侍従の身辺調査
「例えばニケさん。彼女は類い希なる身体能力を持っている。なので王都に留学の形で来るように、ここまで中央、いえ法王庁が何度か直接打診しています」
「え? …………知ってたんだ」
「そう言う言い方をするとユーリ君には嫌われそうですが、インコンプリーツは貴重で重要な戦力です。何処の集落でも、慣例的に全力で存在を隠そうとしていますが、一方こちらも当然、できる限りで把握しています」
「干渉はしないけど実は知ってるよ、みたいなこと?」
「まぁ、そういって良いでしょう。もっとも彼女に関してはここまで、ことごとくに本人に直接断られて今に至る。と言ったことなのですけれど」
「本人が断ってた……? でもまぁ、村もなくなったことだし」
――それを差し引いても、自発的に王都へとやってきたのは驚きに値します。ユーリ君の従者として、ですが。窓枠に手をついてメルカさんが振り返る。
「言うまでも無いことなのでしょうけれど。確かに、普通は生まれ故郷に居た方が本人も暮らしやすいでしょうから、だったら。お互い知らんぷりをしていた方が良い。……但し無視出来ない人達。と言うのもまた一定数居る、と言うことです」
「……力が大きすぎる、とか?」
「その通り。但し今回、その大きすぎる力を帝国に狙われてしまった。……もちろんニケさんのせいでは無く。むしろわかっていたのに護衛に隙を作ってしまった我々。法国中枢のせいなのですが」
「んーと。気にしなくて良いんでは? メルカさんが法王ってわけでも無し」
「ありがとう。わたくしなどにまで気を使ってくれて」
「いえ。――ん? ちょっと待った。なら……、帝国がやってたのは奴隷狩りじゃ無くインコンプリーツ狩りってこと……!?」
「……推測の域は出ませんが、状況から見れば恐らく」
ニケの時はあからさまにそういう感じだったが。
だったらモリガンとアテネーも。二人がいるのを前提に彼女たちの村は襲われたことになる。
「……優秀なインコンプリーツはそれこそ一騎当千、ですからね。魔導での洗脳処理ならそれこそ、魔導帝国ならお手の物でしょうし」
なんて事を……!
「アテネーさんもそう。ダークエルフのサベイヤレルファと言えば、闇の業界ではトップの一角を占める暗殺者一族。依頼をするだけでも命がけなのですよ」
――普段はどこに居るかさえわからない、業界でも最上位の暗殺者集団。
――わけても敵味方、双方多数の人死にがでること前提の仕事以外には投入されない、サベイヤレルファの最終兵器。
――幼いときから“暗闇の娘”の二つ名で呼ばれ、身内からさえ恐れられていた。
――その二つ名を聞いただけで、並みの犯罪者組織は武器を手放し逃げるそうです。
「そのアテネーさんが、今は喜々としてあなたの侍従を自認している」
そう言えば。斬の率いる奴隷狩り部隊が、彼女の名乗ったサベイヤレルファの名前に反応してたっけ。
アレも秘密部隊的な位置づけの人達だったとすれば。
裏の業界で有名だと言うなら、知っていて当然なのか。
「……。アテネーも、居場所が無くなっちゃったみたいですしね」
所属するコミュニティが崩壊すると、この世界でインコンプリーツは生きていけない。アテネーの話を聞いて、それは理解している。
「たまたま目の前に、飯を食わしてくれそうなヤツが居た。って事でしょ?」
「それでも、我々でさえ完全には把握出来ていなかったダークエルフの、しかも隠里。それを帝国が強襲できたのはなぜか。と言う疑問は残るのだけれど」
――自分たちが無能だ。とは言いたくないものね。そういって振り向いたメルカさんは笑うが。
メルカさん達とスクワルタトゥレでは、既にスタート位置が違う。
スクワルタトゥレの作戦には“運営側”の知識が直接介入している。
そして多分アテネー達は、次のバージョンのイベント用キャラの位置付け。
未発生イベント発生の場所くらい、把握していてもおかしくは無い。
実は昨日、亜里須から言われた。
いや、テキスト亜里須さんからメッセージを送られたのだが。
【裕利君、気が付いているかしら。ニケ、アテネー、モリガンってね。三人とも女神様の名前なのよ? そこになにか意味があるか、と言うのは別にして。気が付いたので、言いたくなっただけなのだけれど】
亜里須自身はただ気まぐれに、本当に気が付いただけなんだろう。
彼女たち三人は超強力なインコンプリーツ。
立ち位置はただのNPCでは無く、名前付きのイベントキャラ。
なのであえて目立つように、女神の名をつけられて居たのだとしたら。
前提がそうなら、俺の推測もそう遠くは無いはずだ。
それなら初期配置、と言う形で居場所は決まっているだろうし、イベントが始まらない限りはそこを動かない。
現状、新バージョンで予定された全てのイベント、それらが発生条件を満たせないらしいのは、スクワルタトゥレの言動からも見て取れる。
彼女たちは動かないし、帝国はその位置を知っていた。と言う訳だ。
相手を叩くときだって同じ種族が固まっているのなら、弱点を突くのは難しくない。
初めから対抗手段を持って、最精鋭の宮廷魔道師や近衛騎士が一〇人以上動くなら。
襲うのは砦でも陣地でもない、村なのだ。
実質の攻撃力はともかく、半分以上が職業的には非戦闘員であるはず。
さらには。三神将までもが作戦に直接参加する。
その条件で五〇人前後の村を堕とす。というなら、容易いはずだ。
「そして中原のモリガンと言えば、情報関連の業界では有名人」
――戦闘は専門外のはずなのに追跡者は直接戦闘であっさりかたづけ。
――複雑で簡単には抜けられないトラップとそして糸、さらにはあり得ない数の強力な蟲で完全に相手の足を止め。
――仲間が脱出する時間を稼いで本人も悠々と逃げ果せる……。
――彼女の二つ名、“躁糸の蟲使い”が出てくると聞けば。情報関係でぶつかる場合、任務を諦めてしまうものさえ居るのです。
「敵に回ったらわたくし程度なら、瞬きの内に殺されるでしょう」
「モリガンの方は村の場所、知ってたんですね?」
「一応わたくしは同業者ですからね。でも、直接戦闘はお互い専門外とは言え。いきなり前触れ無しで情報隊の精鋭、これを転移陣で全員突入させても村は堕とせない」
闇の世界の情報屋であれば、当然に戦闘についてもプロ。戦闘力は侮れない、と言うことなんだろう。
それに情報屋の戦闘となれば、不意打ち、闇討ち、事前の仕込み、卑怯な手だって何でもあり。
直接対峙することのあるメルカさん達諜報関係者は、もちろんその事は良く知っている。
「モリガンさんを別枠としても、中原の蟲使い村なら。そう言い切って問題ないくらいに、強力で優秀な人材が揃っていた。しかも襲撃の情報は当然掴んでいたはず。こちらもなぜ墜ちたのかがわからない……」
帝国側も決して舐めていたわけでは無く。
だからこそ斬やスクワルタトゥレを直接投入していた、なるほどね。
力対力、絶対的テクニックの領域になれば如何に“レベルが高い"といえど、特殊なイベント用キャラでもない限り。所詮はNPCの集まり。
その上、非戦闘員を守らなければいけない。
さらには同じ種族やカテゴリの人間が集まっている。
言い換えれば全員がほぼ同じ弱点を抱えているのだ。
それがわかっているなら、対抗策を用意することだって容易い。
それにやたらに強いのだとは言え、法国中枢の名有りキャラ、と言うことでは無い以上。
エースプレイヤーとそれの率いる精鋭部隊なら。三〇倍以上の人数差がある、と言う事でもない限り敵うはずが無い。
それこそ“一〇〇人斬りイベント”みたいなものだってあった。
モブでは初めから勝負は見えているし、“上位プレイヤー”が直接指揮にあたるなら、いくら“名有りNPC”とは言え多勢に無勢、勝ち目なんか無い。
……そういうことか。
「聞きたいんだけど、帝国のインコンプリーツ狩り。メルカさんは把握してた? ……別に怒ったりはしてないんで」





