侵蝕されるは愛か憎しみか
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846
◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/
僕、レイド・ノクターの生活は日々変わってきている。
窓を見なくなった母。仕事の合間に無理に帰宅しようとする父。
最近の父の様子は王女に仕える騎士のようだった。昔ではありえない。そんな父の変貌に母は「恥ずかしいからやめて」と嫌がるもののどこか嬉しそうだ。事件の不安と離れていた反動だと思っていたが、案外最初の頃に戻っているのかもしれない。
変わっていないのは僕と婚約者の関係だ。街で彼女を見かけ、二週間が経った。父に婚約の話を進めてもらうよう頼んだものの、彼女とは一向に会う機会が無い。事件以降会話をしていない。街で見かけたのは僕が一方的に見つけただけで、彼女は僕に気づいていなかった。思えばあの時声のひとつでもかけておけば良かったと後悔しても遅い。
父がアーレン家へ送る手紙を一度見せてもらったが、大多数が母の自慢に占められており、誘いの文言は二行程度。アーレン家からの手紙も夫人の自慢に占められており、さり気なく誘いの断りが二行ほどで書かれていた。
「事件のこともあったからあまり早急には……」と、父は言っていたが、僕は知っている。彼女が何かしらの意思を持って母を助けたことを。屋敷への招待を断る理由は事件によるものではない。
間違いなく僕の存在が理由だ。
初めて会ったあの時、僕は間違いなく、彼女に憎悪を向けてしまった。警戒し、怯える彼女を見て愉悦すら覚えた。
僕は隠す気も無かったから彼女は気づいた。それが間違いなく原因だろう。
どうしたものかと考えていたある時。両親に呼ばれた。母のお腹に僕の弟か妹がいるらしい。
それからというもの、父の母への守りが強固になった。ただ歩かせるのも心配で自分が抱えようとしたり、階段を登ろうとするのを血相変えて止めた。
母は、お腹が大きくなって来たらまた監禁でもされそうと笑っている。僕がお腹にいた頃に一度そういった事件を起こしかけたらしい。赤ちゃんが苦しくなるからと止めたらしいが。
今の父のこの様子を見るに、また起こしかねない。
妹か、弟が生まれる。まだ実感が湧かない。
そしてふと思いついた。その報告をするという口実で、ミスティアの屋敷に行けばいい。
思い立ってすぐ、アーレン家への報告を提案した。使いではなく僕が行くと、合わせて伝えた。ミスティアとお茶を飲む約束をしていたから丁度いいと嘘までついて。
彼女は僕とお茶なんか飲まない。約束だってしないだろう。彼女は僕を怯えた目で見て、常に警戒していたのだから。
「おや、お帰りなさい、遅かったね」
アーレン家へ報告を済ませ、広間で紅茶を頂いていた僕を見て彼女は硬直した。どうして、何でと無意識だろうに何度もつぶやく。その眼には驚愕と怯えが連続している。
「ほら、一緒に紅茶を飲みましょう、ね?」
語尾に力を込めてしまった。びくりと彼女の肩が震え、渋々といったように着席する。彼女の表情は硬いままだ。街で見かけた笑顔は、本当に彼女のものだったのだろうかと錯覚する。
「ずっと会う機会が無かったでしょう? あの時から……一月と半分それ以上かな? 二月は経ってないけれど…、ずっと話をしたいと思っていたんだよ」
そう、ずっと話をしたいと思っていた。聞きたいことも、謝りたいこともある。しかし怯える彼女に、どう切り出せばいいものか。そんなことを考えながら話していると、責めているような口調になってしまった。
「お詫びもしたいと思って、屋敷へ招待の手紙を父から送っているはずなんだけど」
本題に入ろうとすると、彼女が目に見えて怯えた反応をした。やはり僕を恐れている。一月も空ければ少しは風化すると思っていたが、そうではなかった。時間でどうにかなるものじゃないのかもしれない。気にするなという彼女を強引に押し切ろうとするが、中々切れてくれない。僕は切り札を使うことにした。
「実は来年、僕に弟か妹が出来るから、今のうちに」
だから、母と会ってほしいと、言おうとして、彼女が停止している事に気づく。
「何を考え込んでるの」
「ああいや、兄弟っていいものだなーっと思って」
「……君は一人娘だよね?」
嫌な予感が巡り、追及するように尋ねてしまった。
「お、弟や、い、妹に深い憧れがあって」
へへ、と誤魔化したように笑った後、ふと彼女が思いつめ、そして何かを思い出しているようなそぶりを見せた後、一瞬だけふわりと穏やかな目になった。
「弟だったら、そっちと結婚する気なのか」
「え?」
咄嗟に言ってしまった言葉は、変わらず身勝手な嫉妬に塗れていて、自分でも吐き気がするほど醜い感情だ。まだ生まれても無い弟か妹が、彼女の表情を穏やかなものに変えたことに対して、こんなにも心を歪めてしまうなんて。僕は、どうにかなってしまった。
「……僕の家族は変わった」
僕は、どうにかなってしまったけれど、僕の家族は、いい方向に変わってきている。それは、間違いなく、
「君のおかげだと思う、ありがとう」
そういって手を差し出した。どうか手を受け取って欲しいと祈りながら。すると彼女は何やら考え込んだ後、恐る恐る、壊れ物を扱うかのように僕の手を取る。
不思議な感覚だった。霧が一気に晴れるように、直前まで渦巻いていた僕の醜い感情は、一瞬にして穏やかなものに変わった。異変を悟られないよう、手を放す。
「今日のところは、ここで失礼するよ、そろそろ帰らなきゃいけない時間だしね」
「じゃあ、見送ります」
ミスティアが門まで見送ってくれるらしい。ミスティアが不在だったと知り彼女が逃げられないように、「ミスティアが屋敷に入ってから門の前に停めること」と指示していた馬車が止まっていた。
ミスティアは驚愕の表情で見つめている。きっと普通に門の前に停めてあったら逃げる気だったのだろう。
「お茶会の件、前向きに考えてね」
最後の一押しをすると、ミスティアは動揺する。
「では……」
「うん、また、ね?」
馬車に乗り込み、御者に指示を出すと馬車が走り始める。
ふと屋敷の方を振り返ると、ミスティアは、門のところで馬車に手を振っていた。きっとこちらの様子は分からないだろうが、手を振り返した。
僕はアーレンの屋敷から遠ざかる馬車に揺られながら思う。
馬車に手を振るミスティアが、僕の屋敷で手を振るミスティアに変わる時なんて、来るのだろうか。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846
◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/




