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開廷していた狂気の宴

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

 次の日。私と先生は街に来ていた。通りは賑やかな屋台や煌びやかな店が混在していて、客引きだったり、学生だったり、貴婦人や紳士であったり多様な人々が行きかっている。しっかりと前を向いて歩かないと危ないほどだ。


 そんな道をジェシー先生に連れられたどり着いたのは乗馬用品店。店は大きく、外観からも異彩を放っていたが、中に入っても外観に見劣りしない広さを感じる。鞍から、鞭、ブーツ、など人間の使う乗馬用品から、馬の餌まで置いてある。お客さんは私たちだけのようだ。先生は店内を見渡した後、近くにあった呼び鈴を鳴らす。


 すると奥から店主であろう人が出てきて、私たちを見て嬉々として近づいてきた。


「どうもどうもジェイ様! ご注文のお手続きですかぁ?」


「ああ、それとこいつ用の鞍が欲しくて、体格に合いそうなものは置いてあるか?」


「勿論どんなご年齢の方にも合う、とびっきりの鞍を揃えておりますよぉ!」


 店主の人は「お待ちくださぁい!」と言って店の奥に向かう。奥からも箱を持ってきて、いくつか鞍を出すと、空いている棚に並べてくれた。


「こちらになりますぅ! 色は後でお申し付けくださいねぇ」


 店主の人はにこにこ笑っている。不思議と人を惹きつける笑顔だ。周囲を見渡すと、鞍を試乗するためのほぼ等身大であろう馬の模型を見つけた。馬の身体には「お試し用!」と大きく書かれていてそこも目立つ。


「それにしてもジェイ様の婚約者様、随分しっかりしていらっしゃいますねぇ! これから乗馬デートですかぁ?」


「ちっ違う!」


「ふふふ、誤魔化さなくてもいいですよぉ! それで婚約者様の鞍はジェイ様が選ばれるのでしょう? では、ごゆっくり」


「だから……! ……案内、ありがとう」


 店主の人はまた店の奥に入っていった。先生はこちらに向きどこか居心地の悪そうな顔をして私に頭を下げる。


「悪かった、ああいう感じなんだ、いつも。気を悪くしないでほしい」


「いえ、お気になさらず、それよりどれを選んでいいかよく分からないのですが、もしよろしければ、選んでいただけませんか?」


 素人の私がどれを選んでいいのか判断がつかない。一応昨日の夜に乗馬の本を読み、鞍の選び方なるものを読み込んだものの、実物を前にすると、何を選んでいいかさっぱりだ。


 先生は私の言葉に頷くと棚からいくつか選び取り、凝視し、戻す、それを幾度か繰り返して、赤、白、黒の三つの鞍を持ってきた。


「このどれかまで絞った。あとは乗ってくれ」


「はい」


 模型に乗り、一つずつ試していく。赤と白の乗り心地はどちらを選んでも良さそうだ、後は色の好みか、と感じながら最後の黒い鞍に乗る。


「わっ」


「どうだ」


 すごいぴったりだ。姿勢を正そうと思わなくても勝手に正されているし、何より乗って楽。しかし安定しているこのフィット感。運命すら感じる。すごい!!


「これすごい、これすごいですよ、ぴったりです」


「なら良かった」


 ありがたい、三つまで絞ってくれたことでも感謝してもしきれないのにこんなに、こんなフィットするものを選んでくれるなんて。流石だ。


「どうやら選ばれたようですねぇ!」


 馬から降りようとすると店主の人がいつの間にか後ろにいた。店主の人は私に手を差し出す。お礼を言って手を取り、馬の模型から降りた。


「それではそちらの鞍は当店からの前祝いということで」


 店主の人は鞍を取り、店の奥へ向かおうとする。


「いえ、きちんとお支払いします」


「いい、俺が払う」


 慌てて追いかけると店主の人がしー、と口に指をあてた。なんだろうと足を止めると、店主の人はさっと店の奥に入り扉を閉めてしまった。


「……お金は、払っても受け取ってもらえそうにないな」


「でも」


「まぁ、今後その分買えばいい」


「……はい、たくさん買います」


 お父さんの鞍とかお母さんの鞍とか一応揃えて、あと二人乗り用のとかもあるならそれも買おう。


 鞍を包んでもらっているのを待っている間、私は親切に報いることができるように購入計画を立てていた。包んでもらった品を受け取り、店主の人にお礼を言ってお店から出たのだった。




 先生と一緒に、通りを歩く。人通りはお昼時ということもあってか先ほどよりも人通りが増しているように感じる。鞍は先生が持ってくれていた。申し訳ないから自分が持つと申し出ても却下され続け、思い返せば十八歳の青年と、十歳の子供が二人で並び歩き、十歳の子供だけが大きな荷物を持っていたら世間の目は厳しくなるなと納得して、今現在お言葉に甘えている。


「カ、カフェに入るぞ、甘いものは平気か」


「はい」


「大通りの先に、馴染みの店がある、そこ曲がれ」


「わかりました」


 先生の言葉に頷き、通りを曲がる。そうして、大通りに出た直後だった。


「いたぞ!」


 数人の男たちが突然一斉に私たちを囲み、先生を取り押さえる。先生は振りほどこうとするが、複数で取り押さえられている為敵わない。暴漢か、とにかく周りに助けを呼ばなければ、と思ったのも束の間二人の男が割って入ってきた。一人は拳で何発も殴られたようで顔が腫れており、もう一人は屈強な体つきで、顔の腫れた男の襟首をつかみながら引きずるようにやってくる。


「おい、お前ジェイ・シークだな」


 屈強な男が先生を睨む。すると先生は睨み返した。


「だったら何だ」


「よくも店の絵を持ち去ってくれたな!! 俺の弟をぼこぼこにして!」


「は?」


 屈強そうな男が兄で、顔の腫れた男が弟、二人は兄弟ということか。屈強そうな男は、先生を指差し「こいつだよな?」と顔の腫れている男に聞くとゆっくりと頷いた。先生は溜息を吐く。


「そんな奴知らない」


「しらばっくれんな! 俺が昼に配達に出かけて、夕方俺が店から帰てきたら弟がこんなになってたんだよ!」


 昨日の昼から夕方の間に変わり果てた姿に、ってことは、私と一緒にいた時間だ。先生はそのとき私と一緒に居た。先生が馬小屋の鍵か何かを取りに行っているのは五分程度だったし、それで私は馬との会話を先生に聞かれたのだ。うん、間違いない。


「……あの、すみません、昨日の該当する時間、彼は私と共に、彼の屋敷に居ました」


 私の言葉に顔が腫れている男の兄はぎょっとした。そして目を泳がせ始めたかと思えば、物凄い勢いで怒りはじめる。


「お、お前が店に来て、絵が欲しいって駄々をこねて弟を殴ったんだろ! そのまま盗んで! こんな子供に嘘まで吐かせやがって!」


「私、嘘なんてついてません、それに御者も先生の姿を見ています。多分誤解があー……」


「この泥棒野郎め!!」


 悔しい、と言わんばかりの言い方だ。弟が怪我をしている。それも誰かに殴られて、冷静でいられないのは仕方ないと思う。しかし、それでもこんな突然、沢山の人を連れて取り囲む手段が許されていいものか。むしろ、無理矢理先生を犯人に仕立てようとする意思を感じる。


 周囲には男たちだけじゃなく関係の無い街行く人々、屋台の店員すら集まってきた。


「ここで謝れ」


 街の人々も聞いている中、場を収めたさで謝罪なんてしたら、それが自白、自供として取られる。間違いなく先生は冤罪だ。アリバイだってある。


 しかし何故こんなことになった。ここで先生が強盗犯として周知されたり、捕まれば、学校で教師として現れる未来は訪れない。それどころかシーク家の名誉に関わる。この事件が綻びとなり、いずれシーク家が没落する、なんて可能性だって出てくる。


 強盗。そんなことあり得ないし、現にゲームのシナリオにも無かった。先生が強盗や冤罪について語ることもそれに近いトラウマも無い。設定に「過去に冤罪を受けました」なんて表記も無いし、「消せない過去がある」といった意味ありげな描写も無い。つまりゲームでは強盗や冤罪の騒動、なんて起きていなかったのだ。


 ゲームで起きていないことが、何故今起きているのか。


 ……間違いなく私が原因だ。そうとしか考えられない。


 十八歳の精神に、十歳の影響なんてあるはずが無いと思っていたが、何も影響は精神的なものだけではない。似たようなイベントのシチュエーションに関わる、関わらないに関係なく、私というイレギュラーが彼に関わったことで、この異常事態を引き起こしてしまったに違いない。


 しかし原因が分かったとして、この状況を打破できなければ意味が無い。警察で、お店の周囲の建物やその日お店の前を通った人を調べたりして、無実の証明が出来たとしても、街でその潔白が広まるとは限らない。「シーク家の子息が強盗をして逃げ、次の日街で断罪された」という悪評に尾ひれがついて回り、シーク家の信頼が破壊される。「シーク家の子息が警察に連れていかれた事実」が、今後どう作用するか分からないだけに、今なんとかしなければいけない。


 どうすればいい。私のわがままが効くのは父と母にだけ。私に何が出来るのだろうか。


 しかし私には並外れた推理力も、洞察力も、真実を見抜く論理的思考も無い。この場で全員抹消するなんてチート能力は無い。世論を動かす力も無い。お金で解決したら後に彼の名誉が傷つくのは明白だ。ミスティア・アーレンに出来ることも封殺されている。


「訴えるぞ! 早く謝れ!」


 この状況は絶望的だ。先生は俺が認めれば……みたいな顔をしている。どうしよう。そう考えて、ふと気づいた。先生だ。私も、先生を、エリクに先生をしていた。そして、法の勉強も、教えた。自分が被告人側で裁判をする時の勉強をして、ついでにとエリクに教えていた。その記憶の判例と今のこの状況は合致している。昨日は冤罪による名誉棄損で、逆に相手を訴える法律や手続きについて覚えていたばかり。


 推理で真犯人を捕まえることは不可能でも、相手を揺さぶり、その矛盾を指摘して、彼の無罪をこの場で主張することは可能では?


 現にこの顔の腫れた男の兄は「私が一緒にいたよ」という子供の発言で一瞬、大いに揺さぶられたのだ。


 元々彼は無罪なのだ。別に真犯人を見つけなくていい。トリックなんて見破らなくていい。先生が無罪である当然の事実だけを証明すればいい。


 真実を見つけるのは私じゃなくていいのだ。


 やるしかない。先生の無実を掴み取るために。


 ミスティア・アーレンはいつも堂々と、己の非道にすら誇りを持ち、自信に満ち溢れている表情と雰囲気を持っていた。中身はド平凡でも私のこの表情筋は優れたもののはず。


 やましいことがあるならば、ミスティアの自信満々な表情で揺さぶりをかけられたらひとたまりもないだろう。いけるかもしれない。いや、勝つしかない。


 背筋を伸ばし、肩を開いて、胸を張る。しっかりと前を見据える。よし、私はミスティア。私はミスティアだ。悪逆非道の最凶令嬢。私は、高潔なアーレン家の令嬢。今から私の言うことが、世界の全て。


「待ってください!」


 私は、覚悟を決めその一歩を踏み出した。

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

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