに行きたいことを気付かれた」と思わせてしまうのもかわいそうだ。私だったら辛い。さりげなく近くの書庫を案内して、「すみません今日、鍵しまってるみたいですねー」とワンクッション置いて、トイレを案内しよう。動揺を隠せていない彼と共に、私は自室を後にした。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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