侵蝕する病は回復に向かうか
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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ミスティアから、お茶会の返事が来ない。
それどころか、ミスティアの動向を調べさせている使いからは、ハイム家に通っているらしいと報告が上がった。
ハイム家は確か、僕やミスティアと一つ上の子息が居たはずだ。彼女はどちらかと言えば社交的ではないような気がしていたけど、嫌な予感がする。そんな風に思っていた矢先、案の定僕の予感は的中した。
僕が屋敷に誘っても、彼女はノクターの屋敷に来ることは無い。そして僕がさり気なく行きたい旨を伝えても、屋敷に招待されることは無い。
我ながら不敬だと思う。けど、結局のところ僕がミスティアと会うには、突然屋敷に出向くしかない。
「こんにちは、ミスティア。突然ごめんね、近くに寄ったものだから、来ちゃった」
「こ、こんにちは」
二度に渡る突然の来訪をした僕を出迎えたミスティアの表情は違っていた。
今まであった警戒心は無く、落ち着いて、まるでそれは友人を出迎えるような表情。
しかしそれは、僕を誰かと間違えていたからだったらしく、にこやかな表情はすぐに戸惑いの表情に変わる。
それどころか段々焦ったような、切迫したような表情に変化していった。
「ごめんなさい、あの実はこれから友人が来る予定でして、」
歯切れが悪そうに帰宅を促し始める。友達を僕に会わせたくないのか、それとも何かやましいことがあるのか。
またの機会に、とぎこちなく笑うミスティアに、これから招かれる友人への挨拶を申し出る。
すると今度はミスティアが屋敷から出ようとする。逃がさないぞと送っていく提案をすると、ミスティアの顔色は目に見えてどんどん悪くなる。
「いや、すぐなので、本当に」
そう言って、ミスティアが玄関扉に手をかけようとした、次の瞬間だった。玄関の扉がかってに開く。ああ、このままだとミスティアが倒れてしまうと咄嗟に手を伸ばすが、僕が彼女を掴むことも、彼女が倒れることも無かった。
そこにあったのは、ただただ見知らぬ少年が、ミスティアを抱きしめる光景。
「ごーしゅーじんっ、お出迎えしてくれたの?嬉しい」
笑顔でミスティアを抱きしめる少年の、何から何までが気に入らない。ミスティアの様子を伺うと、困ったような表情を浮かべているものの、僕に向けている警戒心は無く、あくまで落ち着いている。どういうことだ。
「離れてくれないかな、場合によっては警察隊に突き出すけど」
警告してから少年をミスティアから強引にでも引きはがそうとすると、彼は僕を軽々と躱し、名残惜しそうにミスティアを解放する。
そして彼は僕の正面に立って一礼した。
「僕はエリク・ハイム。彼女の友達。よろしくね」
この少年が、か。ミスティアが熱心に通っていたという、ハイム家の子息。
ハイム家は、名門伯爵家であるもののその歴史は比較的新しい。当主は柔軟な手腕で貿易産業にも力を入れていると聞く。
アーレン伯爵が、ミスティアの花婿候補として考えているのだろうか。
「僕はレイド・ノクター。彼女の婚約者だよ。……先ほどは失礼したね、まさかミスティアのお友達が来るとは」
さりげなく子息の様子を伺うが、彼はにこにこと笑っている。ああ、ミスティアが彼の笑顔に、同じように笑い返していると考えるだけで、腹が立って仕方ない。
ミスティアが何かを言いかけるのを遮るように、ハイムの子息が三人でのお茶会を提案する。何の目的があるんだ。しかし丁度いい。
どんな人間か知れるいい機会だし、婚約者がいるということを、子息に分からせればいい。
「いいのかな、僕が入っても。約束してたんでしょう?……二人で」
「うん、でも、二人でならいつでも遊べるから大丈夫だよ! ……駄目かな?」
彼はミスティアに選択権を与える。そうか、彼はミスティアに選択権を与えても、望む答えが貰える人間なのか。
そしていつでも、という言葉。彼女は僕の屋敷への招待も、彼女への屋敷への来訪も断り続けている。それは彼女の社交性の問題かもしれないという、ひとさじの望み、賭けのようなものがあった。手紙も、無視されない。送れば返してくれる。そして内容も適当な返しじゃなく、しっかりと考えられたものだった。でも。
なるほど、ね……。
確かに僕は、彼女に八つ当たりをして、怯えさせてしまった。でも、それでもどこかで、いつか、少しは、僕の事をと期待していた。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。ミスティアは、僕がお茶会に加わるの、駄目じゃ、ないですよね?」
笑顔でミスティアに問いかけると、彼女は一瞬思いつめ承諾する。ああ、駄目だ、きっと彼との差はこういうところなのだろう。
アーレンの使用人達に突然のお茶会の準備をしてもらう。その間ミスティアは終始不安そうな表情で、ハイムの子息はにこにことミスティアに笑いかける。
そんな不快な時間が過ぎると、三人で卓を囲む茶会がはじまった。
僕と、彼女と、子息。半ばミスティアを挟むような座席だ。
ここはアーレンの屋敷だし当然だ。
「そういえば、さっき、ミスティアといつでも遊べると言っていたけど、本当?」
「うん、どうして?」
僕の質問に、ハイムの子息はきょとんとした顔をする。一方のミスティアは何か驚いたような、目に見えてどうしよう、という表情をする。
「いやぁ、ミスティア、僕からの誘いは毎回断るから、てっきり忙しいのかと思ってたんだ」
「えー、タイミングが悪いのかもね、僕の屋敷にはよく来てくれるし。夏の間はほぼ毎日遊んだかな」
使いに調べさせた通りだ。夏の間、彼女はハイム家に通い詰め、その子息とずっと会っていた。
「お泊りしたこともあるんだよ」
「へぇ……」
泊まり、ということは、家族公認か。
アーレン家は伝統貴族の家系だが、その当主、ミスティアの父は、娘に酷く甘い。婚約者を立てながら、その間別の花婿を探すことなんて想定できたはずだ。
さらに一度、ノクター家は母の事件で彼女を危険に晒している。
幸いなのは、ミスティアが一人娘であること。そして僕とハイムの子息も一人息子であること。アーレンの当主が僕をまだ婚約者としていることから見るに、まだ決めかねているのだろう。
「いいなぁ、やっぱり婚約者となると、親は節度ある付き合いを求めてきて許してくれなくて。本当はもっと自由に行き来したいんだけどね」
それでも僕はまだ婚約者だ。ミスティアが不安そうな表情をしている。
「大変だね、親同士が決めただけの婚約なんて」
「そんな事無いよ、僕たちの希望も聞いてもらっているから」
やり返すようにハイムの子息が「親同士」という部分を強調する。そうだ。彼女が僕に手紙をしっかりと返事をするのは、親が決めた婚約者だからだ。親が決めた婚約者だから。
目の前の彼は、親が決めた花婿候補だから屋敷に通っている?いや、そんなことは無い。ミスティアが彼を見る瞳は落ち着いていて、穏やかなものだ。そんな瞳、僕には向けられたことなんてない。
分かる。僕には分かる。彼女はずっと自分の意思で彼の屋敷に通っていたのだ。自覚して、胸がはりさけそうに苦しくなる。
僕は何て身勝手なんだろう。彼女に八つ当たりをして、嫌われた。目の前のこの結果は、当然じゃないか。
手元の紅茶の波紋を見つめると、そこに映りこんだ自分は、まるでミスティアのような不安げな表情をしていた。
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