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してはいけなかった約束

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

「今日も暑いねえ」


「そうだね。夏も終わるはずなのに」


 光どころか燦々と照り付ける太陽光の差すエリクの部屋で、エリクと二人、窓の外を眺める。


 エリーがエリクだった事件から二週間。「毎日会えないと不安だったけど、今は大丈夫だから」とのエリクの言葉で、ハイム家にお邪魔するのは今では毎日ではなく、三日に一度になった。ご主人呼びが止むことはないが、私は心穏やかに過ごしている。何故ならば、状況が打開できる見込みはあるからだ。


「あっそーだ。ねー聞いてよご主人?。昨日さぁ、遊べなかったじゃん?」


「はい」


 そう、昨日は普段なら周期的に三日に一度の「遊ぶ日」だったが用事があるとの事で、次の日である今日、私は彼の屋敷に遊びに来ているのだ。何となくごろごろして、ぼーっとする。友達と過ごす日。彼が「エリク・ハイム」であることさえ除けば穏やかで平凡な日常だ。


「家庭教師が来るからだったんだけど」


「お!」


 来た。来た! とうとう!


 エリクの言葉に、少しだけ気がかりだった想いが、ぱっと霧散していく。


 家庭教師、家庭教師だ。その家庭教師こそがエリク・ハイムの忘れられない過去のトラウマ。そしてそれに繋がる派手な女性関係の原因である。


 幼少期控えめで口下手で人見知りの彼は、人を避ける一方人を求め、孤独を感じていた。そんなエリク少年の前に、家庭教師である女性が現れる。優しく甘やかしてくれる家庭教師に依存していった彼は、恋文とも受け取れる手紙を贈る。受け取った家庭教師は喜び、彼の想いを肯定するが、実は裏で彼の恋心を嘲笑っていた。


 そんな姿を運悪く目撃した彼は激しく傷つき、次第に「女性」そのものを憎む。そして成長と共に、自分の容姿が優れたものだと気付いた彼は、その憎悪で人見知りと口下手を克服。やがて女性を落とし捨てることで、代理的な復讐を繰り返すのだ。そうして女性を食い荒らす化け物先輩に成り果てたところを、主人公が救う。


 このまま、何もせず放置すれば、きっとエリクは家庭教師に恋をして、酷く傷つく。


 エリクが傷つくのは避けたい。出来るならば尽力してどうにかしたいが、それによって未来が変わり彼が主人公と関わらなければ、彼の成長の機会を奪うことになる。「君と出会えたことで、俺は光の下にいたと知ったよ」というのは、どんなルートでも共通して、エリクが主人公に対して伝えるセリフだ。


 ある時は、ハッピーエンドで、ある時は他キャラのルートで彼が主人公に告白し、フラれたときに。


 主人公に出会い、彼女に言い寄り、彼女に関わることで、エリクは幸せを得る。


 そんな未来を潰してしまう訳にはいかない。エリク、ごめん。主人公と出会う為にも、ご主人呼びという黒歴史を作り上げるのを阻止する為にも、貴方には家庭教師と一騒動起こしてもらう。


 私はそれをただ傍観する。罪悪感が凄い。でもこれも、エリクの幸せのためだ。


 そう思った次の瞬間であった。


「色々あってさー解雇しちゃったんだよね」


「は?」


 すらり、と、悪戯で物壊しちゃいました、えへへみたいな言い方をするエリクに愕然とする。おかしい。それは、そんな簡単な話ではない。それが、なぜ。このような。重大事件を普通に語っている?


「だからさ、こうなるなら昨日ミスティアと遊べば良かったなぁって」


 呆然とする私の毛髪をとエリクは指でくるくると弄ぶ。思考が追いついていかない。家庭教師イベントは? 何で? 一週間で解雇? どうして? 初恋は? 手紙は?


「こ、恋文を渡したの? それでっいろいろあっ」


「恋文? なにそれ?」


「え」


 エリクは何を言っているのか分からないという顔をしている。いやそれはこっちがしたい顔だよ。しばらくすると腑に落ちたようでああ、と閃いた顔をした。そうそう、あったでしょ。恋文。


「んー? あ、そっか! なるほどね! ご主人もしかして嫉妬しちゃったね?」


 何がしちゃったねだ。違う、全然違う。何でそんな話になる?さっきまで家庭教師の恋文の話をしていたのに、何故そこで私が出る? 家庭教師ではなくて?


 いや、もしかして彼との因縁がある家庭教師では無かったのかもしれない。その次に来る家庭教師が例の家庭教師かもしれない。だって、彼にとって重要な人物のはずで、こんな簡単に。


「なんかさーこっちに取り入ろうとしてたみたいで、何か薄々怪しいなーと思って軽く揺さぶったらぼろ出してさー、うちの家が邪魔な家の差し金だったっぽくて」


 いや絶対そうだ、因縁の家庭教師だ。間違いない、じゃあ家庭教師は……、


「だから、かーいこっ、しちゃったー」


 ふふふと笑うエリクを見て思考が停止する。解雇? 解雇したの? そのまま? 待て待て待て待て。


「好きにならなかったの!? 一目見て、運命感じなかったの? どうして?! 何で!?」


 エリクの肩をつかみ揺さぶると、何故か嬉々としているし笑っている。笑い事じゃない。死活問題だ! エリクの進路の! 問題!


「落ち着いてよご主人?、大丈夫だって、僕にはご主人しかいないから」


 エリクは、嬉々として私の頬を吸った。完全にその仕草は、性に開放的な片鱗が出ている。けれど、ご主人呼び。気の遠くなる様な現実を目の前に、はっきりと、ある言葉が浮かぶ。


 完全にしくじった。


 本来であれば人を拒絶しながらも孤独を恐れる子供は、優しくしてくれる家庭教師に依存する。その前に彼が「別のだれか」によって人を拒絶することをやめ、孤独ではなかったら。


 いくら優しくしてくれる家庭教師でも、依存はしない。それどころか、自分に籠らず、人を見るようになり、相手の本性を見抜いた。


 つまり、先生に会う前に、私が通ったり、したから。彼は、家庭教師と会っても何の感情も抱かず、さらに本質を見極め、解雇……。


「嫉妬しちゃったんだねご主人、可愛いなぁ……。約束したんだから、嫉妬なんてしなくていいのに、本当に可愛い。大好き……」


「し、嫉妬じゃなくて、あの」


「僕にはご主人だけだよ、一生ね」


 顔が近づいてきたと認識したと同時に、また頬に吸い付かれる。嬉しそうに何度も何度も、頬や瞼を食べてくるエリク。


 何故だ、初恋イベントが起きてないのに、ゲームの片鱗が見え始めている。ただただ瞬きをする私を見て、うっとりとエリクは笑っていた。



●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

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