メルカ・アナベル・リッターの裏側 Side : Country of Regulations
ルルが出て行ったことを確認し、ドアを閉めて鍵をかける。
「当面、誰も来る予定はありません。――“出てきて”いるのでしょう? 起きても良いですよ?」
私のベッドで寝ていたリオが、むっくりと起き上がる。
『……気が付いて居たか』
「私はリオの姉ですよ。気が付かないでどうします」
――今現状、中身は違うのでしょうけれど。ならば私はそのリオの姉、むしろ気が付いて当然と言える。
『そうしたものなのか? 良くわからないが』
「わからずとも結構、あなたは人では無いのですから」
『それはそうだ』
“リオの身体”は完全に起き上がるとベッドの上にあぐらをかく。
『なにしろ久しいな。清流院……』
「なぜ今日に限ってその名を?」
『自らの戒めとお前の立ち位置。たまには双方を確認する必要はあろう』
「珍しく、自らに過ちがあった。と認めるかのような言い草ですね?」
『少なくともお前には、要らぬ労苦を強いた。と言う思いはある。見た目も性別も違え、時間さえ歪み、赤子からやり直しなど』
「実際の話、清流院は仮の姿なのでそこはどうでも。まぁ、確かに。わたくしも、そもそもがいい歳の男であったと言うのは。これも否定はしませんが」
“ランドの世界”とは、“魔導帝国の興亡”が“AdME”にバージョンアップした時点で関係が無くなった。
プロジェクトから外されるのみならず、あまつさえ会社からさえ事実上クビになった。
それでも“興亡”の世界には未練も興味も断ち切れず、それ故に、あえて一般ユーザーとして、清流院清正。と言うキャラを作った。
世界感とシステムには詳しいものの、立ち位置は全く無名の初心者。
戦闘職のカテゴリにはつかなかった。
何処にも名前が残る道理が無い。
「見た目を違えた、と言うなら。ユーリ君とアリスさんは、むしろ逆であると聞きますが」
「それをやったは我が半身、なにをどうしてそうなったのかなぞは。知らぬぞ」
「……そうでしょうね」
そしてあの日。
お節介にも“サイバー事故”の被害者の救出をしようとして二次遭難、そこで見た目こそ違うが、今、目の前に居る神の残滓とも呼ぶべきものに出合った。
清流院とわたくし。それを関連づけて考えるものは、だから目の前のリオの姿をしたもの。それ以外にはない。
そしてその全ての元凶である神の残滓が、わたくしよりも一〇才年下のリオの中に居る。
時間軸もなにも滅茶苦茶であるが、何かしら整合性がとれているように思えるのは、これは記憶や認識が“この世界の常識”で書き換えられているからだろう。
「それに、わたくしは女性、メルカとして二五年、この世界ですごし、このままここにて朽ち果てる覚悟です。特にむこうに未練があるでなし、戻りたいとも思いません。もはやどうでも良いことです故、気にせずとも結構。――それより」
転移者は基本的に、概ね大崩壊イベント前発生前の二年前後。その時間軸でこの世界へとやってくる。
ログインしていた当時の見た目とスキルをそのまま持って。
だがわたくしは魂のみが、スキルと知識を持ったまま。リッター家の長女として受精、着床した直後から記憶が始まる。
母の胎内に居る時のみならず、それ以前。この世界に来る前の記憶さえ、むしろ鮮明に思い出し。
今や前の世界で物心ついて以来目にしたもの全て。覚えていると言って良い。
正直、以前の詳細な記憶などは邪魔なだけなのだが、覚えているものは仕方が無い。
結果、情報部長として今この場に居る。
本来、リッター家の長女は四代目白騎士として中央大神殿に奉職しているのが設定であるが、さすがにそれを受け入れることはできなかった。
それは引き継いだ知識と、神の残滓の与えたほぼチートと行って良い能力もあり、法国を手中にすることさえできると言う事だ。
受け入れて良い道理は。少なくてもわたくしの中には、無い。
結局、四代目。そしてその後の五代目の白騎士も、その歪みを受けて空位となってしまっている。
いずれ意識としては、“前世”を含め、既に六〇年近くを生きたことになる。
ランドと転移者達、繋いでいるのはほとんどが帝国における神と、そして女神教の神であるハイヌベエレである。
そしてユーリ君とアリスさんに関しては、法国に残った元々のフェリシニア神自身が。これはどうやったものか生身のまま、呼んだ。
彼と彼女であった意味はあるはずだが、現状は良くわからない。
彼が一体この世界で、なにを成すべきなのか。
それを問われても、だからわたくしに答えるべき言葉は無いのだ。
本当に知らないのだから。
「ただリオの中で寝ていたわけでも無いでしょう。帝国サイドでの神の喪失、そこはなにかわかりましたか?」
『言って居たアドメ公国な。……その公王が顕現させた女神ハイヌベエレ。あれが帝国以外での奇跡や魔導力の精製をしている。世の理やら人のありかた、それに干渉する気も今のところないようで、そこは良いのだが。――お前の言う通りだ。双方なにが目的であるのかわからない』
ランド全域でフェリシニア信教が信仰されるにはわけがある。
システム上、と言うか設定の概念上なのだが。
魔導も奇跡もスキルも。フェリシニア神を経由して顕在化するからだ。
そのランドで、ある日。帝国領から神が消え失せた。
と言うよりは、フェリシニア神が追い出され、代わりの神が入り込んだ。
その追い出されて居場所をなくしたエネルギー体とでも言うべきものが。今、目の前でわたくしと話すリオの姿をしたものだ。
その成り立ちだからこそ、自称が神の半身で有り、神の残滓であるのだ。
但し、世界の見かけとしてはフェリシニア神がそのまま居るのと、なんら変わりはしない。
問題があるとすれば一つ。
帝国領や属国以外のいくつかの小国で魔導が使用不能になり、神の奇跡、言い換えれば治癒系のスキルも全般に発動規模が縮小、もしくは発動自体しなくなった。
まともに科学や医学が発達していないランドにあっては死活問題である。
その隙間を埋めたのが女神ハイヌベエレであり、それを信奉する女神教。
その総本山のあるのが、例のイベントでグラウンドゼロとなった場所に位置するアドメ公国。と言う事になる。
公国以外でも信者が増えているのは、彼女を崇れば単純に魔導力が強化される。と言う、この世界特有の致命的な問題が根底にあるからだ。
なにしろ、フェリシニア神も“帝国の神”も居ない土地での魔導の全ては、彼女経由で現実の力となる。
さらには、復次効果として公国の状勢拡大というおまけがついている。
異教徒の住まう国が法国と帝国、双方に国境を接して現状も勢力を拡大している、と言う異常事態なのである。
帝国はもとより、法国としても安穏としていられるわけが無い。
わたくしに調査の依頼がまわってくるのは、これは必然とも言えることだったのである。





