要らない記憶、秘密の想い Side : Yuri's valet "Morríghan"
所属:無所属 (未登録の第三勢力)
躁糸の蟲使い:モリガン・メリエ
「ふーむ、やりたいこと。……かぁ」
ここ暫く、お気に入りの丘の上にある木の枝。
そこから逆さにぶら下がって、オレンジに染まる東支神殿を眺める。
時間は日の出すこし前。
――当面、飯の心配は要らないんだ。ゆっくり考えたら良い。
悩ましい台詞を口にした本人は、当然まだ寝てるだろう。
「やっとゆっくり眠れるようになったんだから、寝てて良いんだけど。な」
我がマイスターは夜更かしは平気だが、朝は極端に弱い。
現状、早起きは誰からも全く求められていない。
それに。ようやく、回りを気にせず寝ることができるようになった。
寝ていられるならそれは良いことだ。
例えば、ここに到着する数日前。
彼は、土砂降りの雨が屋根代わりの石の下に染み出して目を覚ました。
そして、――俺、もう起きるから。お前もっとこっち詰めろよ。
私にそう言うと、土砂降りの下へと出ていった。
何故私なんかに気を使うのか、もう一つ理解に苦しむところではある。
そう言えば、“私の”村があった頃は。
ほぼ女として、どころか。人間としてさえ扱ってもらったことがなかったな。
仕事で外に出る時以外、本当に非道い生活だったっけ……。
なぜ急にこんなことを思い出すんだろう。
「マイスターが変なことを言うから。だから……」
思い出さないで居れば、それで気分良く居られるのに。
但し、非道い生活ではあったが。
マイスターに言い切った通り、今も処女であるのは本当だ。
男性との性交の経験はない。もちろん女性とあった、と言うことでも無い。
、
手込めにされずに済んでいたのは、単純に族長の娘であったことと、そして。
私を犯すはずの相手が、インコンプリーツを気味悪がったこと。
インコンプリーツと 性交す るとその後、立たなくなる。
などと言う迷信が普通に村の中にあったからだ。
「立つ立たない以前に無理やり来やがったら、誰であろうと切りとって口に突っ込んでやったが、な……」
好きでも無い。と言うか嫌い、どころか唾棄すべき男に身体をまさぐられ。
こちらの意思は完全に無視して私の中へ……?
いくら私でも、いや、半端者の私だからこそ。
そんな事になったら、精神が耐えられず崩壊すると思う。
別に半端者に、好んで生まれつきたかったわけでも無いが。
そんなところも私は半端なのだ。
だいたい。女の情報屋なら本来は一二も過ぎれば性行為は、仕事の一部として普通にする。私が知識として知っているというのは、それも仕事の一環だから。
行為の最中、もしくはその後に口が軽くなる。そう言う連中が確実に居るからだ
私はそれに、どうしても抵抗があったから。だから。
情報屋なのに、人死にが出るような派手な仕事にしか出してもらえなかった。
ついでに言えば蜘蛛女もまた、そう言う意味では尻が軽い。
これは基本的には女性以外産まれない種族である以上、他から子種をもらう必要があるからだ。
種族を絶やさないためには、男性との性交渉をできる限り増やすしか無い。
相手が好きだろうと嫌いだろうと“できる”なら関係がない、と言うことだ。
もともと種族として好色であるのかも知れない。
切実な事情もあるとは言え。年間に直せばじつに9/10は、いわゆる虫人の交尾期に当たる。
発情期のない人間でさえ、月のものの影響で月に何日かそう言う行為ができない日がある。
これは事実上。アラクネーができる期間は人間さえも軽く凌駕する、ということになる。
だから、他の種族と寿命は変わらないのに一二で子供が居る、と言うのも種族としては普通。
子供を産むことがアラクネーとしての宿命、とさえ言われる。
情報屋で蜘蛛女。
そうであるのに私は、どうしてもその行為だけは許容できなかった。
「女としての私は、今のところ他にウリがないからな。……そこだけは良かったが、しかし」
有り体にいって、私に胸も尻も無いのは本人からみても事実。
その上、生意気そうではあるが、さして見栄えのする顔。というわけで無し。
処女であること。私はそれ以外には女として、男にアピールするためのアドバンテージ。それがない。
人生でたった一回。その分のアドバンテージしかないのだ。
この辺はきっと、アテネーの姉御も同じような感じだったんじゃ無いかと思う。
あの人はあぁ見えて、男に対しては全く免疫が無いからな。
マイスターと普通に話しているのも、自分で作った“侍従”と言う設定に乗っかっているからなのは、横で見てて良くわかるし。
でも。気になるのは確かだが。
それはさすがに、いくら私でも。
処女かどうかなんて、聞けない。聞けるわけが無い。
ほぼ間違い無く、姉御も男性経験はないとは思うが。――済まない、実は私は。
なんて。真顔で返答されたら、私はどんな顔をすれば良い?
「聞けないよなぁ、……そんな恐ろしいこと」
……本気でブチ切れて、その場でクビをもがれる可能性だってあるからな。
マイスターにアピールするには、処女の方が優位に立てる。
彼はきっと「初めての」とか、そう言うのが刺さるタイプだ。
そして実際の経験の有無はともかく。姉御は当然、その手のことを前面に押し立てるタイプでも無い。
「そこがはっきりしないうちは。美人の見本みたいなアテネーの姉御を向こうに回してなお、私が優位に立てる。ということ、なんだが。……素直には喜べんなぁ」
もう一つ。これだけは間違いなくわかる。
私だけでなく姉御も、彼に特別な感情を抱いている。
加えて私と同じく。
それを本人には絶対に悟られないように、カムフラージュしている。
彼女は押し黙ることで。私は巫山戯て言い続けることで。
そしてこれも同じく。
それを本人に伝えるつもりが毛ほども無い。多分……、一生。
「面倒くせぇ女だな、私も、あの人も。全く。そう言うのは多分、マイスターは一番嫌がるぞ、きっと……」
とにかく。村での私は、人としても女としても扱われなかった。
――せっかく穴があるのにできもしねぇ、意味の無いヤツ。
ある程度の歳を越えると、ますます扱いは非道くなった。
「あんなクソみたいな村は、村を皆殺してでも出てやるって思ってたんだよな……」
何度でも言う。私は今だって処女である。
初めのうちは結構痛いらしい、と言うのは知識としては知ってる。
そして私を“痛く”して良いのは、世界でマイスターただ一人。
だから。痛くても壊れても良いから是非マイスターに。と願っているのだ。
彼がほんの一時、私の身体で喜んでくれるなら。
他のことなどどうでも良いし、なんなら身体がその後どうにかなろうと、そんなのは些末なことだ。
なにしろ私には身体以外、他に渡すものが無い。
基本的に忌み嫌われる蟲使い
そして私の身体には半分、つい最近まで公式に差別対象だった虫人の血が流れている。
そう、半分は蜘蛛女。私は半端者なのだ。好かれる要素が無い。
私からの好意など、受けたところで嬉しくないのは明白。
立場が逆なら迷惑でしか無い。
身体をもらう。としても相手は嬉しくないかも知れない。
なにしろ。私が、今も処女で居る理由はそれだからな。





