お腹が空いた令嬢
「俺は天音 旬だ。それでリーシャ、どうして兵士に追われてたんだ?」
「えっと⋯⋯⋯⋯それは───」
リーシャは少し話ずらそうな顔をした。
無理もない。知り合って数分の他人にそんな話をいきなりするなんて普通は出来ないからな。
ぐぅぅぅぅぅ〜。
リーシャのお腹からそんな音が響いてきた。
「お腹すいてるのか?」
俺がそう言うと一瞬にして顔を真っ赤にさせるリーシャ。
「は、はい⋯⋯⋯3日ほど何も食べてなくて⋯⋯⋯」
3日も⋯⋯⋯だからフラついてたのか。
「わかった。とりあえずご飯を作るからそこに座ってて」
「本当にすみません⋯⋯⋯⋯」
リーシャは深く頭を下げた。
「あっ、それとまずはお互い靴を脱ごうか。この世界の家は土足禁止だから」
床が泥だらけになってるんだよなぁ。掃除も追加かぁ〜。
俺はキッチンに向かい冷蔵庫を開ける。
何作るかなぁ⋯⋯⋯⋯。
卵、ケチャップ、後、野菜も残ってるか。
ご飯は昨日炊いたのが残ってるから⋯⋯⋯⋯オムライスにするか。
料理を決めた俺は棚に材料を乗せていく。
時折視界に映るリーシャは知らないものばかりがあるこの部屋がよっぽど不思議なのか、キョロキョロと周りを見渡していた。
友達もたまに来るのでエロ本などのやましい物は置いてないが、女子に部屋を見られるのは少し恥ずかしい部分がある。
俺はとりあえず料理に集中する事にした。
リーシャを見ていたら進まなさそうだったからだ。
玉ねぎやベーコンなどの具材を切った後、フライパンに油をひき、火をつける。
具材を入れ、炒める。
ご飯を加え、炒めた後、ケチャップを入れ、チキンライスを完成させた。
その後卵を焼き、チキンライスの上に乗せ完成だ。
動画でよく見るふわふわ卵に挑戦したのだが、少し不恰好になってしまったのは許して欲しい。
「はい、出来たよ」
飲み物とオムライスをリーシャの前に置いた。
「これは何という料理でしょうか?」
「オムライスっていう料理だ」
「オムライス⋯⋯⋯⋯」
「口に合うかは分からないが、食べてみてくれ」
わかりました、と言いリーシャはスプーンに一口サイズのオムライスを乗せ、口に運んだ。
「美味しい⋯⋯⋯⋯」
目を輝かせてそう言うリーシャ。どうやら口に合ったらしい。
相当お腹がすいていたのだろう、リーシャは皿に乗ったオムライスをものの数分で平らげた。
「美味しかったです⋯⋯⋯⋯」
幸せそうな顔をし、そう言うリーシャ。
話の前にリーシャには先に風呂に入ってもらおうかな。汚れているままにしておくのはなんというか罪悪感が湧いてしまう。
それにもう少し落ち着いてからの方が何かと話しやすいだろう。
とりあえず服は俺ので我慢して貰って───。
待てよ⋯⋯⋯⋯下着はどうする? 女の下着なんて持ってないぞ。
「どうかしましたか? アマネさん」
下着をどうすべきかで頭を抱えていた俺にリーシャはそう問いかけてきた。
恥ずかしいが腹を括るか⋯⋯⋯⋯。
「少し留守番をしていてくれ、買い物をしてくる」
「はい⋯⋯⋯?」
※
俺はリーシャの下着を買いに来ていた。ついでに服も買っておくことにした。女物の下着だけをレジに持っていく勇気がなかったからだ。
今までの人生思い出しては悶絶したくなるような黒歴史の一つや二つあるが、この買い物はそれをも凌駕してしまいそうだ。
汚れたままのリーシャを連れてくる事はさすがに出来なかったので仕方ない。
恋愛経験は皆無。
女子が着る服の好みなんて分からない。
とりあえず部屋着で使えるような着やすい服にするか───。
待てよ、シェリアさんに聞けば良いじゃん!
『えっ!?』
脳内にシェリアさんの驚いた声が響いてきた。
どうやら現実世界でもシェリアさんとは話せるらしい。
シェリアさん、どういうものを買うのがいいと思う?
『あぁ⋯⋯⋯えっと⋯⋯⋯そうですね。アマネ様の言った通り、着やすい服でいいんじゃないでしょうか?例えば⋯⋯⋯⋯パーカとか?』
なるほど、それにしよう。じゃあ下着はどうしたらいいと思う?
『し、下着ですか。それは⋯⋯⋯⋯分かりません』
えっ? 分からないの?
『あの⋯⋯⋯えっと⋯⋯⋯その⋯⋯⋯』
シェリアさんはしばらくその調子で返答が返ってこなかった。
分からないんならいいけど⋯⋯⋯⋯。
『ええ、そうですよ! 分かりませんよ! 私は確かに女ですけど、女神ですから服を買うなんてこと事ありません! だから私にそのような事を聞かれても困ります! だいたいそこまでそちらの世界のことは知り尽くしていないので、どういったものがいいかなんて分かりませんよ』
唐突に怒りのこもった口調でそう言うシェリア。
ごめんなさい⋯⋯⋯⋯自分で選びます。
着やすい服にするか、気に入らなかったらまた買い直せばいい。無駄になることは無いだろうし。事情によっては向こうの世界に返せない可能性だってあるわけだからな。
今月は金欠確定だ⋯⋯⋯⋯⋯。
それにしてもまさかリーシャが<帰還>に巻き込まれるとは。
『その事なのですが、私も驚いています』
さっきまで怒り心頭だったシェリアさんが普通の口調で話しかけてきた。驚きの切り替えスピードである。
『<召喚・帰還>の発動範囲は術者を中心として円上に全身が収まるサイズしかありません。おそらくアマネ様がリーシャさんの下敷きになった事によって、彼女の体がすっぽりとはまってしまい、アマネ様の一部として現実世界に送られたのでしょう』
《《俺の一部》》としてか⋯⋯⋯⋯嫌な予感がするな。
『確かにこれは一度も起きたことがありません。何かしらのバグが生じる可能性はあります』
だよな⋯⋯⋯⋯。それで、もしバグが起きた場合、直すことは可能なのか?
『⋯⋯⋯⋯直せない可能性の方が高いかもしれません。このスキルは【創造者】の称号スキルを借りて作っております。⋯⋯⋯⋯それで借りた力というのは不完全であるため元々綻びが生じやすくはなっていたんです』
よくそんなスキルを与える事が出来たな! 安全性保証されてねぇじゃねぇか!
『本当にすみません! 主体となる部分は正常に稼働していたので問題は無いと思っていたんです⋯⋯⋯⋯』
他人が巻き込まれるなんて確かに予想はしずらいが⋯⋯⋯⋯。で、何で直すことが出来ないんだ?
『それは【創造者】の称号スキルは生み出すことしか出来ないからです。なのでバグを直すには不必要な部分を削る必要があります。それをするには【破壊者】の称号スキルが必要になるんです。ですが現状その力を借りる事は出来ません』
どうして?
『あの世界に保有者が存在するからです。しかも私はその相手にものすごく嫌われておりますので、力を借りる事は不可能に近いのです⋯⋯⋯⋯』
なるほどな。一応聞くけどその相手というのは?
『⋯⋯⋯⋯魔王です』
はっ!? ⋯⋯⋯⋯それは確かに無理だな。
こうなっては仕方ないか。
今のところ巻き込まれた以外でバグは起こってない訳だし。
とりあえずはリーシャを家に置いておくしかない。
ただ王国から指名手配にされている時点で何かしらの事情があることは間違いないだろう。
本当にリーシャを信用しても大丈夫なんだろうか? あまり悪いやつには見えないが。
俺のいない間にあの部屋を飛び出す可能性も十分にあるし、やはり一人で来たのは間違いだったか。
いや、どんな世界かも分からない状態で逃げる選択はしないか。あの家には金目の物もないしな。
どうするかは帰ってから考えよう。
下着はスポーツタイプのにするか。伸縮性があるし、ある程度ならカバーできるだろ。
そうして服と下着を揃え、レジへと向かった。
店員に一瞬えっ? という表情をされたのが俺の心を深く抉った。
買い物を済ませた俺は足早に家へと帰った。
「ただいま⋯⋯⋯⋯」
「あっ、アマネさん」
その声を聞き、出て行っていないことが分かり、少し安心した。
リビングへ向かうと、姿勢を正したまま座っているリーシャが居た。
「何を買ってきたのですか?」
「リーシャの服だ」
「私の⋯⋯⋯⋯すみません。そんな事をさせてしまって⋯⋯⋯⋯」
申し訳なさそうにそう言うリーシャ。
「謝らなくていいよ。俺が勝手にやった事だし」
「アマネさんはお優しいのですね⋯⋯⋯⋯」
悲しげな表情を浮かべるリーシャ。
「とりあえず汚れを落とすために風呂に入って来てよ」
俺がそう言うと、何故か首を傾げるリーシャ。
「この家にはお風呂が付いてるのですか?」
「えっ? うん、あるよ」
「⋯⋯⋯⋯もしかしてアマネさんは身分の高い方なのでしょうか?」
「違うけど、どうして?」
「私の住む世界では貴族でもない限り、家にお風呂があるなんて事はないので⋯⋯⋯⋯」
庶民は簡単に風呂にも入れないのか。俺なら耐えられないな。
「この世界はだいたいどの家にもついてるよ」
「そうなんですか!!」と驚いた顔をするリーシャ。
それを見て俺は笑ってしまった。
買ってきたものをリビングに置き、俺は風呂場に向かい、湯を沸かす。
数十分後、電子音が鳴った。
「これで温盛れるから、ゆっくり入ってきていいよ」
「本当にありがとうございます」
リーシャは少し嬉しそうな表情を浮かべ頭を下げた。
俺はリーシャにシャワーの使い方や髪を洗うためのシャンプーやリンスなど、風呂の事を全て教えた。
リーシャはずっと口を開いたまま驚いていた。
「なんというか、凄いですね! これが魔法でないというのも驚きです!」
「ハハッ、俺からしたら魔法の方が驚きだよ」
お風呂の使い方を説明し終え、俺は部屋から出た。
少ししてシャワーの出す音と「わっ!?」という声が響いた。
おそらく突然水が出て驚いたのだろう。
待つ事約30分、リーシャがリビングに現れた。
俺が買ってきた服を着てくれていた。
こう見るとただの超絶美少女だ。
「どう? さっぱりした?」
「はい、さっぱりです!」
「⋯⋯⋯⋯じゃあ、そろそろ話を聞かせてくれるかな?」
「は、はい」
緊張が解けたのか、リーシャは素直にそう返事をした。




