007 大サソリの唐揚げ①
たまには休業日を設けよう。
シズルとの会話でそう結論づけた俺だったが――。
「よし、今日も頑張るぞ!」
「おー!」
次の日も、ダンジョンで屋台を開こうとしていた。
場所は地下5階。
アメリカ西部にありそうな荒野だ。
セーフティゾーンは、アーチ状の大きな崖の下にあった。
日陰になっており、冒険者にとっては絶好の休憩場所だ。
屋台にも最適である。
「話には聞いていたが、ダンジョンってのは階層ごとに全く異なるんだな」
「それが面白いところですわ!」
屋台の準備をしながらアリスと話す。
地下2階以降に進んだのは、今回が初めてだった。
営業場所を変えた理由は二つある。
一つは、そろそろ新しい食材に挑戦したいと思ったからだ。
地下1階の魔物は、すでにあらかた調理した。
もう一つは、客の要望に応えたかったからだ。
ほぼ全ての客から、「もっと奥の階層で屋台を開いてほしい」と言われていた。
出店場所の要望で最も多かったのが中層だ。
中層とは、地下20階から地下39階までを指す。
冒険者が最も多い層なので、出店すれば大いに稼げるだろう。
俺としても、いずれは中層で出店したいと考えている。
その足がかりとして、今回は地下5階まで進んでみた。
用心棒のアリスが一緒とはいえ、俺はしがない料理人。
非戦闘員なので、いきなり中層を目指すのは危険だと判断した。
(シズルの工房はいい働きをしたようだな)
調理用の魔導具を準備していて思った。
値が張ったものの、それに見合うパワーアップを実感した。
コンロの火力は強くなり、圧力鍋は細かい調整が可能になっている。
「お! シュウジじゃん!」
「今日はここで店を開くのか?」
「ようやく地下1階を卒業してくれたか!」
「助かるぜ!」
仕込みをしていると、近くの冒険者パーティーが話しかけてきた。
名前は知らないが顔は知っている。
常連たちだ。
「まだ試運転だけどな。徐々に慣らしていくよ」
喋りながらも手を動かし、周囲に目を配る。
(アリスの奴、いつの間にかいなくなっていやがる。食材調達に出たのだろう)
アリスの冒険者ランクはB。
浅層の中でも浅い地下5階の敵など、彼女の前ではザコ同然だ。
そのため、身の安全については心配していない。
だが――。
(道に迷わずに戻ってこいよ……!)
アリスの方向音痴ぶりは心配だ。
一本道ですら迷う女なので、何が起こるかわからない。
地下1階で営業していた頃は、森で迷って戻ってこないことがあった。
それも一度や二度ではなく、何度もあったのだ。
「シュウジさーん! レアな食材を狩ってきましたわー!」
俺の心配は杞憂だったようで、アリスが戻ってきた。
しかも、なにやら大物を引きずっている。
軽自動車ほどもある巨大な甲殻類だ。
「ほう? サソリか」
アリスが持ってきたのは巨大なサソリだった。
赤褐色の硬質な殻に覆われており、二つのハサミは岩をも砕きそうだ。
尻尾の先端には、サソリを象徴する毒々しい針がついている。
「おいおい! デザートスコーピオンじゃねぇか!」
「結構な大物が紛れ込んでいたものだな!」
冒険者たちがアリスの持ってきたサソリを見て驚いている。
「そんなに大物なのか?」
俺が尋ねると、アリスは「ふふん♪」と胸を張った。
「わたくしにとっては大物というほどではございませんわ! ですが、このサソリは本来、地下17階以降の砂漠エリアにのみ棲息している魔物。この階にいるのは非常に珍しいことですわ!」
「それで『レアな食材』と言っていたわけか」
「はい! デザートスコーピオンの肉は、魔肉の中でも不味いと言われています。ですが、シュウジさんであれば極上の料理に仕上げてくださる……わたくしはそう信じていますわ!」
「嬉しいことを言ってくれるぜ」
俺はデザートスコーピオンの死体に目を向けた。
アリスが丁寧に狩ったため、甲殻には傷一つついていない。
(一般的なサソリの肉は、エビやカニに似た味だ。しかし、その常識は魔物に当てはまらない。さて、どう調理するか……)
手をつける前に頭の中でイメージする。
すると、アリスがひょこっと顔を覗き込んできた。
「デザートスコーピオンの甲殻は非常に硬く、防具の素材として取引されるほどですわ。シュウジさんの包丁で捌けますか?」
「たしかに下手な鉄板よりも硬そうだが問題ない。どんな堅牢な鎧にも継ぎ目はある。それはサソリも同じだ。関節を狙えばどうにかなるだろう」
「素晴らしい自信ですわ!」
「アリスだって、そうやってコイツを仕留めたのだろう? だからすごく綺麗な状態なんじゃないのか?」
「いいえ、わたくしは左手で持ち上げて、右手で腹部を殴って倒しましたわ!」
「少なく見積もっても数百キロはあるこの巨大サソリを片手で……相変わらずの怪力だな」
思わず苦笑してしまう。
「おーい、シュウジー! 料理はまだかー!」
話していると、常連の一人が声を張り上げた。
当たり前のようにカウンター席に座って待機している。
「まだ調理を始めてすらいない。大人しく待っていな」
俺は脳内シミュレーションを終え、「ふぅ」と息を吐いた。
それから、いつも使っている牛刀ではなく出刃包丁を取り出した。
昨日、魔導具の調整を待っている間に買ったものだ。
「アリス、作業を手伝ってくれ。このサソリを裏返すぞ」
「お任せください!」
アリスが軽々とサソリを持ち上げ、くるりんと裏返した。
「さあ、調理開始だ!」
腹側の節と節の間にあるわずかな隙間に刃先を当てる。
そのままトンと峰を叩くと、包丁が吸い込まれるように入り込んだ。
神経の束が綺麗に切断される。
「「「おー!」」」
アリスや常連たちが感嘆する。
まるでマグロの解体ショーを見ているかのような反応だ。
「まだまだ解体は続くぜ!」
俺は出刃包丁を振るった。
ハサミの付け根や尻尾の接続部に刃を走らせる。
決して力任せには切らず、パズルのピースを外すように解体していく。
「す、すごいですわ……! あんなに硬い関節が、まるでお豆腐のように……!」
「問題は臭みだな」
解体よりも頭を抱えるのが、その後の下処理だ。
一般的なサソリの肉には、アンモニア臭に近い独特の匂いがある。
残念なことに、それはデザートスコーピオンも同様だった。
「くっせぇ! ここまで臭いがプンプンするぜ!」
「本当に食えるのかよ! あんなもん!」
常連たちが鼻を摘まんでいる。
アリスに至っては、あまりの臭さに嘔吐いていた。
(ここまで臭いと、通常の臭い消しでは物足りないな)
俺はデザートスコーピオンの魔肉を眺めながら呟く。
「よし、あの手でいくか」
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