7 光を求めて
レイチェルと元婚約者との間で無事婚約が破棄され、慰謝料をしっかり貰ったと彼女から悪そうな顔で教えて貰った。あのお義父上だ、抜かりはないだろうなと思ったがよく娘に渡したなというのが正直な感想だった。
自分で言うのも可笑しいが次の優良な婚約を決めてきた褒美なのだろう。
婚約式はそれから一月後にロイド家の近くの教会で行われた。レイチェルは薄い桃色のシルクのドレスだ。昔読んだ絵本の中から出てきたお姫様みたいに可愛いかった。
クリスはレイチェル渾身の作品の白いシルクのタキシードだ。両親とリンドバーグ家の義両親と義兄が参加した。ロイド家は笑顔でリンドバーグ家は貼り付けたような笑顔だった。実の娘なのに何故だ?
しかしどうやら義両親は僕のことを気に入っているらしい。伯爵家であることや石炭が原因ではないかと思う。それとも元婚約者の様に浮気をしないと思われたからだろうか。きっと前者だろうな。
サリバンが言うほど有名だったのならレイチェルの為に早く解消してあげて欲しかった。商会の為だとレイチェルが言ってたけど、経営者ってそんなものかもしれない。非情にならないとやっていけないのだろうなとクリスは苦いものを飲み込んだ。
クリスが卒業し王宮で文官になり、王宮の寮で暮らし始めると伯爵家の改装が始まった。レイチェルが嫁ぐのだからとかなり大がかりなものになっていた。世間体で利益の出そうな伯爵家を大事にしていると知らしめたいのだろう。
いきなり大金を持った貧乏人の話はよく聞いていた。身を持ち崩すことが多いのだそうだ。浮かれないようにしようと拳を握りしめたのだった。
領地では父が採掘現場での事務所作りや作業員の宿舎作りを、リンドバーグ商会の専門家の助けを借り張り切って陣頭指揮を執っていた。
それが終わると事務員や作業員の募集をかけていた。作業員は商会の伝手でベテランに来てもらえることになった。ガスが出たり崩落が起きるかもしれないのだ。経験者はありがたかった。
執務は文官の仕事が終わった後と、休日にすることにした。
改装の方はレイチェルと一緒に見に行った。屋敷が昔のように綺麗になっていく様子は見ていて楽しいものだった。
「活気があっていいわね」
「うん、屋敷が息を吹き返したみたいだ。君のおかげだよ。石炭の方も父が張り切ってるし上手くいけば支援が返せると思う」
「恩返しの一部なんだから気にしなくて良いのに」
「もう沢山してもらったよ。出来れば負債は返しておきたいから、頑張りたい。そうだ、洋服のデザインの方はどう?」
「お屋敷の壁紙とかカーテンとか私たちの部屋の家具とか決める事が多いから暫くお休みするわ。クリスは家具のはどんな物が良い?」
「シンプルでどっしりした物かな。今まで使ってた物で充分だよ。君の部屋に入れるものは好きにすると良いよ」
「カーテンはどんな色が良いかしら?」
「そこは君に任せるよ。家政の権限はレイチェルの手に…あっ契約だった。ごめん、普通に考えてしまっていた」
焦ったようにクリスが言った。
「そうね…無難な色にしておくわね。一時的でも任せて貰えると嬉しいわ」
とレイチェルも今までのわくわした気持ちが急降下するのを感じた。
クリスの善意で救われた。浮かれてどうするのだと唇を噛み締め、自分を戒めた。
だが契約にしても当分はここで暮らすのだから、好みの物にしようと気持ちを切り替えた。子供が出来なかったと言って離縁する形にするのか、それともやっぱり好きな人が出来たと言われるのかなと重くなった心で思った。
そんなレイチェルをクリスが見ていることに気付かないまま。
レイチェルは父と兄、元婚約者としか男性と交流をしなかったので、世間一般の男性という存在がどんなものか分からなかった。
護衛のデニスは絶対に裏切らないが使用人だ。男性とくくるのは違う気がした。
多分クリスは女性を対等の立場で見れる特別心が広い人だろうなとは思っていた。
♢
レイチェルには小さな頃から仕えてくれる侍女のステラがいて三歳年上の姉のような人だ。その兄のデニスが護衛だった。二人とも平民で心根が優しい。
レイチェルが落ち込んでいる時にはステラの淹れてくれるお茶と人柄で癒されていた。街歩きの時にはデニスは頼もしい護衛だった。
二人の両親は彼らが十歳になるまでkに亡くなり、デニスが街で細々とした用事を大人から受けて日銭を稼いでいた。腕っぷしはその頃から強かったらしい。
昔レイチェルが街で迷子になったことがあった。妹と重ね合わせたのだろう。デニスは綺麗な洋服を着たお人形のような女の子がしゃがみ込んで泣いているのを見つけてしまった。こんな所で泣いていては攫われてしまうと思った彼は、そっと話しかけた。
「ねえ、君迷子になったの?名前言える?そこの先に騎士団の詰め所があるからそこへ行こう」
三歳くらいに見える女の子は目に涙を一杯溜め恐る恐る手を差し出してきた。一緒に買い物に来た母親と外れたらしい。無事に送り届けたデニスはこうして懐かれリンドバーグ家で雇ってもらえることになった。話を聞いて感謝した母がステラも一緒に連れてくるよう手配した。
デニスは剣の腕を磨きステラはメイドとして躾けられ、リンドバーグ家という住処と仕事を与えられたのだった。
それからの縁なので結婚しても二人には付いて来て貰う事になっていた。誰にも言えない秘密を二人になら話をしておいた方が良いかもしれないと思ったレイチェルは早めに打ち明けようと決心した。
ステラは今度こそお嬢様の婚約者が良い人で良かったと思っていたが、デニスは万が一でも不幸にするようなら、こっそり殺ってやろうかぐらいのことは考えていた。
実の兄より兄らしい男だった。
初めて見た時に天使のような子だと認識し、雇われてからは妹とは別の保護者意識が芽生えていたのだった。
ステラはお嬢様を崇拝していたので、二人は命に変えて守るという使命を持って仕事をしていた。
デニスは最初の屑婚約者に何度殺意を抱いたか数え切れない程だったが、ぎりぎり自滅してくれたので手を汚さずに済んだ。
後でそれを知ったレイチェルはデニスを犯罪者にしなくて良かったと、胸を撫でおろした。
読んでくださりありがとうございます!
やっと護衛君がちゃんと登場しました。面倒見の良い頼もしいお兄ちゃんでした。騎士としてお嬢様に剣を捧げています。




