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恋は妄目

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

 乗馬がしたいという令嬢がいるから教えてやれと、親父に叩き起こされ馬小屋に向かい待っていれば、俺から会いに行かなきゃいけなかったあいつが立っていた。あの春の日、街に出て、足を怪我して井戸で血を落とす俺を手当てしたあのガキが。


 俺は、自慢じゃねえが人を怯えさせる顔をしている。クラスの奴らだって怯える。小さいガキは俺を見るなり泣いて逃げる。絵本に出てくる化け物か何かと思っても、本物の破落戸すら俺に対して同じような反応をする。


 そんな破落戸もどきが足から血が出てたら誰だって顔を背ける。当然だ。実際は母さんと親父の結婚祝いの品を選んだ帰りに、身体を看板に引っ掛けて転んだだけだが、誰かを半殺しにしてきた帰りだと思われても仕方ねえ恰好だった。


 なのに、そんな人殺しみてえな奴に真正面から向かってくるガキがいた。


 それがあいつだった。


 あいつは俺を見るなり走って向かってきた。人から逃げられることはあっても、向かってこられるなんて初めてで、呆然とする俺の腕を掴むと、井戸水をぶっかけ足を洗い、綺麗なハンカチを取り出して巻いた。そして、そのままあいつは駆け足で去っていった。


 徐々にその姿が遠くなって、見えなくなるのを確認してから、俺は呆然としながらその場を離れていった。


 それからは、ただ後悔した。


 どうしてあの時帰ってきてしまったんだ、あの時追いかけて名前の一つでも聞いてりゃ良かったと後悔を繰り返す。名前でも書いといてくれよと思ったが、ハンカチは名前なんて書いちゃいなかった。ただあるのは紋章だけ。


 そして風呂に入る前、紋章を調べればいいことに気づいた。そのまま急いで親父に聞けばアーレン家の紋章だと話す。


 親父の話によると、そこには俺より八つ下の女のガキがいるらしい、名前はミスティア・アーレン。名前と所在が分かった俺は、早速明日にでもお礼の手紙を送ろうと、便箋と封筒を用意した。


 が、次の日、手紙を送ることは出来なかった。


 手紙は書いた。でも捨てた。内容が悪い気がして、書いては捨ててを繰り返す。お礼を書いて、見直して、捨てる。ある時は封筒に入れた後本当に出していいものかと悩み破った。


 感謝を述べた手紙を書いて、あの時のハンカチを同封して送るように使いに渡す。それが出来ない。


 捨てた手紙の中身を誰かに知られる訳にもいかず、溜めた手紙を一気に焼却炉で燃やすのが日課になった。


 そして、奇跡が起きた。あいつが乗馬がしたいと、習いたいと言って俺の前に現れたのだ。


 親父が、乗馬を習いたいガキの話を俺にした時、妙な雰囲気だったことを思い出し、ああ、親父は知っていたのか。そう確信した。


 目の前には、夢にまで見たあいつ。


 しかし何度も紙に書いたはずの言葉の代わりに出て来た言葉は最低なもので、敬語を外してほしい、俺に気を使い過ぎて馬から落ちても困るからなんて、要求だった。でもあいつは戸惑いながらも受け入れた。何か話をしようにも、長く話すと口調の荒さのボロが出る。なるべく単語で話すよう努めた。


 初めは馬に慣れることが先決だ。初心者相手には餌やりをさせるなり、馬の頭を撫でさせるなりして慣れてから乗せるのが普通なのに、俺はあいつを担ぐと馬に乗せた。二人乗りだ。


 違う、しっかり教えて馬に乗れるようにしてやりたいのに。俺はこんなガキに何考えてんだ。


 やっぱり頭がおかしくなったのか。


 悩み抜いて、ようやく絞り出せた言葉は、「……お前は、俺を怖がらないよな」だ。こいつは俺をどう思ってるんだろうと思っていたら、口から出た。


 それからどう話を展開させるか悩めば、馬が少し体勢を崩しあいつが馬から落っこちそうになっていた。支えてやればあいつは馬鹿みたいに軽い。当たり前だ十歳なんだから。何で十歳のガキにこんな緊張しなきゃならねえんだ。悩みながら乗馬をしていれば、天気が変わり始めて、訓練は終わった。




 それから、俺の学校の無い日はあいつと乗馬の練習をしていた。ずっと乗れなきゃいいんだ、そうしたらいつかハンカチが返せる。そう願う俺の思いとは裏腹に、あいつはどんどん上手くなりやがる。


 学校があってあいつが屋敷に来ない日は、あわよくば偶然出会わないものかと俺はあいつの屋敷の近くを彷徨いた。


 ある日、いつも通りに彷徨いていると、屋敷の前に見慣れない馬車が止まった。中から出てきたのは男。あいつと同じ年くらいのクソガキ。


 あいつ、練習の無い日、自分の屋敷に男連れ込んでんのか。……いや、あいつは十歳で、ただのガキの遊びだろう、注意深く観察していると、また屋敷の前に馬車が止まる。そしてあいつと同い年であろう男のガキが出てきて、屋敷の中に入っていく。


 何なんだあいつ、男二人も屋敷に連れ込んでんのか?


 俺は、屋敷の近くを張り、ガキ共が屋敷から出てくるのを待っていると、何時間後か分からないうちに、ガキ二人、そして後ろからあいつが出てきた。二人とは対照的に、疲れた顔をしていて、俺は混乱した。


 あいつが屋敷に戻ったのを見計らって、俺は家に帰った。親父に、偶然だったことを装い今日見たことを話すと、「婿候補でも決めているんじゃないかな」と言う。今はガキでも、成長して、あいつは、誰かの嫁になる日が来る。そう考えると、一気に胸に何かが詰まった。




 一週間後、あいつが屋敷に馬を習いに来た。あいつをなるべく見ないように、ハンカチを返す文言を考える。考えながら、返してしまったら、もうあいつとの繋がりが完全に消えるのだと思うと怖くなった。


 いや、なんで俺は怖いんだ?


 原因を考えようとして、やめた。なんで繋がりが消えることを避けてるのか、そんなもの分からねえけど、もう、関わるのはごめんだ。俺はあいつと出会ってから、ずっとおかしい。もうこんな馬鹿みてえに悩むのも、全部、やめだ。


 練習が終わり、あいつを馬小屋に引き留めた。ハンカチを屋敷に取りに戻る為だ。繋がりなんて、もうどうでもいい。あいつには花婿がいるんだ。この胸の詰まりも、きっとハンカチを返せば元通りになる。


 初めは、ハンカチを返したかった。お礼が言えれば良かった。借りたハンカチと、その代わりの新しいハンカチの二つを渡して、ありがとうって伝える。手紙でも、直接でも。


 それだけできればいいと思っていた。いや違う、考えるのはやめだ。それなのに、考えることが止めらんねえ。


 どうして、繋がりを消してしまうことが怖かったんだ。どうして、あいつに男が近づくのが、婿が出来るのが気に入らないんだ。どうして俺は、こんなにもおかしくなっている。


 頭を振って思考を散らす、耐えろ、俺。そんな疑問も消える。馬鹿みてぇな苛立ちも、胸の詰まりも、悩みも、ハンカチを返せばすぐに消える。


 全部消す。全部なくす。


 もうどう思われたっていいじゃねぇか。どうせもう会うのはやめだ。明日から適当な理由を言って断っちまえばいい。もう、苦しい、終わりにしたい。


 なのに、いつの間にか俺の足は、馬小屋に向かっていた。あいつは、馬を熱心に撫でている。


「いざとなったら乗せて遠くへ連れてってね」


 柔らかく、しかし悲しげに微笑むその表情を見て、心のわだかまりがひとつ、すとんと落ちた。


 繋がりを消してしまうことが怖かったのは。男が近づくのが、婿が出来るのが気に入らないのは。俺が、こんなにもおかしくなっているのは。俺が目の前にいるこいつを、ミスティアの事を、


「好きなのか?」


 無意識に口に出した言葉を、ミスティアは聞き逃してはくれなかった。俺の方を見て驚いたように振り向く。だめだ、誤魔化すしかねぇ、とりあえず何か言おうとすると、ミスティアが顔を赤くして口を開いた。


「そうなんですよ」


 いや、違う、これは、俺のことをじゃない。いや、でも。


 もしかして。


 もしかして!


 ミスティアも、俺の事を? ミスティアは顔を赤くしたまま、俯いている。


 これは、まさか。本当に? どうして? 目の前で起きている現実が理解できずに混乱する。何で、まさか。そんなはずない。


 いや、でも。


 もしかしたら、馬を習いたいのも、俺の敬語を外せという無茶苦茶な提案を受け入れたのも、全部、俺に気があったからか? もしかして、あの時、ハンカチを差し出してきた時に、俺を? 俺が、ミスティアを好きで、ミスティアが、俺を、好き?


 そうし、そうあい?


 それなら、それなら、それなら、それなら。


 相思相愛なら、歳の差なんて関係ない。犯罪じゃない。奴がでかくなるまで手を出さなければいい話ってだけじゃねーか。


 ずっと悩んでいたのが馬鹿みたいだ。そうか、俺はミスティアの事が好きで、ミスティアも俺の事が好き。全部運命だったんじゃねぇか。そうか、俺の事が好きだから、屋敷に男たちが来て、疲れた顔をしていたのか。俺じゃない男と結婚させられるのが嫌で。そうか、そうだよな。花婿候補に俺はいないから、選べないもんな。


 そうして、俺は浮かれた。だから、


「……じゃあ明日、買いに行くか、鞍」


 思い余ってデートに誘った。でもミスティアは戸惑った表情をしたが了承してくれた。


 初めてのデートは、二人で馬の用具の店に行った。俺の馴染みの店。


 店の主人はミスティアを見るなり、俺の婚約者だと勘違いした。ムキになって否定したが、考えてみればまだ違うだけでいずれはそうなる。そこまで強く否定しなくても良かったかもしれない。


 主人は気をきかせてミスティアの鞍を俺に選ぶように促してくれた。


 ミスティアの鞍選びは、ずっとミスティアを凝視していたからぴったりの鞍が選べた。間違いなくぴったりだと確信した黒い鞍と、一応保険に赤と白の鞍三つを選んでミスティアに決めさせたが、ミスティアは黒を選んだ。やっぱり俺とミスティアは運命。


 だがその後、俺の家の因縁のせいで、ちょっとしたトラブルがあった。アルゴー家の奴らが、シークの評判を落とそうと冤罪を仕組んだのだ。幸い何事もなく済んだが、もしもミスティアが怪我をしていたら、周りの男全員半殺しにしているところだった。いや、殺してる。冤罪どころじゃない。間違いなく殺して捕まっていた。


 俺を一生懸命庇うミスティアは強くて可愛かった。事態が収束したあと、怖かったのかミスティアはふらついていた。顔色が真っ青だった。まだ十歳の子供だ。次は絶対怖い目になんて合わせねえ、絶対俺が守ってやる。




 その後は親父がミスティアを飯に誘い、夕食をミスティアと食べることになった。親父には、感謝してもしきれない。俺の彼女とミスティアを紹介したいがしなかった。ミスティアも恥ずかしいだろうし、今日こんな目に遭ったし、まだ十歳だし紹介はもう少し大きくなってからにしようと思う。


 屋敷での食事を終え、馬車でミスティアをアーレンの屋敷まで送った。心配だからと屋敷の門までついて行った。今まで外から見ているだけだったが、今はもう恋人だ。恋人同士の見送りなら、キスの一つでもしたほうがいいのだろうがまだミスティアは十歳だし、健全な付き合いが必要だ。普通に手を振るだけに留める。


 ミスティアは何度も礼をして、こちらに手を振る。可愛い、離れがたいのだろう。でもいつか、帰る家が一つになる日が来る。それまでの辛抱だと、想いを受け止めるように手を振ってから、馬車に乗り込んだ。




 それから一週間、明日は俺達の想いが通じ合ってから初めての乗馬練習だ。今までは半ば教師と生徒という状態で乗馬練習をしていたが、明日は恋人同士なわけで。馬鹿みてえに心臓が煩くて眠れねえ。


 ふと、俺が告白した日、二人の想いが通じ合った日の、ミスティアの言葉を思い出す。


「いざとなったら乗せて遠くへ連れてってね」


 あの悲しげな表情は、全部俺を想ってのものだった。俺との未来が、叶わないものだと、そう思って。可哀想に、もしかしたらミスティアも、今頃眠れねえんじゃねえか。望まない結婚に怯えて、俺を想って。心配なんか、しなくていい。ミスティアと結婚するのはこの俺。俺たちは運命だから、誰だって邪魔できねえ。


 ……そんなこと、恥ずかしくて絶対言えねえけど。明日に備えて寝るかと、机から立ち、ベッドに向かう。


 ミスティアがぐっすり眠れるようにと、柄にもなく祈りながら目を閉じた。

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

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― 新着の感想 ―
先生…!ある意味ピュア過ぎたが故の事件ですね。主語のない状態での「好きなのか?」「そうなんですよ」でなぜそこまで確信してしまうのか…。レイドよりも遥かに少年らしいです笑
あれだ、思考がストーカーになる人と同じ思考だ 今の所、先生が一番現実味を帯びて怖いよう
登場人物全員やばい。好き
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