神々の痕跡
一日目、無数にある小高い丘と、波打つ地平線にひろがる草原、その間をくねりながら続く道のりをズー2頭が引く大型荷車に揺られながらのんびりと進む、ときおり現れる獣の群、今のところこれといった危険には出くわさず旅路を進む、陽が真上に登り昼食を食べながら目的地を目指すのだ
「良い天気だし、ちょっとした旅行気分だなぁ」
「そうですね、正直物足りない気分ですね」
「いやいやまだこの先長いですからな、油断は禁物ですぞ」
市場の商人達が含み笑いでアサヒたちに答えた、そして呑気に話す二人の横へアコがズーに乗って近づいてきた
「お前ら何呑気に話してんだよ、こんな開けたとこで危ない事なんてあるわけないだろ、この先にある森の獣と日が落ちてからが危なくなるんだぞ」
相変わらずアサヒ達を警戒はしているが、きちんと仕事をこなすつもりでいるアコ
本来ならばピーターとさほど年も違わないはずのまだミドルティーンの娘がなぜ傭兵のような事をしているのかと思うアサヒだった
そうして、平和な丘陵地で一日目の夜を迎える
二日目、昨日と同じ丘陵地をしばらく進み、ちらほらと木立が立ち並ぶ場所が現れだし今までとは景色が変わりだしたところで昼食がてら休憩をとることにした
「さすがに二日目だし少し疲れたねぇ、それに腹へったな」
昼食用に用意したパンと飲み物を口にしながら、昨日アコが話していたことを騎士団のマルコに尋ねた
「そー言えばマルコさん、まだ詳しく聞いてなかったんですけど、森の獣ってどんなのですか?」
「アサヒ殿らはこの国は初めてでしたね、ここからしばらく進むと森になり、バブーンと言われる大型の猿たちのテリトリーに入る、ヤツらは雑食で餌になるものはなんでも食べ、時には人を襲う事もあります、ですが一番注意しなければいけないのはジャガヌートで、この大陸最大にして最強の肉食獣です、バブーンの様に大きな群れにはなりませんが、単体でも充分恐ろしい獣で、もし群れに出会ったら食糧を囮に逃げるのが賢明ですな」
「あの、もし餌がなかったらどう対処するんです?」
「私が相手しますよ、とは言え無傷では済まないでしょうがね」
「我等は何度かシンブに行っておるが、バブーンには出会っても自警団だけで対処できておったし、今回は騎士団のマルコ殿がおられるのですから、ジャガヌートが出ても問題なかろうて」
何度も行商した商人達は騎士団と自警団が居るならなんの心配もないとばかりに安心していた、幸運にも彼らはまだジャガヌートには遭遇していなかったようだ
「ジャガヌートだろうがバブーンだろうが、あたしがぶっ倒してやるから安心しな」
「ふむ、アコよい心意気だな、しかし過信は禁物だぞ、たしかにお前は若いし女ではあるが腕が立つ、とは言えまだまだ経験が浅いのでな」
「そーだぞアコ、野獣は盗賊たちとは違うからな、訓練でいくら相手してるっつっても、野生のアイツらは恐ろしいからな、ましてや成獣のジャガヌートの素早さと力は騎士団レベルじゃなけりゃとても捌けねーからな」
「ミゲルさんはジャガヌートに遭遇したことあるんです?」
「一度だけな、もちろん逃げたよ、まぁ、バブーンなら倒せるけどな」
騎士団や、自警団の強さはどれほどかと気掛かりなアサヒだったが、日々訓練をしている様で万一の場合は大丈夫だろうと思い直すのだった
「ミゲルさん、ここに至るまでの道のりですが、随分と起伏のある地形でしたね」
Jが不意に先ほどまで通ってきた丘陵地のことを口にした
「あぁ、あそこら辺は神話に出てくる神々の争いの名残りが残っててあんなにでこぼこの土地になったんだと」
「神話?」
「古い言い伝えだよ、Jたちにもあるんじゃないのか」
ミゲルがその物語を語ってくれた
昔々、この地より遥かに高い空の上に、奇跡のチカラを持つ神々が暮らす島がたくさんあった
はじめは皆力を合わせ、なかよく暮らしていたが神の一人がこう言った
「オレが一番力が強い、だからオレが一番偉いんだ」
「いや、宝物をたくさん持っているのは私だ、だから私が一番偉いんだ」
「いやいや、一番賢くみんなを助けたのはこのワシだ、だからワシが一番偉い」
それぞれみんな自分が偉いと言い出し、そのうち喧嘩が始まった
ささいな争いがあちらこちらで始まって、気がつくと二つにわかれて大喧嘩
そして奇跡のチカラを使い果たし、仲良く暮らしていた島もほとんど壊れて住処の無くなった神々はとうとうこの世界から消えてしまった
「てな、そのときの壊れた島が降り注いで大きな穴を開けてできたのがさっきの丘や谷ばかりの土地ってわけだ」
「事実は分からぬが、ヴァル・キルマにはこの様な地形が至る所にあってな、中央の大森林内も樹々に覆われてわからないだけで大きな盆地になっておるのだよ」
「聖教会の教えにある悪魔の技ってのが、言い伝えの奇跡のチカラだって言うヤツもいるがな」
「滅多な事は言うものではないぞ、ミゲル」
「すまないね、確かに聖教会のおかげで俺たちは守られているから感謝してるさ」
「そーだよ、教皇様の教えのおかげで今私達は豊かに暮らしてるんだから」
「まぁまぁ皆さん我等が商いできるのも聖教会のお陰なのですから、それとよい掘り出しものがたくさん出るこの土地のお陰、教皇さまと古い神々に感謝ですよ」
笑顔の商人達だったが、その目の奥に何か白々しい感情がある様に感じたアサヒだった
「ムフなるほどね、色々と面白いお話でした」
相変わらず何を考えているかよくわからないがJは満足そうな顔をしている
仕事を始めて数ヶ月この世界の事をそれなりに勉強し理解をしていた
この世界の住人のほとんどがクライス聖教会の信徒であり、その教えの下日々暮らしている
ミゲルのお伽話や、聖教会の教えに出てくる逸話には神や悪魔が度々でてくるのだが、悪魔の技や奇跡のチカラと呼ばれるもので世界は滅亡寸前までいったが聖教皇と十三人の使徒によって世界は救われ今に至る、と言うのが一般的な見解で、悪魔との戦いで使ったチカラの断片が魔法やこの世界のテクノロジーだと言われている
それ故に強すぎるチカラを持つことは禁じられているのだとか
ただ、今なお魔王は現存し、それに対抗する組織として聖教会と十三王国が世界を守っているとされていた
そしてこれから向かうシンブには、その戦いの時代の遺物が数多く眠っており、それらを発掘することを生業とする者達が暮らしている、聖教会はそれらを管理し、正しく使う為に教えを広め、さらに危険なチカラを封印していた
アサヒはそのチカラの中に宇宙に戻る為の手掛かりがあるのではと考えていたのだ
「さて、それでは参りますかな」
昼食と休憩を終え、再び旅路を進める一行の先にバブーンが住む森が見えてきた
「ここからはヤツらのテリトリーだ、ミゲル、アコ周囲の警戒を怠るな」
「アサヒ殿らも注意して下さい」
森に入り進む、しばらくは木漏れ日が降り注ぎ昼間の明るさを保っていたが、次第に緑は濃く深くなり、その影はよりくっきりと黒色に染められていった
整備されているとはいえ、登りが続く山道をズーの休憩をこまめにとりながら山小屋を目指す
二日目の目的地はバブーンの森を抜けた先にある山小屋で、そこに泊まる予定なのだ
そして三日目に山越えし、シンブのある大森林に向かうのだ
ふと何かの気配を感じ辺を見回すと、マルコとアコの顔に緊張の色が滲んでいた、アサヒとほぼ同時に異変に気付いた様子で周囲の警戒を強めていた
「ミゲル、何かいるよ」
「え?」
「アコも気付いたか、斥候に見つかった様だ、急いで山小屋に向かった方がよいな」
バブーンの恐ろしさは集団にあり、群れのリーダーの経験値が高ければ高いほど行動が複雑になる
単体の能力はさほど高くないが、群れの統率力が非常に高い為、斥候や索敵などの戦術を使うという事は、リーダーの知能が高く経験も豊富な証拠で、マルコは即離脱の判断をしたのだ
スピードを上げる鳥車、流れ過ぎる樹々の上に同じ速さで付けてくる気配が徐々に増えてくる
「囲まれる前になんとかしたほうがよくないですか?」
アサヒがマルコに告げる
「うむ、アサヒ殿は武芸の心得がございますな」
「嗜む程度ですが」
「奴らはテリトリーの外には来ません、山小屋まで行けば安全です、そこまでしのげばよいので無駄な戦闘は避けましょう」
「多分襲撃は複数回で来ます、本命が来る前に逃げ切ります」
バブーンの数とこちらの戦力、不確定な要素が多く、無駄な戦闘行為はただの消耗戦となる為マルコは戦闘回避の選択をしたのだ
アサヒの考えも同じだった
森の最深部に差しかかったところで、今まで付いてきていただけだったバブーンの攻撃が始まった
「きた、守備陣形をとるぞ!」
木や石の投擲が両側から降り注ぐ中マルコの号令で護衛が動いた
マルコを先頭にサイドにアコ、ミゲルが荷車を挟む形で陣取りバブーンの攻撃をいなす
「こんなんで怯むと思ってんのか!」
バブーンの牽制がしばらく続く中、数匹のバブーンが前方から荷車に飛びかかってきた
「そうはさせんよ!」
力強い剣捌きでマルコがバブーンを薙ぎ払う、しかし矢継ぎ早に第二波、第三波が前方だけでなく、サイドからも襲ってきたが、マルコやアコ、ミゲルが難なく撃退する
「てりゃ!」
「そうりゃっ!」
「スピードが落ちる曲がり道で本命がくるぞ!」
この先に大きな曲がり道があり、荷車のスピードを落とさなければならない、そこにバブーンの本命は狙いをつけているのだ
曲がり道の脇にある樹の上では、他のバブーンより二回りほど大きな個体が、こちらを眺めていた
荷車が曲がり道に差しかかると同時にバブーンが雄叫びをあげる
「グギギィィィー!!」
スピードを緩めた一行に四方から一斉にバブーンが飛びかかってくる、その数は10匹を優に超えていたが、マルコとアコは見事に撃退していったのだ、しかしアサヒたちの横で闘うミゲルは苦戦していた、そして第二波と更に襲撃は続いた
「くっそ!数が多い!!」
次第に押され、バブーンはミゲルをすり抜けると何匹かが荷車に乗り込んできたのだ
「J手綱を頼む!」
「え!?ちょっとムリー」
ミゲルとバブーンを見ていたアサヒは、Jに手綱を渡すと、ニコルが念のためにと用意してくれた小刀を腰に携え、荷車の上に躍り出る
荷車の屋根は足場が悪く、腰を落とし低く構えるアサヒ
「おいおい大事な商品なんだ、手を出されちゃ困るぞ、うちの信用に関わるんでね」
「ギャーッ!!」
飛びかかってきた一匹を下から右フックの一太刀で倒し、振り向きざまの回し蹴りで二匹目を荷車から蹴り落とす、最後の一匹は自ら荷車を逃げ出した、横を走りながら二匹のバブーンを相手しているミゲルを見ると、背後から更に一匹が襲いかかっていた
「よっと」
投げた小刀はバブーンに命中し、それに気付いたミゲルがアサヒを一瞥した
「すまねぇ!」
バブーンの襲撃から数十分が過ぎ、マルコが最後の一匹を蹴散らすと襲撃は唐突に終わった
「ウギギィィィー!!」
「ギギィィィー!」
「グギィヤァァァーー!!」
背後からは怨嗟の鳴き声がこだましたが、それは過ぎ去った場所からで、これ以上は追ってこない事を示していた
そう、彼らが無事バブーンの森を抜けた事を知らせる叫び声だったのだ
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