アーレン家で働く人たちの様子がおかしい 後編
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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「なんか、こうしてメロと歩いてるだけで楽しいなぁ」
メロと手を繋ぎながら街に並ぶ店を眺め歩いていく。澄み渡る青空で天気がいいこともあり、人の出はそこそこあるように思う。店のテラス席では貴族たちがお茶を飲み、絵にかいたような穏やかな時間を過ごしている。道は従者を連れた令嬢や令息が歩き箱や袋を抱えていたり、馬車に荷物をこれでもかと詰め込んでいる。
先ほどまでは、私もメロと、そして御者のソルさんと共に買った荷物を馬車へ詰め込んでいた。本当に大変な作業だった。というのも私はリザーさんをはじめとする掃除婦のみんなに肌荒れに効く香油を購入した。香油といっても匂いのないものだ。香り自体は後から足し、自分で香りを選んだり混ぜたりして使用するらしい。それらを買って、他にも色々買ってみようと選んだ。門番のブラムさんは新しいヴァイオリンが欲しそうだったし、侍医のランズデー先生の好きな画家の絵も発見したし、とにかく色々買って、家令のスティーブさんが好きな本も見つけた。そうして色々使用人のみんなに物を買い、あの人に買ったからこの人にもと探すうちに増えてきて、荷物が膨大になってしまったのだ。
そして荷物を馬車に詰め込みまたメロと買い物を再開させ、ゆっくりのんびり街並みを見物しながら歩いている。街並みを見るのは、そこそこ好きだ。楽しいと思う。けれど今はメロと手を繋ぎメロと話をしながら歩いているからか、すごく楽しい。
「私も、ミスティア様の手を繋ぎ、こうして歩いているだけでとても満ち足りた気持ちになります」
メロは私の手をきゅっと握る。ただ二人で何となく微笑みあい、きちんと前を向いていなければメロまで巻き添えにして転んでしまうと気づき、はっとして前に顔を向けた。すると通り沿いに、目に焼き付いた金の髪が、日の光を受けより煌めくように輝き風に靡く姿が見えた。その様子に肝が冷えるとメロは「ミスティア様?」と私の手を握る力を強めた。
「レイド様がいる」
通りを挟んで、いわゆる対向車線に、私たちとは進行方向が明らかに逆へ向けレイド・ノクターとその護衛が歩いているのが見えた。メロは小声で「こちらに注意をひきつけましょうか?」と問いかけ黙って首を振る。
「しないで。今日は知り合い誰とも会いたくない気分だから」
そう伝えるとメロは不思議そうに私を見た。当然だ。婚約者に会いたくないと言ってるようなものなのだから。しかし理由は説明できない。メロの手を握りそのまま相手に気づかないふりをして歩いていく。同じ道ではなく馬車の走る道を挟んでいたことが良かったのだろう、レイド・ノクターは私に気づかずそのまま歩いていった。
「ミスティア様?」
「大丈夫……」
メロに心配をかけないよう誤魔化す。そして後ろが気になるけれど振り返らずメロを連れるように歩いていく。メロは始め私の後を追うようだったけれどすぐに私の隣に並んだ。そのまま大通りを外れるように曲がると、そこには小さな店がいくつも並ぶような通りになっていた。先ほど大通りを歩いていた時と同じように店眺めて進んでいくと、ふいに大きなショーウインドウが視界に入った。通り沿いに面するように並べられた、いくつもの写真立て。どことなくそれが気になり足を止めるとつられるようにメロも足を止めた。
この店に、入ってみたい。漠然とそう思ってメロに声をかけると、彼女は頷き店へと足を向けた。そのままメロとともに厚く艶めく木の扉を開いて、中へと入っていく。中はほんの少し薄暗く、棚やカウンターをすべて木で作り上げた温かみのある店内だ。そして中央には棺のような硝子のケースが置かれ、中には右から左、上から下まで写真立てが並べられている。初めて入る店だけど、どことなく親和性が高い。壁沿いには雑貨が並べられていて、どことなく一点物が多い印象を受ける。ふとメロの方を向くと、メロが硝子ケースに手を当てて、ある写真立てをじっと見入っていた。黒薔薇と銀の彫刻があしらわれたもので、ところどころに宝石がはめ込まれていた。そんな写真立てを見るメロの目を見て、確信した。
「メロ、ちょっとあっちの、何だろう、壁にかかってる布の値段見てきてくれない?」
「……? わかりました」
さりげなくメロを遠ざける。一瞬、手を繋いでいることで躊躇われたり約束を破ったと見なされるのではと考えたもののメロは頷いてタペストリーのほうへ向かっていった。その姿を見届けてからメロの見ていた商品を買うべくすぐにお会計のカウンターへと向かう。
「ああ、ミスティア・アーレン様! 勇敢なアーレン家のお嬢様とお会いできる日が来るとは」
店主の口から突然言われた言葉に違和感を覚える。けれどメロが帰ってくるまでに店員さんには包み終わってもらわなければいけない。他に追加で買い物をしなければ余裕だろう。ほかに買いたいものもないし、大丈夫だ。
「あの、あそこの品物を購入したいのですが」
「かしこまりました」
店主は手袋をはめ、硝子のケースへと向かっていき写真立てを取り出した。メロが帰ってこないか気にしつつ、写真立てが包まれていく様子を見ていると、ふいに店員さんがレジスターの横から箱を取り出す。
「こちらの写真立てはいかがですか? 対になっているものでして、それがこちらに……」
「……買います。袋別でお願いします。あとこっちは贈るものじゃなくて自分用なので、簡易包装でお願いします」
頷くと店主はにやりとしながら追加の写真立てを包み始める。商売が上手すぎる。でもこれでメロとお揃いだ。私は満足しつつ、店主が包み終えるかメロが戻ってくるかとじっと二人の挙動を注視していた。
メロと徐々に西日が差し込む通りを歩く。あれから写真立てはメロに気づかれず購入することができた。メロが戻ってきたのは、品物が包み終わりお金を払う時だから、結構危なかった。そして何の気なしに聞いたタペストリーは途方もない金額だった。宝石がついていたらしい。
そして、帰ろうかという話になったけれど、結局届けてもらうにはあまりに量が多く、全て馬車に積んで、荷物はそのまま馬車で屋敷に運んでもらい、私とメロは途中まで歩いて帰ることにした。あらかじめ道を決め、おいおい屋敷に到着し荷物を降ろし戻ってきた馬車に乗せてもらう作戦だ。そして買ったものは全て私の部屋に運んでもらい、後でメッセージと共に季節外れのサンタクロースをする。
完璧な計画だ。メロ、喜んでくれるといいな。一緒に写真も撮りたいし。前世時代写真は誰でも簡単に撮っていたけど、この世界で写真が出始めたのは本当にここ最近だ。先ほどの写真立てはおそらくこれからの需要を見越してのことだろう。メロの手を握りながら歩いていくと、丁度通りの一角に小さな公園を見つけた。当然のことながら遊具はなく、手を入れた花壇をぐるりと囲むようにベンチが置かれた公園。憩いのスポットって感じだ。けれどベンチには誰にも座っておらず、数メートル先の井戸で青年が足を洗っているだけだ。
青年に目を向けると、その足はざっくり切れているのが離れた距離でも分かった。付着した血は、洗っても洗っても拭える気配が無い。
というか段取りがよくない気がする。多めに水を汲んでざばざばかけて一気に止血してしまえばいいのに、さっと水汲んでかけて血が出て、さっと水汲んでかけて血が出てを繰り返している。注視すれば無理もなかった、彼の腕は赤く腫れており、多めに水を汲むことが出来ないのだ。
どうしたんだ、階段から落ちたとか?
「メロ、行こう」
「……なりません」
「でも怪我してるから」
「……仕方ありませんね。手当てが終わったら、すぐに去りますからね」
私の言葉にメロは溜息を吐き「何かあれば怪我人であろうと制圧します」と付け足した。その言葉に頷き私は青年の方へ向かう。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけると、青年は驚愕の表情を浮かべこちらを見ている。あ、しまった、傍から見れば今の状況は自分より年が離れている子供に大丈夫かと声をかけられる地獄の縮図だ。
申し訳なさがあるが怪我の処置が先決。現代の医療技術ならまだしも感染症にでもなれば、この歴史ある西洋をいい感じであれこれして、最近写真が出てきたような世界線では切断の可能性すらある。
心の中で言い訳をして多めに水を汲み、そのまま驚いて固まる青年の足を汲んだ水でじゃぶじゃぶ洗い、自前のハンカチで拭いつつきつく結び、素人の手当てを施す。すると傷はすっぽり隠された。それと同時にメロが私の服の裾を引っ張る。撤収の合図だ。
「素人の応急処置でしかないので、絶対に医者に見てもらってください。絶対ですよ」
青年に言うだけ言って、その場を後にする。メロはまた私の手を握り、今度はまた私を連れるように、一刻も早くその場から立ち去りたいかのように私を引っ張っていく。
「メロ、ちょっと足が速くない?」
「この先の事象は予見できます。捨て犬ならまだしも、お嬢様はすぐに人間を拾う。可能性の芽は迅速に潰します」
「いや人間は拾えないよ」
「そうです。それなのにお嬢様は人間を拾う。ですからこうして繋ぎとめておかなければ」
メロは私の手をぎゅっと握る。その様子がなんだか嬉しくて笑っていると、メロは「私は怒っているのですよ」とこちらを見た。その言葉に頷き、私は温かい気持ちになりながら歩いていった。
メロと共に、夕焼けが広がる道を辿って屋敷へと帰っていく。道の先には沈もうとする夕日が私たちの背に力強く差し込んでいて、レンガ造りの道は赤く染まって、メロの光を流すような銀髪も温かみのある赤い光を纏って輝いている。景色は徐々に街から屋敷が並ぶものへと変わっていき、柵越しに庭園を見たり、花の名前のクイズをメロと出し合いながら、道に同じように並ぶ私とメロの影を見つめていると、メロは突然立ち止まった。あまりに突然なことで繋いでいた手が離れてしまう。驚いてメロの顔を見ても逆光でその様子は窺えない。どことなく呼びかけるよりメロを待ったほうがいい気がして黙っていると、メロは「……一つ、お願いがあるのですが」といつもより儚さを感じさせる声で呟いた。
「メロのお願いなら何でも叶えるよ」
「ならば、私の知らない場所で、殺されないでください」
メロの言葉があまりに衝撃的で、ふと時間が止まったような感覚に陥る。メロはそのまま、私との距離を詰めるようにこちらに一歩近づいた。
「私は、あなたが健やかなるときも、病める時も傍にいたい。同じお墓に入りたいです。ミスティア様と」
私の隣に立ったことで光の当たりが変わり、メロは赤が滲むような瑠璃色の瞳をこちらに向けていたことが分かった。そのまま彼女はじっと私を見つめ、私も見つめ返して、そして思い出す。
メロは産まれてからずっと一人だったと前に言っていた。孤児院にいた以上、そういった境遇を持つことは想像ができる。そして産まれたときから一人で、だけど今は屋敷にいる。だから一人ではない。けれど一人だった時より、一人じゃないことを知ってしまった状態から一人に戻る。それは怖いことに、なるんだろう。メロは甥が夫人を襲撃した事件について、ずっと傷ついていたのだ。傍にいる人間が、いなくなる恐怖に。
「ごめんねメロ。危ないことして」
メロの頬にそっと触れる。するとメロは「約束はしてくれないのですか」と私を見た。
「いいよ。一緒に入ろう」
メロにはいつもお世話になっている。そのお礼が、一緒にお墓に入ることなんてめちゃくちゃ容易い。私はメロの手を取り、そのまま帰路に向かって歩き出す。そしてそのままの調子でメロに顔を向けた。
「じゃあ遺言書に書いた方がいいかな、どっか大事に仕舞ってさ。いつ死ぬかなんて誰にも分らないし」
「大丈夫です。ミスティア様が承諾してくださった、ということが重要ですから。ミスティア様がお亡くなりになられ、埋葬される際にその遺骨を抱いてそこで朽ちます」
「それ餓死だって! 寿命でね、寿命で。それに止められるからね!」
「駄目ならば夜が深まった頃に」
「いやいや、あと生きてるときに出来るお願いも沢山してね」
メロは、終わりに向かった考え方をしている気がする。でも今の我儘も沢山言ってほしい。そんな気持ちを込めてメロを見ると、彼女は「分かりました」と私の手を握る力を強くする。そうしてメロの手を取って二人、夕焼けに赤く染まる道を歩く。前にもこうしていたような、懐かしいような気がして、ずっとこの時間が続けばいいなぁと思いながら、私は屋敷へ帰ったのだった。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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