転職(カテゴリチェンジ)
「さて、最後のアテネーさんですが、この杖をユーリ君からお渡し頂く前に、わたくしから。……ちょっとだけ、お願いがあるのですが」
「な、なんでしょう、副司祭様。改まって」
と言いながら、アテネー自身はメルカさんの話がなんであるのか、聞かずとも気が付いたようだ。
「右のカフスに隠しているものを、ここに出して頂きたいのです。……他にも持っているなら自己申告で全て出して頂きたい。わたくしが気づいたのは、右の袖だけですが」
アテネーの顔色が途端に悪くなり、カチャ。と金属質の音を立てて。きっと元はスプーンだったと思われるメスのようなものが、右手の袖の内側から零れてテーブルの上に。
その他、左の袖から元はフォークだったと思われるプッシュダガーの様なものや、懐から元はバターナイフだったと思われる鋭利な刃物が取り出され。並ぶ。
何処に持ってたんだよ……。
そして、メルカさんも。――なんで気が付いたの?
「それで全部、ですか?」
「……はい」
風呂と着替え、一番遅くなったのはこれが理由か!
……つうか、あの短時間で手に入れただけでなく加工までやってのけるとか、それはそれでもう才能だよ。
その切れ味の良さそうな“スプーン”とか、どうやって作ったの? マジで……。
「弓さえ取り上げられてしまっては。……何か持っていないと落ち着かないのです」
暗闇の娘、とまで言われた名うての暗殺者。
きっと小さな頃から刃物や暗器がおもちゃ代わりだったんだろう。
「あなたは今や暗殺者では無く、救世主様の侍従の長であるのだ、と。ご自身でそう喧伝していますね?」
「……それは、そうなのですが」
普通に考えれば有り得ない話ではあるが。
手の届く範囲に武器がないのは多分、コイツにとってはストレスなのだ。
「気持ちがわかる、とは言いませんが理解はします。ですがその服を着たものが食器をそのように扱っては問題があるでしょう? もしもの際には、どうしたらそのまま効率よく使うことができるか。そこをお考えになるのがいいでしょう」
――突っ込むところ、そこっ!? 考えてみたら。メルカさんも本職はスパイなんだったな、そう言えば。
「それにそんなものを持っていることが露見したら。それこそ、主人であるユーリ君の見識が疑われてしまいますよ?」
「う……。すみません」
「謝る必要はありません。……そう言う意識が少なからず有ったればこそ。こうして出してくれたのでしょう? もう良いですから、顔をお上げなさい。――さ、ユーリ君?」
ワゴンに残った杖を持ち上げる。見た目より少し重い気もするが、アテネーが杖?
「主殿。……ありがたく」
――他の二人はわかるんだけど、なんでアテネーが杖なの? と聞く前にアテネーがさっきのモリガンと同じ台詞を呟く。
「なんてこしらえの良い。……ここまで出来の良いものは初めて見た。まさに熟練の職人が手による逸品だ」
黒魔法を使うから魔法の杖、とか? でもどこからどう見ても普通の杖である。
「アテネーさん、あなたには左足に古傷がありますね?」
「どうしてそれを……」
「ご自分で気がついていないかもしれませんが、左足を微妙に引きずる癖がありますよ? 体幹もごくわずかですが、ずれています」
よく見てるな。ここまで全く気がつかなかった。
「失礼だとは思いましたが、先ほど湯浴みの際に確認させました。左のふくらはぎですね。微妙ですが、靴も右左で減り方が違っています」
「別に隠すようなことでもない。靴は、歩き方の癖のようなものだと思っていたが」
「たまにうずくときはありませんか? いえ、隠しているだけでかなり傷むのではないかと思うのですが。……それは杖として十分にその用途を満たすものです」
「ふむ、確かに立派な杖ではありますね。天気が悪い日などは確かに杖があったら便利やも、と思うときはありますが」
「そして、それを護身のために使うとしても。それは、間々(まま)あることかも知れません」
「杖で殴るの!?」
パチン、とアテネーの手元で掛けがねが外れたような音がした。
「まぁ、それだって可能なのだろうが。それはこのつくりではいかにも勿体ないぞ? 主殿」
シュルシュル……。持ち手の部分以外が全てアテネーの左手に残り、その先は細いが切れ味の良さそうな刃に変わる。
「なんと言う美しい刃……。刀身までもが至高の美術品だ。これは試し切りなど要らん、見ただけで切れ味がわかる」
「仕込み杖っ!?」
暗器の専門家。暗殺者アテネーが、足に古傷を持っていることに気が付いて、仕込み杖を作ったのか。なんて完璧なリサーチ……。
「ちなみにあのサーベル、ものは良いのでしょうけれど帝国の、それも近衛の紋章がついていては。流石に支神殿より先への持ち込みは認められませんし、申し訳無いですがあれだけは、この先の返却もできかねます」
「私の初仕事の戦利品でもあったのだが、それも今となっては。……もうどうでも良いことだ」
近衛騎士の剣が初仕事の戦利品!?
アテネーとやり合ったら瞬殺されるな、間違い無く。
仲間で良かった。
シュリン、コツ。……パチン。剣を納めて杖の形に戻すと、アテネーがこちらを振り向いて俺をじっと見る。
「暗殺者は廃業、か。――主殿に再度問う。暗器使い、闇討ち、卑怯討ち。……得意分野全てを封印した無能の私が、インコンプリーツであり人の要素も無い私が。それでもそばで仕える。お前はそれで本当に良いのか?」
「戦いがどうでも良いとは言わない、非常事態の時はお前が頼りだ。……でも、それ以外のことだってある。お前の得意分野なんて話になれば、それこそ星の数。だろ?」
コイツが、料理以外で不得手にしているものを俺は知らない。
「わ、私は、わたし、は……、う……くっ。あ、ありがっ、ひくっ、と、う……」
両手に杖を握って立ったまま。その場でアテネーが涙を零し始める。
【泣~かした、泣~かした♪ 裕利君も見かけによらず悪い男ねぇ。アッちゃんみたいなタイプの子を言葉だけで泣かすなんてかなりのワルよ?】
「……亜里須、お前。なんか典型的な嫌われるタイプの女になってるぞ」
「さて、皆様。長旅で道中も色々あったご様子、お疲れでしょう。お客様には各々お部屋を用意しましたので、暫しお休みになられますよう。従者のお三方は相部屋ですが構いませんね?
」
「うん! ネー様もモリィも一緒が良い!!」
「三日前は、土砂降りの中。この部屋の1/10、高さ一mの岩の下で六人だったからな」
「うぅ。我らまで……、わざわざの、もてなしに。ひっく、感謝を」
「メル姉、私は?」
「一応立場は中央の大巫女、お部屋は用意してありますよ。更には法王庁特務神技団の特別祭事上席執行監理官ですからね」
「……誰? その偉そうな人」
「もちろんあなたです。確かに大巫女なのではありますが、役職だけなら既に支神殿総監代理の数段上。あなたのやることに口を出せる人は、中央の上級神職の中にも、ほぼ居ません」
本人の知らないところでやたらに偉くなっていたらしい。
「別にわざわざお客さん用のお部屋でなくても、昔みたいに。メル姉のお部屋で一緒に寝れれば、私はそれで良かったのに」
「そこはわたくしも同意見です。でもあなたのお部屋を用意しなかったことが中央に聞こえたら、わたくしが叱られてしまいますよ。……ただベッドを使う時間があるかどうか、それは話が別です」
「え゛! その話、冗談じゃなかったのぉ!?」





