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料理の巨匠、ダンジョンで魔物メシを提供する ~危険地帯で屋台を開いた結果、冒険者の胃袋を掴んでしまいました~  作者: 絢乃


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008 大サソリの唐揚げ②

 俺は魔肉を一口サイズにカットすると、水できれいに洗った。

 まるで洗濯物を揉み洗いするかのように。

 丁寧に洗い終えると、キッチンペーパーで水気を拭き取った。


「これでよし」


 水洗いしたあとの魔肉は、そこまで臭くなかった。

 とはいえ、それでも一般的なサソリの肉と同程度には臭い。


 そこで、今度はその肉を日本酒に漬けた。

 酒で臭いを消すというのは、一般的な方法だ。


「シュウジさん、どうしてお肉を水で洗ったのですか? 日本酒を使ったことは理解できるのですが……」


 アリスが尋ねてきた。


「いいところに気づいたな。先に水で揉み洗いをしたのは、魔肉だからこその調理法なんだ」


「なんと!?」


「いろいろな魔肉を調理してきてわかったことだが、魔肉は一般的な食材よりも味が変化しやすい。どう変化するかは肉の種類や手の加え方で変わるのだが、水で洗った場合は臭いを大きく減らせるんだ」


「つまり、サソリの肉ならではの酷いアンモニア臭を消せるってことですか!?」


「完全には消せなかったが、劇的に改善できた」


「すごいですわ……! そんなテクニックがあったなんて……!」


 俺は得意気に「ふふっ」と笑った。


「まだ調理は終わっていないぜ。次はこのタレに肉を漬け込む!」


 タレはニンニクをベースとしたもので、ダンジョンの野草も加えてある。

 地下1階でお馴染みの生姜ネギ――生姜のような根茎とネギのような葉を持つ植物――をはじめ、さまざまな種類の野草をブレンドしておいた。

 こういった植物の知識を得たのも、長らく地下1階で活動していたおかげだ。


「肉にタレを染み込ませたら、専用の粉をつけて高温の油で一気に揚げる!」


 業務用の大きな鍋に、油をたっぷり注いで加熱する。

 十分に温まったら、デザートスコーピオンの魔肉をぶち込む。


 ジュワアアアアアッ!!


 激しい音と共に、大量の泡が立ち上った。

 香ばしい揚げ物の匂いがセーフティゾーンに充満する。


「なんて罪深い香りですの……!」


「さっきまでの悪臭が嘘のようだ!」


「とんでもなく美味そうな匂いを放っていやがる!」


 アリスと常連たちが感動している。


「まるでエビを焼いたような芳醇な香りだ!」


 いつの間にかガストンも客に加わっていた。


「仕上げに塩と胡椒を振りかけ、レモンを少し搾ってやれば完成だ! へい、お待ち! 大サソリの唐揚げだぜ!」


 カラッと揚げたジューシーな唐揚げを皿に盛って提供する。

 揚げ物だけでは胃もたれするため、キャベツの千切りも添えた。


 ごくり……。


 アリスが喉を鳴らし、瞳を潤ませる。

 しかし次の瞬間、その表情がキリッと引き締まった。


「シュウジさん! 匂いに釣られて魔物が集まってきていますわ!」


「なんだと!?」


 アリスの言葉は正しかった。

 全方位から大量の魔物が押し寄せてきたのだ。


「おいおい、ここはセーフティゾーンじゃなかったのかよ!?」


「セーフティゾーンなんて、所詮は魔物が本能的に避けるだけの場所だ。安全とは限らないぜ!」


 ガストンが臨戦態勢に入る。


「よし、メシを食っている奴以外は戦闘だ! 皆で俺の店を守ってくれ!」


「「「了解!」」」


 迫り来る敵と冒険者たちが戦う。

 最初は数に押されて劣勢だったが、すぐに形勢が逆転した。


「これだけ魔物がいれば、お腹いっぱいになれそうですわー!」


 食事を終えたアリスが参戦したためだ。

 彼女の強さは他の冒険者とは比較にならなかった。

 まさに一騎当千の働きで、用心棒としての責務を全うしたのだ。


「それにしてもうめぇな! デザートスコーピオンの唐揚げ!」


「あの臭い肉からこんな美味い唐揚げができるなんて信じられないぜ!」


 唐揚げを食べている冒険者たちは、一様に頬を緩めていた。


「どれどれ……」


 俺も一つ食べてみる。


「うん、完璧だ!」


 外はサクサクで中はジューシー。

 噛めば噛むほどに、不思議な風味が溢れ出す。


「これは……カニミソっぽいな」


 俺が呟くと、食事中の客たちが「たしかに」とうなずいた。


「最初は普通に美味い唐揚げだけど、最後のほうはカニミソっぽいよな!」


「なんなんだこの唐揚げ! すげー!」


 一つの唐揚げで二つの味を楽しめる……魔物料理ならではの面白さだ。


「シュウジさん! おかわりですわ!」


 戦い終えたアリスが屋台に駆け寄ってくる。


「落ち着け。ちゃんとアリスの分は残してあるから」


 俺は事前に用意しておいた皿を渡した。

 他の客よりも大きな皿で、盛り具合も段違いだ。


「はふっ、あつっ、でも、美味しいですわぁ! んふぅーっ!!」


 アリスが身体をくねらせて悶絶する。

 口の端に揚げ衣と脂をつけて、まるで子供のようだ。

 その姿を見ているだけで笑みがこぼれる。


「シュウジ、俺にも食わせてくれ!」


「俺も食いたいぞ! デザートスコーピオンの唐揚げ!」


「俺は他の魔物料理がいい! そこに転がっているボインボインバードで何か作ってくれよ!」


 次第に客が増えてきて、いつものように混み出す。


「やれやれ、俺の体は一つしかないんだぜ。過労死させる気かよ!」


 などと言いつつ、俺は笑いながら対応する。

 いつもと変わらない営業風景であり、今の俺にとって最も楽しい時間だ。


「おいおい、ずいぶんと景気が良さそうじゃねぇか」


 だが、この賑やかな空気に水を差す事態が起きた。

 柄の悪そうな集団がやってきたのだ。


 どこぞのクランなのだろう、お揃いの赤いバンダナを巻いている。

 ジャラジャラと金属の装飾品をつけた野郎どもだ。


「奴らは……!」


 ガストンの顔が引きつった。


「なんだガストン、知り合いか?」


「いや……。奴らは盗賊クラン〈盗人魂(ぬすつとだましい)〉の連中だ。地下3階~地下7階までを自分たちの縄張りだと主張し、そこで活動する冒険者に絡んでいる。ダニみてぇな野郎だ」


「ダニとは酷い言い草だなぁ、ガストン」


 リーダー格の男が客を押しのけてカウンターに近寄ってくる。

 我が物顔で、まるで王様気取りだ。


「俺はクラーク。ここは俺たちの縄張りだ。商売するなら場所代をよこしな」


 クラークが、カウンターテーブルに拳を叩きつける。


「場所代だと?」


「ああ、そうだ。みかじめ料と言い換えてもいいぜ。そうだな、売上の半分……いや、今回は無断で商売した罰として全額渡してもらおうか」


 典型的な言いがかりだ。

 普段であれば、無視して警察に通報すれば済む。


 しかし、ここはダンジョン内。

 法の支配が及ばない完全な無法地帯。

 断ればどうなるかわからない。


 俺は難しい選択を迫られることになった。

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