009 大サソリの唐揚げ③
アリスが眉を吊り上げ、剣の柄に手をかけた。
「貴方たち、無礼ですわよ! シュウジさんに何を――」
「待て、アリス」
俺は手でアリスを制止する。
法の及ばないこの場所で剣を抜けば、大事になりかねない。
無用な殺し合いは避けたいところだ。
(ここは冷静に対応しよう)
前世でも、こういう経験をしたことがある。
日本では稀だが、治安の悪い国では日常茶飯事だ。
「場所代を払うつもりはない」
「ほお? ダンジョン内で俺たちとドンパチしようって気か?」
クラークが腰の短剣を抜いた。
二刀流で、両手とも逆手に持っている。
「「「…………!」」」
クラークの抜刀に、場の空気が一気に張り詰める。
アリスだけでなく、ガストンや他の常連たちも武器に手をかけた。
まさに一触即発の雰囲気だ。
「落ち着けって。とりあえず、俺のメシを食ってみろ」
「はぁ?」
「場所代だの何だのと他人に絡むのは、心が荒んでいるからだ。そういう問題は美味いメシで解決できる」
「ふざけてんのか、テメェ?」
「いいから座って待ってろ」
俺が睨み返すと、クラークはびくりと体を震わせた。
「なんだ? シュウジの奴、すげー殺気だ……!」
ガストンが驚いている。
自覚はなかったが、今の俺はそれなりに怖かったようだ。
前世の経験によるものだろう。
見た目は18歳でも、中身は45年の人生経験があるからな。
「……不味かったら承知しねぇからな」
クラークは大人しくカウンター席に座った。
取り巻きの連中は、困惑したように立ち尽くしている。
「ほらよ、これが今日のオススメ〈大サソリの唐揚げ〉だ! デザートスコーピオンの肉で作った極上の唐揚げ、たんと食いやがれ!」
俺はクラークの前に皿を置いた。
「デザートスコーピオンだと? おいおい、魔物の肉を提供してんのか? それならまだ乾パンのほうがマシなんじゃねーの!?」
クラークが馬鹿にしたように笑う。
「ふっ、強がるなよ」
「なに?」
「香りでわかるだろ? 俺の作る魔物料理は、『ただの魔肉』で片付けられるチャチな代物じゃない」
「…………」
クラークが何も言わずに唐揚げを見つめる。
熱々の唐揚げから立ち昇る湯気が、クラークの鼻腔をくすぐる。
「こ、この香りは……!」
「「「クラークさん!?」」」
取り巻きたちが驚く。
「信じられねぇ! マジで美味そうな香りだ……!」
「香りだけじゃないぞ。味も抜群だ」
「…………」
ごくり。
クラークは唾を飲み込むと、恐る恐る唐揚げを口にした。
噛み締めた瞬間、彼の目から涙が溢れ出す。
「うめえ! なんなんだよ! この唐揚げ! 美味すぎだろ!」
クラークが叫ぶ。
「ほ、本当っすか!? クラークさん!」
「ああ! お前たちも食ってみろよ!」
クラークが取り巻きたちに唐揚げを勧める。
「うめぇえええええええええ!」
「どうしてデザートスコーピオンの肉がこんなに美味くなるんだよ!」
「信じられねぇ!」
他では味わえない独特の旨味が、連中の心を浄化していく。
その姿を見て、俺は安堵した。
(これで問題は解決したな)
あっという間に付け合わせの千切りキャベツも平らげたクラークは――。
「おかわりをくれ! おかわりだ!」
――他の客と同じように、目を輝かせていた。
「かまわないが、その前に二つ約束してもらおう」
俺はおかわりの準備をしながら話す。
「一つは、もう二度と他の連中に絡まないこと。ダンジョンは物騒な場所なんだから、みんなで仲良くしたほうが絶対にいい。冒険者同士で争うなんて愚の骨頂だ」
「わ、わかった……! 約束する。それで、もう一つは?」
「メシ代をしっかり払うことだ。デザートスコーピオンの唐揚げは1人前で1500円だ」
「「「安っ!」」」
クラークたちが声を揃えて驚く。
「シュウジ、いくらなんでも安すぎるだろ! お前の価格設定はどうなってんだよ!」
ガストンが苦笑する。
「アリスのおかげもあって、ここまでの道のりは楽だったからな。危険手当は大して上乗せしなかった」
この価格設定でも十分に黒字だ。
むしろ、一般的な飲食店よりも高い利益率を記録している。
(やっぱりダンジョンで屋台を開いたのは正解だったな。みんなに喜んでもらえて、俺も懐が潤って笑顔になれる。最高だぜ)
俺が満足していると、食事を終えたクラークが立ち上がった。
「〈盗人魂〉のリーダーとして宣言する! 今まで迷惑かけてすまなかった! シュウジの料理で改心した! どうか許してくれ!」
クラークが他の客に謝っていく。
彼の取り巻きたちも深々と頭を下げている。
「シュウジさん……やはり貴方は底が知れませんわね。料理一つであそこまで人を変えてしまうなんて……」
「料理は偉大だからな。みんなで楽しく美味いメシを食えれば、多少の争いは回避できる」
こうして俺は、誰一人として傷つけることなく問題を解決したのだった。
◇
ダンジョン地下5階での営業が三日で終了した。
理由はいくつかある。
一つ目は、めぼしい発見がなかったこと。
地下1階と違って野草が少ないため、研究の余地がなかったのだ。
二つ目は、セーフティゾーンの安全度が低かったこと。
屋台を開いていると、しばしば魔物の群れに襲撃された。
おかげで食材には事欠かなかったが、飲食の場としては適していない。
セーフティゾーンの安全度は、階層ごとに異なるそうだ。
奥に進むほど安全度が下がるわけではない。
だから、地下5階のような浅層でも安全度が低い場合もある。
最後に、三つ目。
元々、地下5階に長居するつもりがなかったということ。
最終的には中層――地下20階から地下39階――のどこかで店を開きたい。
そこまでは数日、ないしは1週間程度の間隔で移動する予定だ。
「というわけで、先に進んだのはいいが……困ったな」
「そうですわね……」
俺とアリスは、地下10階にいた。
地下10階は、南国の無人島を彷彿とさせる場所だ。
熱帯に生えていそうな高木が密集しており、昼の気温は高い。
流れの速い川や洞窟が点在し、魔物は動物系と植物系が多い。
セーフティゾーンは川からほど近い森の中にあった。
「アリス、冒険者として意見を聞かせてくれ。暗闇の中を歩いて帰るべきか、それともダンジョン内で一夜を明かすか」
俺は夜空を見上げた。
木々の隙間から綺麗な星々が見える。
そう、今は夜なのだ。
普通の冒険者なら、大した問題にはならない。
松明や光魔法で光源を確保しながら進めば済む話だ。
しかし、俺は屋台を引く料理人。
もっと分かりやすい言い方をすれば「足手まとい」なのだ。
いくらアリスが強くても、夜間の警備を一人で任せるのは難しい。
「わたくしとしましては、セーフティゾーンで朝まで待つのが得策だと思いますわ。魔物の中には夜になると活発化するタイプもいます。それにわたくしは人間ですから、獣人やエルフと違って夜目が利きません。夜間の戦闘力は期待できませんわ」
「なるほど。なら、今日はここで夜を明かそう。階層によっては昼と夜でセーフティゾーンの場所が異なると言うが、ここは大丈夫なのか?」
「ここなら問題ないぜ! どの時間帯でも同じだ!」
そう言って話に割り込んできたのはガストンだ。
いつの間にかこの場に加わっていた。
彼の率いるクラン〈鉄の胃袋〉の仲間たちも一緒だ。
(1分前まで俺とアリスしかいなかったはずだ……)
などと思いつつ、俺は「そうか」と答えた。
「今夜は俺たちもここで過ごす。だから安心しろよ! シュウジ!」
ガストンが言うと、彼の仲間たちが「そうだぜ!」と続く。
「あ、ああ……そうだな……」
ガストンは見た目に反して弱い。
彼の仲間たちも、やはり見た目に反して弱い。
彼らが100人束になってもアリス1人に敵わないだろう。
だが、いないよりはマシだ。
「よし、寝るか!」
俺は近くの川で身体を洗ったあと、セーフティゾーンで寝ることにした。
冷え込みが激しいので、大きな葉っぱを重ねて布団の代わりにする。
(地下10階でこの有様だ。中層で営業するなら、野営は避けられないだろう。特区に戻ったら野営用の装備を揃えるとしよう)
そんなことを考えながら眠りに就く。
この時、俺たちは気づいていなかった。
闇夜に紛れて忍び寄ってくる影に――。
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