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修羅場前線

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

 自室の椅子にかけながら、ぼんやりと上を見上げる。そこには青空も、曇り空もなく、天井が広がるのみ。


 シーク家の屋敷へ行って、夫妻に挨拶をして、馬小屋へ行って先生に馬を習って、夫妻に挨拶をして、屋敷に帰る。週に三度繰り返すこと三週間。


 わりと穏やかに乗馬訓練の日々が続いていた。


 シーク家の馬に気を遣ってもらい、乗っているというより乗せてもらっている状態ではあるものの、一人で乗ることも出来るようになり、走る速度も速くなってきた。心なしか馬が私を見て反応してくれている様な気さえしてくる。他人から知人へ昇格したのかもしれない。「あ、よく背中におぶさってくる知らない子供だ」から「あ、よく背中におぶさってくる子供だ」くらい昇格していれば嬉しいと思う。


 そして先生と接するうえで、何の事件も起きてない。そもそも彼と主人公のシナリオは、彼自身の生き方や考えを変えるシナリオではなく、「教師と生徒の恋愛」が主軸。


 つまりエリクやレイド・ノクターの様な「後の人生に多大なる影響を及ぼす重大な事件」は現時点の彼には起きない。私の行動で、彼の健やかな精神の成長を妨げることはないのだ。安心である。


 穏やかな日々。こんな日々が長らく続くことが幸せだ。太く短い人生か、長く細い人生、どちらがいいかなんてよく言うけれど私は断然細く長い、平穏な人生を所望する。


 今日は乗馬練習は無く、エリクが遊びに来る日だ。この間来たときは一緒に勉強をしたから、今日はゆっくり庭でも散歩しようと約束している。もうそろそろ時間かな、と、何の気なしに窓の方を見ると、門のところで馬車が止まっていた。お出迎えだと玄関ホールに向かうと、エリクの見慣れたふわっとした焦げ茶の髪ではなく、さらさらした金色の髪が窓から吹く風に揺れている。


 エリク、じゃない。玄関ホールに立っているのは、レイド・ノクターだ。


「こんにちは、ミスティア。突然ごめんね、近くに寄ったものだから来てみたんだ」


「こ、こんにちは」


 何ていう地獄の様なタイミングだろう。さっきまでの穏やかな日々から一転、こんな、屋敷の中が鮮血のディストピアと化すとは思わなかった。このままではまずいことになる。エリクが来る。エリクとレイド・ノクターが鉢合わせをしてしまう。


 エリクとレイド・ノクターの初対面は本編後だ。ミスティアの屋敷ではなく学校。それ以前にミスティアとエリク自体本編が始まる五年後に出会ったのだ。だというのに五年前の今、ミスティアの屋敷でエリクとレイド・ノクターが出会うなんてことはあり得ない。


 つまり、今エリクとレイド・ノクターを会わせるということは、将来彼等に訪れるであろう、「攻略対象同士の初対面イベント」が破壊されるということだ。


 エリクは、私が家庭教師イベントをぶっ壊したせいで、一つ年下の子供にご主人様呼びをするバグを発症している。ミスティアが主人公に暴力を振るわなくなる、いわゆる「嫌がらせイベント」を破壊するのとは訳が違う。嫌がらせイベントを破壊すれば、主人公のストレスや身体、心理的被害が無くなり良好な状態になるだろうが、彼等の出会いなどの親交、交流系イベントを破壊することは、彼らの精神の健全な育成を阻害する可能性が出てくる。


 現にエリクは私をご主人と呼んでいる、バグが生じているのだ。会わせるわけにはいかない。何が起きるか分かったもんじゃない。誰かに助けをと思ったが、驚くほど周囲に人がいない。


「ごめんなさい、あの実はこれから友人が来る予定でして、」


 またの機会に、とさりげなく帰宅を促す。正直失礼極まりない行為だが仕方ない。これはレイド・ノクター自身の精神の健康な成長の為でもある。許さなくていいから帰って欲しい。


「なら、挨拶しなきゃだね」


 品行方正、そして将来学級長になる少年、レイド・ノクター。社交性の鬼。しかし今、その義の姿勢を手放しで称えることは出来ない。それに婚約もいずれ破棄になるのだからわざわざ広める必要はないし、なるべく内密にしていきたい。


「えっと、こ、これから私がお迎えに出ようかなと」


「送っていこうか?」


 優しい気遣いだ。皆に好まれ、尊敬されるのも分かる。これだけ私が失礼な態度をとっているのに、ここまで相手を思いやれるなんて簡単に出来る事ではない。顔を顰められても、睨まれても仕方ない態度なのに、彼はにこにこと笑顔を崩さない。眩しい。しかし今、その紳士さに素直に感謝できない。もう本当に、どうか私をこのまま見送って欲しい。


「いや、すぐなので、本当に」


 そう言って、玄関扉に手をかけようとすると、空振りする。触れていないのに扉が開く。そんな訳がないのに。これ、自動扉じゃなくて普通の木製扉だ。つまり、今まさに誰かが反対側で扉を開いたわけで。


「ごーしゅーじんっ、お出迎えしてくれたの? 嬉しい! 大好き」


 そう言って、扉を開いた本人であるエリクは、私に向かって飛び込んできたのであった。

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

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