005 屋台の改良①
ダンジョンで営業するようになってから2週間が経過した。
俺の屋台は、早くもダンジョン地下1階の名物になっていた。
今では営業前から多くの冒険者が列を作って待っているほどだ。
人気化に合わせて、提供するメニューも増やした。
浅層には動物系の魔物が多いため、それらの肉を使った料理を振る舞う。
そうした料理も普通に美味しくて、客からは大好評だった。
また、客の要望に応えて〈食材提供システム〉を導入した。
食材となる魔物を客が用意した場合、その客には500円で料理を提供するシステムだ。
これにより、冒険者たちが倒した魔物を持ってくるようになった。
俺は食材が手に入ってハッピー。
客は安くて美味いメシが食えてハッピー。
両者が幸せになれるWIN-WINのシステムだ。
だが、営業開始当初から抱えている問題は未解決のままだった。
その問題とは、調理が追いつかないことだ。
「というわけで、今日は営業を休んで問題の改善に取り組もうと思う」
「わかりました! ところで、どうしてわたくしが駆り出されたのですか? ダンジョンに入らないのであれば、わたくしは不要では……?」
特区の外周で、俺とアリスは話していた。
冒険者用の施設が並ぶ商業エリアを二人で歩く。
「見てわからないか?」
「といいますと……?」
「今日のお前はリアカーを引く係だ! 屋台は重いからな! 頼むぞ、用心棒!」
俺はリアカーをアリスに押しつけた。
「うぅ……! Bランクのわたくしが、荷物持ちをさせられるとは……!」
「アリス、お前、Bランクだったのか?」
「そうですわ!」
「すごいな。Bランクっていえば、浅層はおろか中層すら余裕だとガストンが言っていたぞ!」
冒険者ランクは上から順にS、A、B、C、D、E、Fの七段階ある。
Sランクは国宝級と呼ばれており、日本には数人しかいない。
ゆえにAランクで「超一流」、Bランクで「一流」と言われていた。
ちなみに、巨漢の戦士ガストンはDランクだ。
威圧的な見た目や肩書きに反して大したことなかった。
彼の名誉のために補足すると、Dランクは「一般」だ。
ボリューム層に該当するわけだから、決して弱くはない。
「それはそうとシュウジさん、どこに向かっているのですの?」
「いい質問だ」
俺は足を止め、すぐそばの建物に右手を向けた。
「目的地はこの店だ」
魔導具工房である。
小さな町工場を彷彿とさせる建物だが、経営しているのは大手企業だ。
「工房?」
「客に聞いた話によれば、魔導具を改良してくれるらしい。この二週間でたんまり稼いだし、調理道具をパワーアップしようと思ってな」
「なるほど、設備投資ですね。それは名案ですわ!」
さっそく俺たちは工房に入った。
「「「いらっしゃいませ!」」」
中にいた男性作業員たちが一斉に声を張り上げる。
その勢いに圧倒されて、アリスは「わわっ」と驚いた。
(ずいぶんと教育されているな。前世で経営していた店を思い出す)
「ようこそ、お客様」
工房の奥から女性が現れた。
紫の長い髪が特徴的な20代後半と思しき妖艶なお姉さんだ。
髪の色と同じ紫のドレスを着ており、背が高めで、なんというか……。
(全体的にエロい。エロすぎる!)
フェロモンが凄まじかった。
ドレスの胸元は大きく開いていて、胸の谷間が強調されている。
プルンプルンした唇も妙に艶めかしい。
約170cmの高身長も、色っぽさに拍車をかけていた。
そんな彼女を見た俺の反応は単純だ。
「わお!」
他に言えることはなかった。
俺の隣では、アリスが「うわーお!」と同じような反応をしている。
そんな俺たちを見て、紫髪の女は「ふふ」と笑った。
「私はここの工房長をしている北中島シズルです。本日はどういったご用件でしょうか?」
シズルが俺の目を見て微笑む。
「うちの用心棒とあなたを交換したい!」
「ちょっ! シュウジさん!」
アリスに言われて、ハッとした。
俺は「失礼」と言い、襟を正した。
「俺の屋台をパワーアップしたい。冷蔵庫から圧力鍋まで、屋台で使っているものは全て魔導具なんだが、いかんせん現状ではパワー不足で困っている」
「なるほど。魔導具の改良とのことですが、魔石の交換は検討されましたか?」
「魔石の交換?」
シズルは「ええ」とうなずいた。
「魔導具の出力を上げる方法は二つあって、一つはお客様が求められている魔導具そのものを調整するものです」
「もう一つの方法が魔石の交換か」
「はい。見たところ、お使いの魔導具は古い物のようです。そのため、弊社といたしましては、魔導具の買い換えか魔石の交換をオススメします。お使いの魔導具に手を加えるよりも安価で済み、費用対効果が高いです」
「貴重な意見をありがとう。だが、それらの方法はすでに検討済みだ。魔導具は亡き祖父から引き継いだものだから変えたくない。あと、魔石の交換は目先のコスパが良くても、長期的には高くつくので却下だ」
魔石のエネルギーは有限だ。
そのため、エネルギーが尽きれば新しい魔石が必要になる。
ひとたび高い魔石に馴染んでしまったら、常にその魔石を使わねばならない。
「それは失礼しました。では、魔導具を改良させていただきます。弊社の場合、価格はこのようになっていまして――」
シズルはどこからともなくタブレット端末を取り出した。
そこに価格表を映して、俺に向ける。
「――全ての魔導具を調整する場合、最も安いプランでも、総額は198万5000円になります」
高い。
あまりにも高すぎる――が、金額自体は相場の範疇だ。
別にぼったくられているわけではない。
「では、それでお願いしよう。支払いはキャッシュレス決済で」
俺は躊躇なく引き受けた。
約200万円は大金だが、すでにそれ以上の額を稼いでいる。
客に喜んでもらうための必要経費と思えば気にならなかった。
「かしこまりました」
シズルは笑顔でうなずくと――。
「あんたら、仕事だよ! お客様の魔導具をベーシックプランで仕上げな!」
作業員たちに向かって大声で命令した。
「「「イエッサー!」」」
全員が同時に答え、俺の屋台をアリスから引き継ぐ。
完璧な連携で工房の奥に運び、すぐさま作業に取りかかった。
「作業が終わるまでどのくらいかかる?」
「弊社の作業員は優秀ですので、2時間で完璧に仕上げられます」
「わかった――アリス、今日の仕事は終わりだ。あとは自由にしてくれていいぞ」
「了解ですわ……って、それではタダ働きではございませんの? まかないが必要ですわ!」
「そうは言っても調理器具がないからな。今日は諦めてくれ。いや、語弊があるな。お前はいつも食い過ぎだ。今回くらい諦めろ!」
アリスの食欲は怪物級だ。
可愛らしい見た目に反して、誰よりもよく食べる。
テレビに出ている大食い芸人が束になっても敵わないほどだ。
だから、一度くらいまかない抜きでも問題ない。
「うぅぅ……わかりましたわ。ですが、これは立派な契約不履行! シュウジさん、今回の件は“貸し”ですからね! 重々お忘れなきようにご注意くださいませ!」
アリスは頬をパンパンに膨らませて、不機嫌そうに去っていった。
怒っている姿も可愛らしくて、俺は思わず笑ってしまう。
「さて、代金を支払おう。決済端末はどこかな?」
「ご案内いたします」
シズルと二人で別室に移動した。
そして、専用の端末にスマホをタッチして決済を試みるのだが――。
ピーッ!
耳障りな高音が響き、端末にエラーログが表示される。
『認証拒否:お支払いに失敗しました』
どういうわけか、決済が弾かれたのだ。
魔導具の改良作業はすでに始まっている。
今さら「やっぱりやめます」と言うわけにもいかない。
かといって、198万円もの現金を持ち歩いているはずもない。
他の決済手段も検討するが、前世と違って何もなかった。
「お客様、もしかして……お支払いができないのですか?」
シズルの目つきが途端に険しくなった。
評価(下の★★★★★)やブックマーク等で
応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。














