ハイム家のこども
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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ちょきちょきと、緑色に塗った画用紙を切りながら、混乱する頭をどうにか整理しようと努める。井戸にちょっとだけ浮かぶ蓮は、もう蓮の群生レベルの量に達していた。
しかし、それでも蓮を作る手を止められない。混乱しているのかもしれない。目の前に置かれた状況が理解できない。とりあえず状況整理のために、今日について思い返す。
まず、目が覚めると女の子の友人が、男の子で、さらにきゅんらぶの攻略対象で、そして。「今日から僕の事はエリクって呼んでね。僕もミスティアのこと、ご主人様って呼ぶから」と、何故か私を御主人様と呼ぼうとしていた。
いや意味が分からない、怖い。夢なら覚めてと思うけれど、エリーが、エリクだと知った後、確かにエリクはそう言い放ったのだ。
それから、朝食を済ませる私を横目に、すでにご飯を食べていたらしいエリクは私に「ご主人様はさー」などと平然と世間話をはじめた。混乱しながら他所で出されたご飯は残さないと朝食を食べていると、夫人がやってきて私を見るなり「本当にありがとう!この子よろしくね」と泣いた。
そう、あまりにも普通にしていて気づかなかったが、普通に外に出ているし、広間で食べているのだ。エリクもといエリーが。
あまりにも自然な流れで、もしかしてエリーと名乗る別人ではないだろうかという私の疑問を見抜いてか、彼は私に言ったのだ。「ご飯を食べたら、また街を作ろう」と。
そして今、こうして朝食をすませ私はエリクと共にまた街を作っている。彼は昨日破いた井戸を塗っている。
突然部屋から出始めたのは、彼が籠り始めたのも突然らしいからそういうものなのだと理解した。同じように、御主人様呼びも、そういうものなのだろうと理解した。いや出来る訳ない。
朝食から部屋に戻る際に、ご主人様呼びに明確な拒否をエリクに示したけど、エリクの意思は頑なで、「様はつけないで」という条件で双方合意したものの、全く合意できない。私が一万歩くらい歩み寄っている気がしてならない。
自分より一つ年上の少年が、年下の子供を「ご主人」と呼ぶ。この異常。
私は十歳、相手は十一歳。前世的に言えば小学五年生の子供が小学四年生に対して、御主人様と呼ぶ光景はどう考えても異常である。
なんとなく、「今日は主従ごっこするの?」と聞けば、「ごっこじゃないし、ずっとだよ」と返された。逆転している。すでに下剋上が始まっていた。
……性に開放的だった片鱗が出ているのだろうか?
でもルートでは、別に女性関係が派手だっただけで、その性癖は普通どころか焦点すらあてられてなかったはずだ。
シナリオも開放的で奔放な女性関係のエリクが平民である主人公を珍しいと言って言い寄り、接点が開拓されていく。無いのなら作ればいいと言わんばかりに。
そう、彼が今作っている井戸の様に、だ。
そして主人公は女性を弄ぶ彼に反発しながらも徐々に絆され、やがて恋に落ち、彼に気持ちを伝えるが、彼は幼少期のトラウマで主人公を拒絶してしまう。
そんな彼に主人公は精神的な意味でも、物理的な意味でも体当たりでぶつかり、彼はトラウマを克服、見事二人は結ばれる。だからこんな、「ご主人さま!」みたいな性癖は、ないはず。
今は物腰のわりに押しが強いがいずれその物腰すら失われ「女? 全員抱いたけど」みたいになるのだ。声だって中性的なものではなくド低音。
今は可憐な花の様な存在が、凶悪な色欲の権化に変わる。
それに、エリクはミスティアが嫌いだ。二人が初めて出会うのは主人公がエリクと出会うのと同じタイミング。ミスティアが主人公に難癖をつけているときにエリクがかばい、ミスティアに「俺、お前みたいな女は絶対無理だわ」と言い放つ。何で絶対無理な女にご主人呼びをしているんだ彼は。
こんな事態、異常事態に他ならない。というかどう考えても黒歴史だ。年下相手にご主人呼びなんて、包帯を腕に巻くとか魔法陣をノートに書くのとは訳が違う。歪んだ方向に突き抜けてしまった高度過ぎる黒歴史である。
本編が始まるまで約五年。五年の間に御主人呼びに飽きてもらうしかない。
何としてでも彼を更生させなければ。早急な打開策の検討が必要だ。
エリクをじっと見つめていると、「これで完成かな?」と私が切った蓮を井戸に張りながら彼は呟いた。
「完成?」
「うん。実は、もうずっと前から完成して良かったんだ。完成して、することがなくなったら、理由が無くなってしまったら、もう駄目だと思ったから、ずっと理由を作って、完成を先延ばしにしていただけだから」
「エリク……」
彼は悩んでいた。私が勝手に職人のこだわりだと思っていた彼の街づくりの姿勢は、ずっと一人で悩んでいるからこそのものだったのだ。寂しそうにする彼を見て、自然と、彼の名前が口から出た。
「でも、もう大丈夫だから、これは完成」
街に井戸をのせていく。兵士の二人だったものが、部屋いっぱいに広がる壮大な街並みを守る勇敢な兵士に変わっていた。はじめは何となく店っぽい絵を描いたところに立っていた娘も、しっかりと料理を作っている途中の屋台で店番をしている。それだけじゃない、きちんと老若男女問わず、街の人々が暮らしている感がある。
「立派だね、服や背景だけじゃなくて、人も増やしたし」
「学校作るの大変だったよね、窓とか」
「窓ね、ずっと正方形切ってたからね」
単純作業は嫌いじゃない。しかし量が量だった。完全に修行の勢いで、最終的に人間を窓として貼り付ければいいんじゃないかと思う精神状況に追い詰められた。
「途中でご主人がもう先生を貼り付ける! なんて言ってたから笑っちゃったよ」
エリクが楽しそうにけらけらと笑う。前代未聞の猟奇殺人犯のような発言だったことを反省しながら、「先生」という言葉で、はっきりと思い出した。
そうだ。この状況は、別に今すぐ打開する必要は無い。
何故ならば、もうすぐこの状況を打開する存在が、彼の元に現れるからだ。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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