表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/364

愛を乞う男

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/


ミスティアが、浮気をしていた。

けれど、まだ直接的に別れを切り出された訳じゃない。

もしかしたら、俺が誤解しているだけかもしれない。

そう思うことにした。いや、そう思わねえと、どうにかなりそうだ。

ミスティアの心の中に、他の男がいる。ミスティアが、他の男を想う。

今こうしている間にも、ミスティアは他の男のことを考えていると思うと、気が狂いそうになる。


今、心に他の男がいるにも関わらず、俺と付き合っているミスティアの真意が分からない。

別れを切り出す準備をしているのか。そもそも一時の気の迷いだと考えているのか。

出来心なのか。それとも、言い出せないのか。

言い出せないのなら、そのまま言い出してほしくない。

俺に別れを切り出せないほどの想いの相手なら、やっぱり俺がいいってなるかもしれねえしな。


でも、いつか遠くないうちに、別れを切り出されるかも。

その前に、改善できることがあるなら直して、変われば、

もしかしたらミスティアの心を取り戻すことが出来るか。


体育祭当日の朝、窓の外を眺め今後の身の振り方について考えていると、

ミスティアから声をかけて来た。まさか声をかけてきてくれるなんて思わなくて、

どうやって話をしようか考えていると、

ミスティアはただ、挨拶をするだけで、そのまま去ろうとした。


思えばミスティアが廊下で俺を待っていてくれた時、

わざわざ待っていてくれたのかと聞いたことがあった。

あれは完全に良くなかった。

まるで待ってることが悪いような言い方をした。嬉しかったのに。

そしてそれを、嬉しいなんて言っていない。もしかしたら、

そういうことの積み重ねでミスティアは俺を嫌になったのかもしれねえ。

俺はミスティアが全部好きだ。けど、ミスティアはまだ子供だし、

俺の全部が好きなわけじゃねえし、俺も全部を好きになってなんて贅沢な事が言えるなりじゃねえ。



出来ることが無いか聞くと、何も無いと言う。

気持ちだけで充分だと言うミスティア。前は遠慮をしているだけだと思っていた言葉が、

明確な拒絶に思えてくる。それか、俺は何も期待されていないのかもしれない。

もしかして、どうでもいいくらいに思われてる……のか?


俺は今まで、勝手に嫉妬したり、周りの見えていない行動をしたり。

年上だからというのに、年上らしい余裕を見せることも無かった。


ふと用務員の男が頭をよぎる。

奴は、何歳かは分からないが少なくとも落ち着いている。

地味で暗いだけかもしれないが、ミスティアといる時は何か違うのかもしれねえ。


ミスティアに用務員の男について聞くと、ミスティアの口から「アリーさん」と名前が出た。

俺のことは、いつだって名前で呼んだことは無かった。

「先生」「ジェシー先生」「シーク先生」と呼ぶ。

ジェイとは決して呼ばない。今まで照れ隠しとか、年上だからと思っていたが、

もしかして、これはもしかして、本当に……?



挨拶しておかないと、なんて脅すようなことを言えば、

ミスティアは何を言われたのか分からないようだった。

浮気をしていない? 用務員について何も思ってないのか?

ミスティアが、浮気をしているだなんて俺の思い違いじゃないかと、

期待するような考えが浮かぶ。いや、そんな事無い。

あのミスティアの笑顔を忘れたのか。あれは確かに、何かを愛おしむ目だった。


ミスティアの気持ちは間違いなく俺じゃなくて、用務員の男にある。

問い詰めそうになると、

最近ミスティアと仲良くしている体育祭委員の女子生徒がミスティアに声をかけた。


女子生徒の後をついて行くミスティア。

前までの俺なら、邪魔しやがってとか、

ミスティアは慕われているんだなと思っていたと思う。

でも、俺はその時ただただ、これでミスティアを問い詰めずに済んだのだと安堵した。

今まで、ミスティアに優しくしたいと思っていた。

甘やかしに甘やかして、優しく、優しくしたいと思っていた。

なのに問い詰めたくて仕方なくなる。

あの男がいいのか。どうしてあの男なんだよと、詰め寄りたくなってしまう。

ミスティアと俺はガタイも違うし、そもそも俺は男で年上、

こんな奴に詰め寄られたら怖がらせて傷つけるに決まってる。

愛想尽かされる前に嫌われる。それが分かっているのに、問い詰めたくなる。

駄目だ。合わせる顔がねえ。俺の手の届かない遠くに、ミスティアを早く連れてってくれと、

祈る様にミスティアの後ろ姿を眺めた。



ふと、そのまま職員室に戻り、自分に割り振られた机の引き出しから職員名簿をあさった。

確か用務員についても乗っているはずだとページをめくり続け、

用務員の項目を探し当て、奴を探すと「アリー」と名前だけがのっていた。

おそらく平民の中でも下位の出自だろう。

ミスティアは別に親しくして名前を呼んでいたのではなく、

呼ぶ名前がそれだけだったということに安堵する。

履歴も、何もかも不審な点が無い。どこにでもいる、普通の平民だ。

しかし、何故かその普通が作り上げられたかのような、

違和感を感じる。普通過ぎるような、模範的な、作られた「普通」を見せられている様な、

そんな気がしてならない。アーレン伯爵は、この男が相手で、許すのだろうか。

家柄だけの問題なら、俺は条件を満たしていると思う。だがこの男は平民だ。

働いているのは貴族学校といえど、平民は平民。アーレン伯爵が許すとは思えない。


待っていれば、ミスティアは戻ってくる……?















「次は、借り物競走ですね、ジェイ先生」


同期に声をかけられはっとする。

そうだ、ミスティアの競技じゃないか。

正しくは、ミスティアが体育祭委員として仕事をする競技だ。

体育祭委員会顧問に何の気なしに当番表を見せてもらったから知っている。

この競技で、ミスティアは借りるものが書かれている紙が入った箱を持ち、

走ってくる人間を待ち構える。


競技に熱中しているやつらにぶつかられて吹っ飛ばされたりしねえか不安になる。

怪我とかしなきゃいいけど……と考えていると、

箱を持って立つミスティアの顔が少し強張る。何かと走者に目を向けると、

クソガキ、エリク・ハイムが位置についていた。


変な事されなきゃいいけど。俺の感じた嫌な予感は的中した

クソガキは、箱から紙を引っ張り出すと、ミスティアの手を取り連れ去った。

クソガキは嬉しそうに笑い、ミスティアはただただ驚いている。

お題には、人間なんて無かったはずだ。少なくとも去年はそうだった。

今年になって変わったのか? それとも、まさか。


クソガキが、何かやったか?


ふと、走者待機列に目をやると後方にいたレイド・ノクターが、

距離が離れていても分かるほど、

エリク・ハイムに殺気立った冷ややかな目を向けているのが分かった。


……でも、ミスティアが想っているのは、今手を取っているクソガキでも、

遠くで睨むクソガキでもない。ここにいない、用務員の男なのか。


そう考えると、ぎゅっと胸が潰されたように苦しくなる。

何で、こんなに好きなんだ。何でこんなに辛いんだよ。

初めはお礼さえ言えれば良かった。傍にいられるだけで幸せだった。


どうして、こんなに。

どうしてこんなに強欲になっちまったのか。


ミスティアは、どんどん他の奴に借りられていく。


ミスティアを想っている奴もいるだろう。でも、駄目だ。

ミスティアは、今ここにいる誰の事も想ってない。

ミスティアが好きなのは、今ここにいない男だ。


……俺じゃない。

何がいけなかったんだろう。俺が教師にならなければ良かったのか?

他の仕事をしていれば、もう結婚できていたんじゃないのか?

ミスティアが、学校に入学したと同時に、事実婚で同居くらいは出来ていたんじゃないのか?

俺は何処で間違えたんだろうか? もしかして、出会わなければ良かった?

そんなことはない。俺は、ミスティアに出会えて幸せだった。

それまで愛おしいという気持ちを知らなかった。守りたい、愛したい、愛してほしいと思ったのは、

ミスティアが初めてだった。

でも、その想いが揺らぐほど、苦しい。苦しくて仕方ない。

俺を、どうして見てくれないんだよ。俺を、選んでくれ。


俯くと、わっと歓声が上がる。

何だとすぐに顔を上げると、レイド・ノクターがミスティアを抱え上げていた。

ミスティアを抱え上げ、ゴールに向かって駆けていく。


「王子様とお姫様みたい」

「かっこいい」

「まるで御伽噺だわ」


観戦する生徒が、口々に話す言葉すら、俺の心に刺さっていく。


どう見ても、お似合いじゃねえか。

王子様と、お姫様。歳の差も無い。お飾りだったのは、俺の方かもしれない。

でも、それでも、お前に似合わなくても、俺はお前のことが好きだ。

好きなことをやめられない。お前の隣にいたい。お前の未来にいたい。















午後の競技、見回りをしているとミスティアを見つけた。

どこにいたってミスティアを探している。我ながら呆れる。

少しくらい視界に入れないようにすれば、傷付くこともねえのに。

わざわざ探して、見つけて、傷付いて、馬鹿見てえ。

なのにやめられねえから最悪だ。


挨拶くらいはするかと近づくと、ミスティアは何かを抱えている。

いや、何かじゃない、子供?

その姿があまりにも様になっていて、気が動転する。

何だ、子供? ミスティアの?

兄弟じゃなくてか? だがミスティアに兄弟なんていない。

会っていなくても、弟が出来た事すら分からないなんてありえない。

かといって、兄弟じゃないなら、ミスティアの子供?

となると、誰の子だ? 髪は金、瞳は青。

ミスティアの周りの人間に、そいつの父親になりそうな奴は一人しかいない。

あのクソガキ……レイド・ノクター。


なるべく威圧的にならないようミスティアに近付き、

誰の子か尋ねた。すると怒りが混ざったことに気付かれたのか、

ミスティアの傍にいた部外者……。ミスティアの専属侍女を警戒させた。

ミスティアが俺を紹介すると、子供が俺に名を名乗った。

ザルド・ノクター。レイド・ノクターの弟らしい。

思えば、レイド・ノクターの生徒記録に弟がいることが書かれていた。

そうだ。ミスティアに弟はいねえけど、クソガキには弟いたじゃねえかと思い出す。

完全に勘違いをしていた。そんな俺を、ミスティアは不思議そうにして見ていた。

勘違いしていたなんて恥ずかしくて言えねえからすぐに自己紹介をして誤魔化した。


それからミスティアに抱きかかえを所望するクソガキの弟を肩車し、

ノクターの両親の元へ運んだ。


「何か、こうしていると、家族みたいだな」


ノクターの両親へ向かう途中、そう言った。

ミスティアと俺、そして俺とミスティアの子供、ミスティアの専属侍女。

ミスティアは専属侍女と小さい頃から一緒で、一番信頼できる相手だと言っていた。

一緒の屋敷で暮らすときは、きっと連れてくるだろう。


……でも、実際のミスティアの未来にいるのは、俺じゃない。

ミスティアは、俺を好きじゃない。分かってる。痛いほど分かる。

五年前、ミスティアに告白されてから、直接的に好きだと言われたことが無い。

好きだと言えない関係性にしてしまったのは俺だ。

当たり前のことを、当たり前に出来なくしたのも俺だった。

だけど、あの時は、

教師になるのが一番の近道だと思った。やり直せるのならやり直したい。

お前の隣にずっといたい。同い年に産まれてればよかったのか?

そうしたら、お前と出会えていたか? 一体何がいけなかった?


俺はお前の傍にいたい。お前を幸せにする権利が欲しいんだよ。

家族になりたい。一生傍にいたい。お前の大切にしているものを、大切にして、

毎日毎日一緒に居て、年寄りになっても、一緒に居て、

「いつまでも仲良しだね」なんて言われる夫婦になりたい。

気合で長生きするから、お前より先に死なないから、一緒に生きていたかった。

好きだ、ミスティア。好きなんだよ。どうしても。

お前だけが好きだ。お前だけしかいない。

好きで好きで仕方が無い。離れるなんて言うな。他の男に触らないでくれ。

他の男の隣になんて立たないでくれ。俺の隣で、俺にだけ笑っていてくれよ。


苦しくて、苦しくて胸がつぶれそうになる。こんなに隣にいるのに。

今だって、俺の隣を歩いているのに。酷く離れているような気がして仕方が無い。

声だって、腕だって届くのに、見えない壁が何重にも重なって、

今歩いているのが本当にミスティアなのか疑ってしまうほど遠く感じる。

苦しい。こんなに苦しいのに、好きでいることがやめられない。諦められない。



……どうか、どうかこのまま、

ミスティアが俺に別れを切り出しませんように。

柄にもなく、神様に祈った。



●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ