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花言葉

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

 寒い。不安で寒い以前に冬将軍到来と言わんばかりに寒い。いやむしろ冬将軍というより冬将軍の軍団が来ている。こんな日は屋敷にこもるのが一番だけれど、今日はレイド・ノクターが屋敷に来る日だ。


 自室の時計を確認する。刻々と迫るレイド・ノクター来訪の時まであと二十分。彼が屋敷に事前告知済で来ることは初めてだが、性格上、十五分前に来ることが予想できる。


 そろそろ門の前で迎え入れなければならない。これから世界を救う勇者の気持ちでマフラーを手に取り玄関ホールに降り立つと、私の専属侍女であるメロがマフラーを持って立っていた。


「良ければ、こちらをと思ったのですが」


 一国の姫……もといメロがマフラーを差し出してくる。私の持っているマフラーではない。これはもしやメロのマフラーでは?


「これって」


「先日、美しい毛糸を見かけたので」


「あ、あ、編んでくれたの?」


「ええ」


「貰っていいの?」


「ミスティア様の為に編んだものです」


「今つけてもいい?」


「勿論です」


 メロからマフラーを受け取り、早速巻く。長さもあるし、丁寧に編んであるのが素人目でも分かる。大変だっただろう。きっと仕事が終わった後、時間を作って編んでくれたのだ。


「大事にする! お守りにする! ありがとうメロ!」


 お守りだ。部屋にあったマフラーを小脇に抱える。後でしまおう。元気出て来た。嬉しい。地獄の底に向かう足取りが一瞬にして浮きだったものに変わる。すごい安心感だ。


「行ってきます!」


 半ば勢いに任せるように玄関を飛び出し門に向かうと、我が家の敷地の柵の端の方からノクター家の馬車が走ってきた。


 タイミング的にはばっちりだ。メロの手編みマフラーを触り、大丈夫だと心を落ち着ける。目の前でノクター家の馬車が停車し、馬車の扉が開かれゆっくりとした足取りでレイド・ノクターが降り立った。


「やぁ、会えてうれしいよミスティア」


 にこやかに馬車から降り立つ彼の姿は、さながら王子様のようだ。


 しかし、この笑顔をそのまま受け取ってはならない。


 事実上、エリクと鉢合わせ事件によって、私はレイド・ノクターに将来的に不貞の恐れがある人間と認知された。婚約解消も夢ではなく、中々いい結果だったのでは? と浮かれても良かったのだがそれは出来なかった。


 今でも、鮮明に思い出せる。エリクと共に彼が去ろうとした時の、口元に笑みを浮かべながらも全く笑っていなかった憎悪の瞳。その瞳は無関心な婚約者に向けられるものではない。ミスティアが主人公に向けるものだった。それも終盤のほうの、めちゃくちゃに拗れている時だ。


 主人公を陥れた故に訪れる死罪投獄が、下手したらレイド・ノクターに恨みを買って、の可能性すら出てくる。


 ミスティアの投獄は、学校への放火が決め手だった。


 それまで主人公を崖から突き落としたり、張り倒したりし続けても捕まらなかったのは、ミスティアが事件を揉み消していたこと。主人公がミスティアを通報したりしなかったこと。そして、レイド・ノクターが泳がせていたから、この3つ。


 レイド・ノクターが泳がせていたのは、証拠集めの為だ。ミスティアが主人公を侮辱するところ、崖から突き落し帰りの走っているミスティアなど、彼が見つけるのはいつも「断定は出来ないが多分ミスティアのせい」という状況証拠の様な瞬間ばかり。


 だから証拠を固めるために意図的に一歩離れて観察していたのだ。


 しかし今ははっきりとした憎悪がある。これ幸いと投獄されかねない。普通に怖い。十二分に警戒して、絶対に投獄の布石をしてはならない。もう砂粒ひとつ撒いてはいけない。油断できない。


 そう思って、彼を迎えようと決意したのだが、


「さて、どこを案内してもらおうかな」


 そう言って笑うレイド・ノクターに、違和感を感じる。切迫しているような、それでいて元気が無いような。彼の温和な微笑みに、私はいつも不安を感じていたが、今日はどちらかというと彼自身に対する不安感だ。


 親と喧嘩して出てきた、とか? 道中嫌な目に遭ったとか?


 ぐるりと見渡すレイド・ノクターをよく観察する。


 特に異変は無い。髪型も服装も普通……、つま先から眺めていくと、ふと白い首が表われていることに気付いた。ああそうか、マフラーが無い、彼は寒いのだ。雪は降ってないと言えど今日は寒い。やたらに寒い。なるほど、納得した。


「良ければどうぞ」


 そう言って小脇に抱えていたマフラーを差し出す。丁度、こっちは使ってない。後でしまおうと思っていたものだ。


 つまり使用前。すると明らかにレイド・ノクターは困惑の表情を浮かべた。


「洗濯済です。朝部屋から出して使おうと思ってたら、玄関ホールで、メ……侍女からマフラーを貰いまして、ですのでこちらは使っていなくて、持って移動しただけというか……部屋からここまで巻かれずに来たというか、使いかけではありません」


 慌ててマフラーの来歴を伝えると、レイド・ノクターはじっと私を見つめた後、マフラーを受け取った。


「はは。ありがとう」


 レイド・ノクターはマフラーを自分の首に巻く。良かった。これで暖は取れた。寒さは油断ならないし、十歳の身体だ。子供は風の子と言えど、暖かくしていることに越したことはない。


 じゃあ屋敷に案内するかと振り返って気付いた。そうだ、屋敷の中に入れば暖炉はあるし、マフラーを付けるより暖かい。ここでマフラーの来歴を語るより、さっさと入ってしまえば良かったのだ。しくじった。


「あ、あとは屋敷へ入るだけですね、すみません、行きましょうか」


「それなら、丁度いいし、庭から案内をしてもらおうかな」


 レイド・ノクターが庭園の方へ向ける。比較的顔色はいいが。何だろう、事前に来る連絡をして屋敷に来たのは初めてだったから、緊張していたのか?


 私は頷き、レイド・ノクターとともに庭園の方に向かった。




 花や木々の柄が刻まれたレンガの小道を進み、ハーブのアーチをくぐり、外から屋敷への門とは別にある庭園に入る門を開く。


 レイド・ノクターは庭園に入ると、遠方をじっと見つめた。その視線の先には、庭師のフォレストが木に肥料をまいていた。


「うちの庭師です。あの木は、春に花が咲くんですけど、冬に弱くて肥料を絶やせなくて」


「ううん、気にしないで、君の家の庭師は、ずいぶんと若いんだね。僕らと五つくらいしか変わらないくらい……?」


「いえ、もう二十歳は超えていますよ。今年で二十二歳です」


「そうなんだ……」


 レイド・ノクターはすっと視線を落とし、目の前の花壇を見渡す。そこに広がるのは、チェス盤のように植えられた白百合と黒百合が咲き誇っている。


「百合が咲いてる……冬なのにどうして?」


「フォレストが、冬も庭を楽しめるよう、違う季節の花も咲くように色々工夫してくれてるんです」


 彼は、以前から冬の庭の景観について思うことがあったらしく、ここ数年、交配や工夫を繰り返し、冬でも暖かい気温を好むような花を咲かせることに成功した。彼の能力と根気強さには感嘆させられるばかりで、その成果を学会に発表することや、進学し植物研究をしては、と打診したけれど「好きでしているから」と断られてしまっている。


 勿体ないと思うが、彼の選択、彼の人生だ。しかし彼の気が変わり「やっぱりやりたい」と言った時すぐに行動に移せるよう、準備はしてある。


「これはサフラン?」


 感嘆するレイド・ノクターの手前のポットには、サフランの紫が色鮮やかに咲いていた。これはフォレストが「季節が過ぎた花をどれだけ長く持たせられるか」と研究中のサフランらしい。レイド・ノクターが屋敷に来るということで、昨日特別に分けてくれたのだ。


「レイド様が屋敷にということで、彼が置いてくれて。花言葉は、喜びらしいですよ」


「へぇ、こんな貴重な花を……。では彼に礼を伝えておいてくれるかな」


「はい」


 サフランが好きなのだろうか。レイド・ノクターは柔らかく微笑んでいる。これは良かった。フォレストには感謝してもしきれない。今晩お礼と報告に行こう。そう決意していると、レイド・ノクターがくしゃみをした。まずい、そろそろ屋敷で暖を取らせないと、風邪を引く。


「では、そろそろ屋敷の中をご案内します」


「そうだね、庭園、見せてくれてありがとう」


「いえいえ、お気になさらず」


 本当に、私は何もしていない。ただただ、庭師のフォレストがすごいのだ。私は遠方にいるフォレストに一礼する。そして私たちは庭園を出て屋敷に向かった。



●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

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― 新着の感想 ―
まさかとは思いますけど、花言葉は「調子に乗るな」の方じゃないですよね…?
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