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ジャクリーヌ


 それはジャクリーヌが十六歳を迎えた年だった。


「レイモンド卿これ以上は返済は待てません。申し訳ありませんが領地の売却を進めさせていただきます。商会はまだ待ちますが負債が嵩めば商会はおろかお屋敷も売却になりますので、くれぐれもお気をつけ下さい。」


 ジャクリーヌの父、アルフォンス・ド・レイモンドは年齢六十代後半で、信心深く聖クライス教会に毎年多額の寄付そして孤児や被災者への支援を行う善行者であった。妻のルイーズを五年前に亡くしてからはその行為はエスカレートし、その結果、一家の財産は底をつき家計は傾きだしていた。


「うむ、承知した。」


 金銭の貸付をした商会の代表は用件を伝えると、そそくさと部屋を出て豪華な鳥車で屋敷を後にしたのだった。

 屋敷の二階にある家長の部屋兼執務室では、屋敷を出て行く鳥車を父とジャクリーヌが無言で見つめていた。


「父上、お話しがあるのですが。」


「なんだ?」


 ジャクリーヌは、父アルフォンスの行為が最愛の妻を亡くした事が原因で、彼のその心情も理解できていた。しかしこのままではレイモンド家は領地を失い、仕事も屋敷も全て亡くしてしまうと考えていた。そして自分がレイモンド家を立て直さなければと思い至ったのだ。


「お気持ちは重々承知しておりますが、このままではレイモンド家の存続に関わります。何か手を打った方がよろしいかと。」


「何か考えがあるのか?」


 ジャクリーヌは商会の運営を自分に任せてくれと申し出る。


「はい、商会を私に任せていただけないでしょうか?商売の勉強もして参りましたし、昨今の世情についても学んでおります。」


「そうか、好きにするがいい。」


 半ば世捨て人の様になり信仰や奉仕に傾倒してしまった父では、家督を守る事は出来ない事は明白であったが、父の尊厳や沽券にかかわるとジャクリーヌはこの数年彼を見守っていた。だが領地の大半を失い後に残った物すら失いかけているこの場になっても何も変わらない父に我慢の限界を迎えたのだった。


 この日からジャクリーヌはレイモンド商会会長として商売を始める。

 元々は農産物の買い付け、商店への小売販売を行なっていた商会であったが、所詮一般庶民相手の商売でその規模は小さく利益も大したものではなかった。まずジャクリーヌは販売の拡大の為に、農産物以外の日用品なども買い付け、小売だけでなく商会直営の商店を始める。

 そして直営店にて、世の中の需要の情報を集めてニーズに合わせた物品の販売を行なっていく。

 ニーズを敏感に読み解くジャクリーヌの才能のおかげで商会の利益は回復してゆき、更にその勢いを増す為に、ジャクリーヌは庶民だけではなく貴族や騎士団などへも積極的に関係を結び、そのニーズをも取り込んでいくのだった。

 

 一年が経ち、庶民相手の弱小商会はその規模を十倍に拡げ存在感と共に、ジャクリーヌの名を押し上げていく。そしてそれと共に競合する商会や貴族からは、疎ましく思われていくのだった。

 そんな中、キルマーで最大手の豪商から仕事の話しがくる。内容は物量が相当ある為キルマーのいくつかの商会で手分けして運送をするという事でレイモンド商会にも手を貸して欲しいという依頼であった。


「それではレイモンド商会にはクバルから魔道具の運搬をお願いします。護衛などは各自で手配頂きます。」


「分かりました。報酬は積荷と引き換えでということでしたね。」


「はい。品物の受け取り時にお払いいたします。」


 今回の様ないくつかの商会が合同で運搬をする事は今までなく、非常に珍しい事であった。しかも仕事の依頼主はキルマー最大手で色々と噂のあるゲルマ商会という豪商だった事もありジャクリーヌは何かしらの事情があるのではないかと始めは訝しむのだったが、レイモンド商会の更なる発展の為と多少のリスクを覚悟して、依頼を受けたのだ。

 

「さて何かしら裏のありそうな仕事だが、見事こなしてみようじゃないか。」


 ジャクリーヌは護衛を通常の倍用意し、当日を迎える。しかし予定の時刻を過ぎてもレイモンド商会の商隊はキルマーへは辿り着く事はなかった。そしてその日、騎士団から幾つかの商隊が襲われたと連絡が入るのだった。


「そうか、被害が一番少なかったのはゲルマ商会か。」


 レイモンド商会の被害は荷車三台と荷物、そして商会の商人と従者合わせて十名、更に護衛の六名で、全て命を落とす甚大なものであった。

 この襲撃で被害が少なかったゲルマ商会は今回の依頼主で、その息のかかった商会の被害は比較的少なく、レイモンド商会を含めた幾つかの商会は人的被害と賠償も含めた金銭的被害が相当額になり、中には存続の危機になる商会も出るのだった。


 ジャクリーヌは今回の襲撃が偶然とは考えなかった。そして自身で今回の事件を調べるとゲルマ商会と襲撃者達との繋がりを見つける。


「ゲルマんとこは最近デカい犯罪組織とつるんでいるみたいで、その組織も近頃勢力を増やしている盗賊団なんですが、どうやら後ろにキルマー以外のとこが付いてるみたいです。ただ今んとこはそこまでしか……。」


「なるほど、ゲルマの裏に何やら怪しい組織がいるんだね。でその組織についてはよく分からないと。」


 場末の飲み屋にジャクリーヌはいた。街の裏情報に詳しい、いかにも怪しい人物と同じテーブルに座り事件の詳細を聞いているのだった。


「ありがとう、何か分かったらまた連絡をしてください。約束の報酬と、これは危険手当です。」


「へへっ、ありがてぇ。さすが最近勢いのあるレイモンド商会会長さんだ。頂いた分はキッチリ仕事をこなしますぜ。これからもご贔屓に頼みますよ。」


 男は報酬を受け取ると店を出た。


『商売敵の締め出しにしてはやり口が乱暴だと思いましたが、何かあるのか…。彼には悪いがこの先は危険になりそうですね。』


 ジャクリーヌは男が出ていった店で、一人思案を巡らせる。そこに先程とは別の男が二人現れた。


「会長お待せした。調査部の者を連れて来たぞ。」


「初めまして。こんな場末の飲み屋にわざわざすみません。」


 一人はジャクリーヌが商売で付き合いのある騎士団の者であった。もう一人は今回初めて会う人物で、ジャクリーヌが事件を調べたいと騎士団の調査部の人物を紹介してもらったのだった。二人は騎士団と悟られぬ様にラフな恰好で身を包んでいた。


「こちらとしては、機密情報ですのでそう安易とお話しできる事ではないのはご承知ですよね。」


「もちろんです。きちんと御礼を用意してありますので。」


 ジャクリーヌは金貨の入った袋を二つテーブルに出すとそれぞれ男に渡す。男達は中身を確認すると、それを懐にしまった。


「で、先程あっていた者は情報屋か何かか?」


「ええ、私もこちらで調べられる事は調べております。騎士団ほどの情報はありませんでしょうが、何もせぬわけにはいきませんので。」


「では、ゲルマ商会と盗賊団の繋がりは掴んではいると。」


「はい、そしてその裏には大規模な組織がいるとか…。」


「そうか、その組織に関しては何か分かっているのか?」


「キルマーの組織ではない事だけです。それ以外はまだ。」


 それまで黙っていた調査部の男がそこで口を挟む。


「騎士団で分かっている事は、その組織は海を渡ったアリア大陸と繋がっているというとこだけだ。それと悪い事は言わぬ、これ以上関わると命の保証は出来ない、なのでここで手を引いた方が身の為だ。」


「それは、これで話しは終わりという事ですか。」


「そうだ。」


 調査部の男は懐からジャクリーヌから貰った袋を取り出すとそれをテーブルに置く。

 彼は初めから、ジャクリーヌがどれほどの情報を掴んでいるのかを確認する為にこの場に来たのであった。そしてジャクリーヌに忠告をするのだった。


「こちらの話しは終わりだ。報酬は返す、手を引け、お前の為だ。」


 調査部の男は立ち上がると、席を離れて行く。


「おい、なんだ?どうしたんだ!」


 もう一人が、後を追う様に席を立ち「じゃあな、すまん!」と告げると、二人は店を出て行くのだった。


「ふう、やっぱり正攻法じゃあダメみたいだね。思ったより事情が入り組んでいるみたいだな。」


 ジャクリーヌはその時、何故か笑みを浮かべていた。


 彼は幼い頃から賢くそして身体能力も高かった。普通の子供が学ぶ勉学も十歳を超える頃には全て読み解く事ができ、その頃の彼にはすでにキルマーの知識階級と同じ程度の知能があったのだ。

 あまりにも飛び抜けた彼の知能の為に幼い頃に同学年の幼児の積み木遊びでトラス構造の建築模型を作ってしまい、周囲を驚かせてしまう出来事もあった。

 更に彼は物心ついた頃から人の心理や行動を緻密に感じとる感性も持ち合わせていた。

 その為、彼は幼くして自分が周りと違う事を理解する。そして父や母、そして屋敷の者達にいらぬ心配をかけないように自分が普通である事を装って生きてきたのだった。


 そんな彼は、父そして家の呪縛から解き放たれ個人として商売をし、普通の盗賊の襲撃事件ではない厄介な出来事に遭遇したのだ。

 そして、口元に笑みを浮かべたその時のジャクリーヌの心情は《おもしろい》だった。


閲覧ありがとうございます。


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