討伐ミッション
俺は状況を判断するため現実世界に帰ってきた。
俺が<召喚・帰還>を使えばリーシャも強制的に付いてくることになる。これは大問題だ。
指名手配にされている彼女を向こうの世界に持っていくのはかなりのリスクがある。
こちらの世界に戻ろうにも<帰還>が即発動のスキルでない以上囲まれたらおしまいだ。だが最悪殺されなければどこからでも彼女をこっちに戻せる事にもなる。
ただこれはあくまで有効範囲が無かったらの話だ。あまり過信しすぎない方がいいか。
しかし有効範囲がなければ彼女が向こうの世界に帰りたくなっても帰れないという問題が生じるな。
どっちに転んでもデメリットが付いてくるわけか⋯⋯⋯⋯⋯。
「リーシャ大丈夫か?」
「は、はい⋯⋯⋯⋯少しびっくりしただけです⋯⋯⋯⋯」
突然向こうの世界に飛ばされたリーシャは酷く怯えていた。
もしかしたら俺に捨てられるんじゃないか、と思ったのかもしれない。
シェリアさん、これはどうにか出来ないのか?
『今のところ解決策はありません。アマネ様とリーシャ様の繋がりを経つには、やはり【破壊者】の称号スキルが必要です』
そうか⋯⋯⋯⋯。
解決するには魔王に頼むしかないってわけか。
⋯⋯⋯⋯不可能だな。
クエストの期間を伸ばすことは?
『すみませんがそれも出来ません。クエスト達成不可と判断できる状況でなければ、そういった措置は行っていないので』
まっ、そうだよな。
当然といえば当然だ。
あくまでこれは俺たちの問題であって、シェリアさんの目的とは全く関係ない。これを許してしまえばいくらでもサボる事が可能になるしな。
そこまで優しくないってことか。
これじゃあ異世界に行くのが相当危険になったな。でもクエストもあるからずっと行かない訳にもいかない。
「リーシャ、少しいいか?」
「はい」
「今、俺とリーシャはお互い同じ世界でしか居られない状態になっている。これを解決する策は残念ながら無いんだ。それにさっきも言ったがこっちの世界にずっと居ることも出来ない」
「⋯⋯⋯⋯なら、連れてってもらって構いませんよ」
リーシャは不安な気持ちを押し殺してそう言った。
「⋯⋯⋯悪いな」
「アマネさんが謝ることではありません。これは本来なら私自身の問題です。それにあの時助けて貰っていなかったらとっくに捕まっていましたから。バレた時はその時です。それにいつまでも隠れていてはミサに顔向けできませんから」
覚悟を決めたような強い眼差しを向けてくるリーシャ。
こうなった以上、俺はできる限り彼女を守るつもりだ。
救いがあるとすれば、彼女の外見を隠す術がある事だろう。ヘアカラーも買っておいて良かった。
ただの学生である俺にこれ以上の最適解を出せる程の頭は無い。
だから最も確実に彼女を守るには自分を強くするという脳筋理論しか思い浮かばないのだ。
クエストを速攻終わらせるのも重要だが、レベルを上げないとこの先躓きそうだしな。
俺はこれから討伐ミッションだけを受け、速攻でレベルを上げようと思う。
危なくなればすぐに<帰還>を使えば、多分大丈夫だろう。
「じゃあリーシャ、悪いが髪を染めさせてもらうぞ」
「はい。一本足りとも残さずお願いします」
※
「出来た」
何と言うか、清楚感が増したな。
そこには黒髪ロングの美少女がいた。
「意外と雰囲気変わるもんなんですね」
「ああ、だがこれで誤魔化しきれるかは分からない」
髪色は違うが、顔が変わった訳では無い。
指名手配書に顔写真がある以上、バレる可能性は十分にある。
大半の人はそこまで人の顔を意識していないだろうけど、全員じゃない。
そう長くは誤魔化せないだろう。
というか今思ったら黒髪って向こうだと少ないから目立つよな。元々こっちで目立たないようにと買ったものだったしな。別の色の方がいいか?
いや待てよ。向こうでは、黒の英雄やら黒の商人やらと黒髪ってだけで、やたらとえげつない評価を受けている訳だし、そういう意味では、手を出しずらいんじゃないだろうか。
それに俺と同じ髪色の方が妹とかで誤魔化せそうだし、この色の方がむしろ都合がいい気がする。
「リーシャ、これも掛けとけ」
俺は去年の夏におふざけで買ったサングラスをリーシャに渡した。
リーシャはそのサングラスをかける。
「少し見えにくいですね」
「光を遮るからな。⋯⋯⋯⋯でもこれを使えば、目元は隠せる」
現にあの可愛らしい顔がサングラスによってイケイケな感じになっているからな。
人間の顔って一部だけでも隠すとだいぶ印象変わるよな。
もし外見を隠すスキルとかあったら便利なんだけどなぁ。
シェリアさんなんか無いの?
『<認識阻害>というスキルは存在しますよ。ただこのスキルは発動中、常時魔力を消費するのであまり長く持たないんですよね』
そうか⋯⋯⋯。それは残念だ。
とりあえずはこれで誤魔化すしかないって訳か。
難易度高めだな。
「そうだリーシャ。向こうの世界でこの呼び名は不味いよな」
「確かにそうですね」
別の呼び名を考えないと⋯⋯⋯⋯⋯。
何かいいのは⋯⋯⋯⋯⋯あっ!
「ルナとかどうだ?」
「ルナ⋯⋯⋯⋯。それって、もしかして朝読んでた書物に出てくる女の子の名前ですか?」
「うっ⋯⋯⋯⋯」
バレたか。
銀髪ヒロインでリーシャの特徴とバッチリあってるから良いなと思ったんだ。
「気に入らないなら言えよ。別のを考えるから⋯⋯⋯⋯⋯」
俺は自分のセンスに恥ずかしくなり、リーシャから少し視線逸らした。
「フフッ。良いですよルナで。私はこれからアマネ・ルナと向こうでは名乗らせていただきます!」
「まさかの妹キャラ!!」
「妹キャラ⋯⋯⋯?」
「いや、何でもない」
そうだよな。そうなるよな。
でも何だこの複雑な気持ちは。
「アマネさん?」
そう言ってリーシャは心配そうに俺の顔を見てきた。
「あっ、いや、大丈夫だ。⋯⋯⋯⋯とりあえず今できる対策としてはこれくらいだな。リーシャ的にはどう思う?」
「そうですね。外見も髪色も変わってますし、偽名も使いますから通りすがりの人にバレる可能性は引くと思います。⋯⋯⋯⋯ただ【鑑定】の称号を持つ人には注意ですね。無称号の私が何をしても意味がありませんので。結局は運しだいってところです」
称号。
説明を見てもそんなに詳しく乗っていなかったが、リーシャの話を聞くに、漫画で見る『職業』に近いものらしい。
認められれば昇格するというのは【鑑定】を例に出すとこのようになる。
鑑定見習い→鑑定士→鑑定職人→心眼者→心眼術士。
これを総括して【鑑定】と呼ぶようだ。最上位の称号は世界で一人しか持てないという。
この称号のスキルは相手の名前、ステータス、スキルなどを覗き見る事が出来るのだとか。
それでバレるって話だ。
心眼者以上になれば相手の先の動きさえも見えてしまうのだとか。
普通に強い称号だ。
「鑑定見習いでしたらまだバレる確率は低いのですが、鑑定士以上がいた場合、高い確率でバレてしまうと思います」
「その違いは何なんだ?」
「鑑定見習いの人は一度だけ見た人のステータスなどがランダムに知れるというものになります。なので名前が当てられる可能性は低く、見間違えだとするケースが多いと思うんです。逆に鑑定士になると望んだものを一度だけ1つ見る事が出来るようになるに変わります。なのでバレる確率は格段に上がるんです」
「なるほどな。つまりデニムに【鑑定】が居たら終わりと考えた方がいいんだな」
「はい。救いと言っていいのかは分かりませんが【鑑定】は戦闘系の称号では無いので冒険者をする人は少ないと思います。未来視まで出来る心眼者がいたら別ですけど、そういった人があの街で冒険者続けるとは思えないので、デニムにいる確率は低いとは思います」
「だと良いけどな。⋯⋯⋯⋯よし、それじゃあ運試しだ。リーシャ、一度向こうの世界に行くぞ」
「はい、わかりました」
俺は「召喚」と口にする。
いつものように10のカウントが始まった。
するとリーシャが俺の手を強く握ってきた。
その手は少し震えていた。
「大丈夫か? 無理はしなくていいんだぞ」
「いえ、少し緊張してますが大丈夫です。それに逃げ腰のままだと覚悟が薄れてしまいそうなので」
「そっか。⋯⋯⋯⋯なぁ最後にもう一度確認して起きたいんだが、リーシャはこのまま逃げ続けるか、無実を証明するために戦うかどっちがいい?」
「私は⋯⋯⋯⋯」
リーシャは大きく深呼吸をする。
全身に力を込めて震えを止めた。
そして俺の顔を真っ直ぐと見てこう言った。
「無実を証明したいです」
「そうか。分かった。⋯⋯なら戦おう」
10のカウントが終わり、異世界に召喚された。
※
召喚された瞬間、道行く人達が俺たちにチラリと視線を向けてきた。
「アマネさん、すごく見られてますけどこれバレてませんか?」
俺の背中で顔を覆うルナ。
「だ、大丈夫だ。多分俺達が突然現れたから見られてるだけだよ⋯⋯⋯⋯⋯」
そうであってくれ。
「そうですか⋯⋯⋯⋯」
そう言って小さくため息を吐くルナ。
俺たちはギルドの入口の前で立ち止まった。
「ルナ、堂々としてろよ。その方が怪しまれないから」
周りに聞こえないほどの声量で俺はそう言った。
「はい」
そう言ってルナは背筋を伸ばし、全身に力を入れた。確かに堂々とはしているが、力を入れ過ぎているのか顔にシワがより、威圧感まで出てきていた。
「やり過ぎだルナ。普通でいい」
「あっ、すみません⋯⋯⋯⋯」
この調子で大丈夫なんだろうか。
「よし、じゃあ行くぞ」
俺達はギルドの中へと入った。
「来たぞ」
「黒の英雄か」
「誰だあの連れ」
「あいつも黒髪じゃね?」
「マジかよ、黒の英雄が二人!?」
周りの冒険者の反応を見るに、誰もルナがリーシャだとは気づいてないようだ。
このタイミングだけかもしれないが、気づかれてないなら好都合。
クエストを終わらせるためにミッションを受けて帰ろう。
ゴブリン×5の討伐。
スライム×5の討伐。
薬草×5の採取。
報酬はゴブリンの500ラーツが高いな。
D級ミッションだし、経験値もそこそこありそうだ。
「シュンじゃねぇか」
一人の男がそう言い俺たちの方に近づいてきた。
「バルト⋯⋯⋯⋯⋯」
筋肉質だし違うと思うが【鑑定】でない事を願う。
頼む気づかないでくれ。
「おいシュン、その連れ⋯⋯⋯⋯⋯」
バルトは目を大きくしてルナを指さす。
気づいて、ないよな。
「⋯⋯⋯⋯⋯一体誰なんだ! あとその目に掛けてる生かしたもんはなんだ? どこ買った! 教えてくれ!」
「えっ!? こ、これですか!」
ルナもまさかサングラスについて聞かれるとは思っておらず、驚いていた。
良かったぁ。バレてねぇ。
俺はそれだけで安心できた。
「俺の妹のルナです。目に掛けてるのは⋯⋯⋯欲しかったら今度あげますよ」
「おぉ! 良いのか? やったぜ!」
バルトは【鑑定】では無さそうだし、ルナを怪しんでいる様子も無い。
ルナの反応を見るにどこにも嘘はないのだろう。
⋯⋯⋯⋯⋯聞いてみるか。
酒場がうるさいおかげで、周りに声が響きづらくなっている。盗み聞きはまず出来ないだろう。
「バルトさん、その代わりに教えて欲しいんですが───」
「何だ?」
俺はバルトに近づき、少し声量を落として聞いた。
「【鑑定】の冒険者がいた事ってあります?」
少し怪しい動きに見るとは思うが、冒険者を知り尽くしているバルトならこれくらいの事で疑いの目を向けて来る事はないと思った。
予想通り、バルトは普通の顔で答えた。
「あんまり聞かねぇな。【鑑定】は戦闘系じゃねぇからステータスのプラス値も貰えないし、称号スキルが覗き見しかない。あっ、でも一人心眼者の未来視のやつが居たって話は聞いた事あるぜ。そいつも確か黒の英雄だったな」
その話を聞いた後、俺はチラリとルナの方を見る。
彼女は小さく縦に頷いた。
どうやら嘘では無いらしい。
「もしかして知り合いとかか?」
「まあそんなところです」
とりあえず、【鑑定】持ちの冒険者が本当に少ないという事は分かった。
これはいい情報を貰った。
バルトには今度、すごく生かしたサングラスをあげようと思う。
そうして俺はゴブリン討伐のミッションの紙を取り、ミルティさんに渡した。
「これを受けたいんですが」
「はい⋯⋯⋯⋯⋯」
ミルティさんは紙を受け取った後、チラリとルナの方に視線を向けた。
だが直ぐにミッションの紙に視線を戻した。
「えっと⋯⋯⋯⋯⋯⋯ゴブリン討伐ですね。了解しました」
ルナを怪しむ素振りは無さそうに見える。
とりあえずは誤魔化せているようだ。
ミッションを受ける事ができ、俺達は森へと向かった。
「そういえばルナって戦えるのか?」
「はい。少しは魔法が使えるので」
「そうか」
自衛が出来るなら、安心だな。
草むらを抜けた先に五体のゴブリンが群れをなしていた。
緑色の肌と小さい子供程の大きさのゴブリン。
力はそこまで強くないらしいが武装しているので気は抜けない。
俺の前にいる五体は剣持ちが二体、棍棒持ちが二体、盾持ちが一体だ。
「じゃあ行くぞ」
「はい!」
俺は草むらを飛び出し、背後から剣持ちのゴブリンに剣を振るった。
もう一体倒したかったが他のゴブリンが直ぐに反応し、戦闘態勢に入っていた。
棍棒持ちの一体が俺に襲いかかってくる。
「火炎」
火魔法の一つであり、直線上に火の柱を飛ばす。
それを食らったゴブリンは焼け焦げた。
「ギェェェェッ!!」
剣持ちの一匹がいつの間にか俺の背後を取っていた。
まずい───。
「氷の塊」
「ぐぇぇぇぇ⋯⋯⋯⋯」
ゴブリンの胸から先の尖った氷の塊が貫通してきた。
「ルナ、ナイス!」
俺はそう言って親指を立てた。
ドヤ顔を見せるルナ。
三体殺られたことで後退りをし始めるゴブリン。
「悪いが逃がす訳にはいかないんだ」
俺は一気に二体のゴブリンへと近づく。
ゴブリンが棍棒を振るおうとする。
「束縛の呪い」
影で拘束し、動けなくなったゴブリンに剣を振るった。
俺は棍棒持ちを倒した後、そのまま盾持ちのゴブリンへと近づき蹴りを入れ、盾ごとゴブリンを吹き飛ばす。
バランスを崩し、倒れたゴブリンに剣を振るい倒した。
「これで終わりだな」
Lv2→Lv3
名前 : 天音 旬
Lv3
称号 :【Lv5で解放】
HP : 120
MP : 115/120
筋力 : 58(+3)
耐久 : 60(+2)
速度 : 57(+3)
固有スキル : <召喚・帰還><言語理解><複合>
称号スキル : 【Lv5で解放】
スキル : <闇魔法Lv1><火魔法Lv1>
換金可能ポイント : 1190
レベルも上がったか。
「アマネさん、右───!」
突然、そう叫ぶルナ。
「グァァァァ!!」
さっきよりもデカいゴブリンが巨大な棍棒を振り下ろしてきていた。
くっ、避けられないか───。
俺は剣でその棍棒を受け止める。
「うおおぉぉぉぉ!!」
俺は無理やり剣を起こし、棍棒を払い除け、後ろに下がる。
なんだコイツ⋯⋯⋯⋯ミッションには含まれてないぞ。
「大丈夫ですか?」
草むらからルナが走ってくる。
「ああ、大丈夫だ」
「アマネさん、ホブゴブリンです。一体でC級に近い強さがあります」
「C級か⋯⋯⋯⋯」
大きさは太った成人男性ぐらい。
棍棒を受け止めた時にわかったがそこそこ攻撃が重たいし、速い。
「私も手伝います」
「ああ、頼む」




