恋蝕
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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授業を受けながら、ふと、後方をみやる。
ロベルト・ワイズは、ペンを握りながら板書をすることもなく、
ただ俯いていた。
彼は、ミスティアを侮辱している現場をアリスに止められた時から、
今まで堂々としていたのが嘘だったかのように沈み、ただ目を伏せていることが増えた。
彼は、ミスティアがアリスを虐めていたと誤解していたらしい。
その誤解が、解け、罪悪感に押しつぶされそうに、いや、現に押しつぶされているのだろう。
ロベルト・ワイズ。
彼は、間違いなく、ミスティアの事が好きだ。
ミスティアについて誤解を持っている間、
彼女を侮辱しながら、その視線はいつだってミスティアに向いていた。
そして誤解が解けて尚、まだ自分自身の感情に気付いていない。
入学して間もない頃、ロベルト・ワイズが彼女を責め立てている時だって、
ミスティアへの怒りを抱えながら、彼はその目に恋情を宿していた。
僕はロベルト・ワイズが彼女を責め立てている時、二人の間に割って入った。
それは二人を遮る気持ちもあったけれど、それよりもミスティアを守らなければと思ったのだ。
僕はいつだって彼女を傷つけ、選択を奪う。
それなのに、僕はミスティアを守らなければと、身体が動いた。
ミスティアはそんな僕に感謝した。
安堵したかのような目を、向けて来た。
そんなミスティアの顔を見て、僕が感じたのは、
決して優しく、穏やかな感情ではなかった。
彼女を窮地に陥れ、救うことを繰り返せば、
ミスティアに好ましく思われる日がくるかもしれないという、
打算的な、昏い可能性。
弱っている所につけ込んでしまえばいい。
傷付いて、打ちひしがれているところに手を差し出せばいい。
僕が、他でも無く味方なのだと、認識させれば。
きっとミスティアは、僕を好きになってくれなくても、
手を取ってくれるようにはなる。
彼女を陥れる様々な策を練った僕は、そのどれもを実行することが出来なかった。
堕として、彼女に手を差し伸べる人間が僕だけになれば、
ミスティアは、僕の手を取るしかなくなる。それが一番確実なはずなのに、
どうしても僕は最後の最後で、その線を越えることが出来なかった。
計画を実行できない一方で、校外学習では、ミスティアが一生望むことが無いだろう報復をした。
ロベルト・ワイズを挑発して、怪我をするよう仕向けた。
彼の感情を少し煽り、言葉で背中を押してやれば、簡単に罠にかかり、怪我をした。
勿論そんなことをミスティアは望まない、知られたら嫌われることだって分かっている。
ただの自己満足だということをしっかりと理解していても、それでも、許せなかった。
ミスティアが許していたとしても、許せなかった。
だから、僕がさせた怪我をミスティアが手当てをしたと聞いた時は、
なんていう皮肉だろうと思った。
それどころかミスティアは、自分が怪我をさせたと僕に疑われたと誤解して、
僕に必死に弁解してきたのだ。
ミスティアが言った「しないこと」
それを、僕は、した。
ミスティアが焦り、否定をする様子を見て、酷く申し訳なく思った。
怪我をした、ロベルト・ワイズに対してではなく、何も知らない、ミスティアに対して。
どうにもミスティアは僕に怯えるが、僕が正しく生きようとしているように見えているらしい。
実際は、人を陥れ、欲するものを手に入れる為に、策を巡らせる卑怯者だというのに。
僕はミスティアが思っているような人間じゃない。
そしてその反省すら、僕は長く続かない。
昼食を一緒にとるよう、彼女を追い詰め、圧をかけ、選択肢を奪った。
そうして得た、ミスティアの隣。
山の景色よりも、何よりも、ミスティアを見ていた。
彼女は、彼女自身についてのことはあまり話そうとしない。
近況を尋ねると、「何故そんなことを気にするのか」と、
疑問の目をこちらに向けてくるくらいだが、
使用人について話題をふると、やはりというべきか、比較的よく話をしてくれる。
穏やかな時間だった。
周囲には人はいたけれど、二人で同じ布の上、食事をする。
いつか、こんな未来が訪れればいいと、切に願った。
彼女が、こうしてランチボックスを抱え、外へ出かける時、
隣にいるのが、僕であればいいと思う。
そんな思いのまま、勝手な自己満足で動いて、席替えを細工しようとして、失敗した。
自分でも、馬鹿だと思う。
こんなことをしているのなら、贈り物をして、手紙を書いて。
彼女に気持ちを伝えてしまえばいいのに。
拒まれることが怖い。拒まれたら、彼女をどうにかしてしまいそうで怖い。
入学の前に、彼女に嫌われても憎まれてもいいから彼女を手に入れると決めたはずなのに。
崩壊を望みながら、いつだって僕は、崩壊を恐れている。
何度も何度も心を諦めて、何度も何度も期待する。
いつか彼女の仕草が、視線が、いつか僕に向かうんじゃないかと、期待し、願う。
ロベルト・ワイズは酷く愚かだが、僕も同じように愚かだ。
授業を受けながら、そっと彼女の様子を伺う。
教室の一番後ろで、熱心に板書をしているかと思えば、
時折眠りそうになり、その都度ぎゅっと手をつねって眠気に耐えている。
そんな表情も、何も知らないクラスメイトからすれば、
「何かに憤っている」ように見えるのだろう。
先週、アリス・ハーツパールの素性が黒板に書かれた一件以降、
クラスメイトとミスティアの距離が離れ続けている。
クラスメイトたちは、「今まで騙していたのか」と、アリス・ハーツパールを糾弾した。
糾弾されたアリス・ハーツパールを庇ったのは、
他でも無いミスティア。
ミスティアは、もし自分がアリス・ハーツパールの立場であったなら、
素性を明かすことは出来ない、とクラスメイトに話をしたと聞いた。
クラスメイト達は、自分たちの浅慮を深く恥じた。
そして、ミスティアは、アリス・ハーツパールを
糾弾したクラスメイトたちを軽蔑した。
とクラスメイト達は考えている。いや、誤解している。
軽蔑をした可能性はあれど、クラスメイト達の話す
「ミスティアがクラスメイトを嫌っている行動」というのは、
どれもが、いつもどおりの彼女の行動だった。
元々ミスティアはクラスにあまりいないし、
そもそも彼女自身、人と接するのが好きな人柄では無い。
彼女の単独行動は彼女の気質であると、僕は知っているけれど、
それを知らない人間からすれば、状況的には嫌悪され、
同じ空気すら吸いたくないと退出しているようにも見える。
彼女の一見淡々とした態度がむしろありのままの彼女であることも、
感情の起伏があまり無いように見える表情が、実際はかなり二転三転することも、
彼女に慣れていないと分からない。
昨日だって、クラスメイトから、その件でミスティアに嫌われた、
嫌悪されたかもしれない、どうやって謝罪すればいいのかと相談を受けた。
アーレン家の令嬢に嫌悪されたことから来る焦りもあるだろうが、
それ以上に、前に助けてもらった、親切にしてもらったのに、
という後悔に似た辛苦を感じる。
クラスメイトたちは皆、現在ミスティアが話すのは、
学級長である僕だけだと思っている。
僕だけはミスティアに嫌われていない、唯一の人間だと。
むしろ、ミスティアの心から最も遠いのは僕で、
実際に嫌われているのは僕だと知らないのだから滑稽だ。
このまま、ミスティアを誤解させて、クラスメイトから距離を置かせておけば、
今後、ミスティアを手に入れる上では確実に有利だろう。
「確かに、ミスティアは真っすぐな性格をしているから、
君たちのしたことは、許せないだろうね」
そう言ってしまえば、ミスティアを乏すことなく、
正当に、ミスティアとクラスメイトの距離を離すことが出来る。
……なのに、昨日相談を受け、僕の口から出た言葉は、
彼女とクラスの距離を取り持つようなものばかり。
ミスティアは、体育祭の委員に就任した。
体育祭委員会には、エリク・ハイムがいる。
本当なら、手段なんて選んでいられない。
つけ込む隙があるのなら最大限利用しなければいけないのに。
本当に、僕は馬鹿だ。
ミスティアの努力は、報われるべきだと、どうしても考えてしまう。
ミスティアに軽蔑されていると誤解したクラスメイトたちが、
このままではいけないとはっきり認識したのは、
体育祭の選手決めが発表されてからだ。
希望した競技以外の競技に割り振られた者に渡された、
競技の説明、コツなどがびっしり書かれていたカード。
それは、希望を出さなかった競技に参加することになったクラスメイトが
不安に思わないように、楽しめるようにと書いたミスティアの気遣いが、
手に取るように分かるもの。
軽蔑されていたとしても、何とかしたい。
手伝いがしたいと、
今日から始まったクラス旗作成には、クラスの過半数が集まった。
しかし、全員の態度はぎこちないまま。
塗料を運んできたミスティアは、教室にいるクラスメイトたちを見て
僕が集めたのだと考え、礼を述べる始末。
このまま、僕が集めたのだと誤解させておけばいい。
「ああ! ミスティアは皆に、嫌われていると思っているの?」
誤解させておけばいいのに。
わざと、声を大きくして、周囲に聞こえるようにミスティアに問う。
ミスティアとクラスメイトたちには誤解があるのだと、はっきり分からせるために。
きっとこの行動を、僕は後悔する。
あの時、クラスメイトとの仲を取り持たなければ、
ミスティアは手に入っていたかもしれないと。
でも、クラスメイトの走力や適性を調べていたミスティアを僕は知っている。
空き教室で、一人、一生懸命選手表と向き合い、試行錯誤を重ねていたミスティアを知っている。
そんなミスティアの頑張りを、身勝手な想いで踏みにじることが出来ない。
今だって、ミスティアが、誰よりも、何よりも欲しい。
嫌われたって、構わない。彼女が手に入るのならば。
笑顔が見れなくたっていい。
好きだ。大好きだ。愛している。それなのに。
ああ、僕は馬鹿だ。
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