5 作戦会議 2
「僕が一目惚れをしたっていう設定だから名前で呼ばせて貰っていい?」
「もちろんよ。えーと、クリス様、よろしくお願いします。甘いものは好き?お茶の後でその、さっき話した私の趣味に付き合って貰っても良いかしら?」
案内されたガゼボにはカラフルなお菓子が綺麗に並んでいて、メイドがお茶を淹れるとさっと下がって行った。紅茶は高級な物らしくいい香りがして美味しかった。スイーツも普段食べられないケーキやチョコレート、マカロンが置いてあった。僕は昔家庭教師に教えて貰ったことを思い出し、出来るだけ上品に口に入れた。美味しい。甘いものなんて久しぶりだ。
「食べ物の好き嫌いはないよ。食べられるだけでありがたい。もちろんどこへでも付き合うけど、レイチェル嬢行きたい所があるの?」
ゆっくりお茶を飲み落ち着くと手を差し伸べられた。
「では行きましょう。こっちよ、どうぞ」
案内されたのは客間だった。そこに並べられたトルソーには紳士服がずらっと着せてあった。最新流行のデザインの様だ。生地も上等だった。
「これは?」
「兄様の物をデザインしていたんだけど、この頃中々袖を通してくれなくなって、クリス様に着て貰えたら良いなって思ったの。良かったら着てみてくれない?」
「僕なんかに似合うかな?」
「似合うわ!私がデザインしたのだから。サイズはメイドが調整できるから安心して。さっきクリス様がやりたいことをやっていいと言ってくれたから、リンドバーグ商会で吊るしの洋服を扱うのはどうかしらと思ったの。
突然こんな話をしてごめんなさい。驚かせたわよね。ずっと洋服を作りたいと思っていたけど駄目だろうと諦めていたの。もしかしたら実現できるかもと思ったら嬉しくなってしまって。
クリス様にはオーダーで作りたいけど、今日はこの中から似合いそうな物を選んで着て欲しいなって思ってるの。嫌でなければ是非着てみて」
目を輝かせてレイチェル嬢が言った。
好きな事があったけど我慢してたってことかと僕は納得した。この間と違って生き生きしてるもの。
「それは構わないけど。でも僕じゃあ広告塔にはなれないと思うよ」
「婚約破棄で注目されていて、直ぐに次の婚約者が決まっただけでも貴族にとっては面白い噂でしょう?しかもお相手は元婚約者より家柄のいい若い伯爵令息様。せっかく注目されているんだから活かさない手はないわ。そのためにクリス様に協力して欲しいの。嫌?」
「嫌ではないけど僕なんかで役に立つのかな。この通り地味だよ。レイチェル嬢って逞しかったんだね。良かったよ、泣いてなくて」
クリスは穏やかに笑った。
レイチェル嬢に選んで貰ったスーツを着せて貰い、髪と眉を整えて貰ったクリスは間違いなく上品な青年になった。鏡で見ても今迄の野暮ったい男は何処に行った?くらいの違いだった。着るものでここまで変わるんだ。クリスは感嘆した。
「どうかな?変じゃない?」
「まあ、クリス様とても良く似合ってるわ。磨けば光る原石だったのね。素敵だわ」
「これでレイチェル嬢の隣に立っても何とか笑われずにすむね」
「笑われるなんてとんでもないわ。私もクリス様に相応しい女性になれるよう頑張らないと」
「気負わなくていいよ」
「これは私の為でもあるの。一人になった時に役に立つと思うもの」
「レイチェル嬢が良ければいいけど・・・」
いつか側にいなくなってしまうレイチェルのことを思うと寂しさを禁じ得ないクリスだった。
「だからクリス様が幸せになることを沢山させてね。恩返しがしたいの」
「もう幸せだし良い思いもしてるよ」
「あらまだまだこれからよ。取りあえずスーツを三着寮に贈らせて。シャツも好みの物を贈るわ。靴やアクセサリーも。卒業の時に着る用はその時に贈るわ。今度のデートにはその中の気に入った物を着て来てもらうと嬉しいわ」
「いや、三着も貰うなら卒業式は充分だよ。しまって置く所もないし」
「伯爵家の私室に置いて置けば良いじゃない。こんなに着せがいがあるなんて嬉しい。楽しみが増えたわ」
「僕で遊ばないでくれ」
恥ずかしくなったクリスは思わず言い返していた。
「遊んでなんていないわ。未来が開けたような気がするんですもの。今に服飾でこの国を制覇するわ。それにクリス様に絶対損をさせないようにするから」
「大きな野望があって素晴らしいよ。君は一人でもやっていけたんじゃないかな」
「この国では女性は結婚して一人前という考え方が浸透してるじゃない。クリス様の申し出が無かったら、こんなふうにのびのびはしていられなかったわ」
レイチェル嬢が悲しそうな顔で俯いた。
そうなんだよな、能力のある女性が沢山埋もれているだろうに。残念なことだが、古い考えで凝り固まっている国民性は中々変えられそうにない。
結婚せずに働く婦人は平民かやむを得ず離縁した人か未亡人だ。
悲しい顔をさせたお詫びにデートに誘うことにした。
その夜レイチェルは何年ぶりかでぐっすり眠ることが出来た。元婚約者がそれ程深い傷を与えていたとは自分でも気がついていなかった。
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意気揚々と婚約破棄をし伯爵令嬢との婚約を報告したダミアンは父親に殴られていた。
「なんてことをしてくれたんだ。伯爵家なんて金にならない所と縁を繋いでも今までのように贅沢は出来ない。愛人にでもすればよかったものを。
リンドバーグ家がどれだけ金を持っているか分からなかったとは言わせない。お前の着ている最新流行のスーツもシャツも靴もピアスも、豪華な食べ物も使用人さえリンドバーグ家からの支援だったんだ」
「あんな醜い女を正妻に?格上で美人の伯爵令嬢を愛人にとは父上頭は大丈夫ですか?」
「お前は目が悪いのか?どこが醜いんだ。小さい頃ぽっちゃりしてたからか。あれは子供だったからだ。今はほっそりとした女性じゃないか。伯爵家の娘は胸が大きいからか?
目先のことばかりで家の事を考えられないとは情けない。金があれば愛人なんて何人でも囲えるんだ。馬鹿め!
最初から気に入らない様だったからあれほど取り繕えと言ったではないか。
慰謝料の請求がどれくらい来るか分からんのだぞ。それに侯爵家の夜会で迷惑をおかけしてどれだけ損害賠償が来るのか考えるだけで怖ろしい。もう我が子爵家は終わりだ。縁を切るから出ていけ」
「そんな、喜んでいただけると思っていたのに・・・」
婚約してからのリンドバーグ家からの支援金の返済と息子の仕出かしを計算して子爵は頭を抱えた。
読んでくださりありがとうございます! 元婚約者がざまぁされました。
侯爵家と元婚約者の家への賠償金で子爵家も多分潰れます。クズの親子でした。




