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青薔薇に眠る

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

 私は机に向かい、ペーパーナイフ片手に、レイド・ノクターから送られた手紙をじっと眺める。


 レイド・ノクターが屋敷に突然現れてからというもの、二日に一度の頻度でノクター家から手紙が来るようになった。以前から伯爵から父宛に手紙が送られていたのは知っていた。けれど最近は伯爵から父宛、夫人から母宛、そしてレイド・ノクターから私宛に来る。内容は、季節に関するもの、読んだ書物、家族の様子について。


 そういった内容が二枚に纏められたレイドの手紙は読むことに苦労はしないものの、返信における精神面での疲労が酷い。


 発言はその場の記憶でいかようにもしらばっくれることが出来る。でも手紙は証拠として残る。何が地雷か分からないレイド・ノクターに手紙を送る行為は、地雷原に向かい投石することと同義だ。地雷原への投石は自殺行為。私は今まさに自殺を強要されている。


 本当に、開封は気が重い。正直めちゃくちゃ気が重い。引くに引けている。


 でも、いつまでもこうしているわけにもいかない。明日は母と共に母の友人のお屋敷のお茶会に招待されているのだ。さっさと寝て、明日に備えなければならない。


「いける、大丈夫、今回もきっと本の話大丈夫、いける」


 意を決し隙間からペーパーナイフで開き、目を通す。庭園の薔薇が見ごろを迎えたので良ければという誘いだった。震えた、この日に死刑執行するから来てねと同義だ。何が悲しくて地雷の本拠地に行かねばならないのか。私はレターセットを取り出し、さりげなく言葉を濁しに濁して失礼に当たらないよう完全な断りの返事を書きはじめた。




 穏やかな午後の日差しの下、季節の花々が咲き誇る、庭園というよりは植物園の広さを誇る花園で夫人たちが会話に花を咲かせている。その横では、真っ白なクロスのかけられたテーブルを囲み、子供たちがクッキーを食べたり、鮮やかな色合いのケーキを食べている。そしてその様子を私は気配を消しつつ傍観する。


 死闘ならぬ手紙の返事を書いた翌日。私は母と共に招待されたハイム家主催の茶会に来ていた。しかし招待されたといえどハイム家に来るのは初めてだし、そもそもハイム家に関してはさっぱり事前知識が無い。でもゲーム関係者の屋敷という訳でも無いし、前世の記憶を思い出すまで行っていた、今まで通りの普通のお茶会である。のんびり楽しもう。


 と、そんな風に思っていたのも、そもそも私は社交性が死んでいる。同世代の子供たちに早々に「こいつつまらない奴だな」と見切りをつけられ、私は一人、輪から外れるような状態になっていた。というか、皆すごく嬉しそうにクッキーを食べている。私は何となく一枚食べて、何となくやめてしまった。昨日料理長のライアスさんにクッキーの試食を頼まれ、結構な量食べていたからかもしれない。少し調整すべきだった。反省しつつ母のほうに目を向けると、母は話題の中心となって先日始めた慈善事業や、孤児院に慰問に行った時の話をしている。母の話を聞いて周りの夫人は驚いたような顔をしながらも、熱心に話を聞いている様子だ。母の話を聞いているのは楽しいけれど、私はこの場にいてはいけない。


 何故ならこのままだとふとこちらを見た母が、自分の娘が輪から外れて一人でいることに気づき、切ない、心配の感情を抱いてしまうからだ。私は別に一人で地面を見つめていても寂しいという感情は湧いて出てこないけど、母は寂しいと思う人であり、子供にそんな感情を抱かせたくないと考えてしまう。


 だから、この場から私はいなくなる。


 言い訳は仕上げてある。お手洗いに行こうとしたら迷った。だ。完璧な言い訳だ。私は皆にばれないよう、じっと母と夫人たちが歓談する様子を窺い、誰も見ていないことを確認してからそっとその場を離れていった。




「すご……」


 庭園をあてもなく歩き続けた私は、緑蘭だけで占めたような庭園に辿り着いていた。延々と緑に囲まれ、囲いを抜けた先にも淡緑しか見えず一瞬自分の眼球の病を疑ったけれど、どこもかしこも緑蘭たちが、爛漫と咲き誇っている庭園だった。


 夫人は花の中でも特に緑蘭が好きらしい。見渡す限り全て緑蘭で埋め尽くされていて、圧すら感じる。今この瞬間この緑蘭が意思を持ち、人間への反逆を決意したら私は死ぬだろうな、と思うほどの緑蘭の量だ。


 私は、庭園について詳しくない。庭師のフォレストが色々と季節外れの花を咲かせてみたり色合いを変えてみたりするから、そういった努力を知るために勉強はするけど言ってしまえば私の知識はフォレストの手がけた花のみで構成され、造園の意図を読み取る力はない。しかし一面同じ色の景色は何となく見ていて気分がよく、しばらくここにいることにして、とりあえず歩いている。


 きっと、ハイム家は、緑色が好きなのだろう。私は、特に好きな色はない。父や母、お屋敷の皆は黒と赤を好んでいる。メロもそうだ。メロは部屋にある日記帳は一番最初の一冊を除いて全て赤に統一している。本棚を見ると真っ赤で、そこに一点だけ真っ白な日記帳があるからよく目立つし、ワンポイント柄みたいでかわいいと思う。 そんなことを考えながら庭園の中央にある噴水の周りを辿るように歩いていると、噴水の陰から黒い塊が見えた。一瞬危ないものを見てしまったと思ったけれど、きちんと影がある。


 不審物なら報告しなければと物体に近づいていくと、だんだんその塊の輪郭がはっきりとしてきた。もしかして、土とか苗を置いているのかもしれない。じっくりと目をこらして、そし絶句した。


 丁度、子供くらいの大きさの何かに黒い布がかかっている。いや違う、子供くらいの何かではない。子供だ。子供がいる。子供に布がかけられているんだ。


 その子供は、黒い布を被り膝を抱えて座った状態だった。布に隠されている。そして微動だにしない。


 ふと死体遺棄、という言葉が脳裏を過る。


 いやまだ息があるかもしれない。死体と決めつけるのはよくない。恐る恐る肩あたりに触れると、布を被った子供はびくりと震えた。そしてまるでお化けを模したように黒い布 を被ったまま勢いよく立ち上がる。


「あの、大丈夫ですか?」


「誰っ?」


 子供は質問に答えてくれないどころか質問してきた。立ち上がってもなお、その顔は布に隠され分からない。


「ミスティア・アーレンと申します。あの、どうしてこんなところに? 体調が悪いんですか?」


「……違う、かくれんぼしてただけ」


 中性的な声色だ。そして、どこか固いような、こちらを求めないような声色。そっとしておいてほしいという雰囲気がひしひしと伝わり、深入りは相手の負担になると私は「では、失礼します」と頭を下げ、足を一歩後ろに退く。しかし次の瞬間、布の子供に腕を掴まれた。


「ま、待って」


「……やっぱり体調が良くないとか?」


「そうじゃない。そうじゃないよ」


 ならこの手を離してほしい。そう思っていると、ぎり、と腕をつかむ力が強まる。何だこの子は。子供の様子を伺おうにもその素顔は黒い布に隠されさっぱりわからない。


「この庭園を案内してあげるから……それまで離してあげない。行こう。案内してあげるから」


 そうして子供は私の腕をさらにぎりぎりと掴む。痛い、普通に痛い。腕ぎりぎり痛い。私をつかむ手は片手なのに雑巾みたいになってる。


「な、何で案内を?」


「嫌なの?」


 すごい押しが強い。質問させてすらくれないし、腕雑巾みたいにしてくるし。なんだこの子は。でも、断ったところで腕をさらにぎりぎりされるだけだろう。


「いいよ」


「本当?」


 子供は押しの強さのわりに驚いたような声を出した。でもまぁ庭園は途方もなく広いという訳ではない。多分一時間もすれば解放されるはず。その前に、飽きるかもしれないし。私は頷きながら、子供に導かれるまま歩き出した。



●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

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