015 スライムの葛切り①
その日は、宿屋でシズルと楽しい時間を過ごした。
刺激的で魅惑的なひとときだったが、それはさておき翌日へ――。
「この先が地下18階だ。覚悟はいいな?」
俺はアリスとミャオを連れて、ダンジョンの地下17階に来ていた。
目の前には地下18階に通じる黒いゲートが浮かんでいる。
「覚悟はできているにゃ!」
「わたくしも問題ございませんわ!」
「いざ、熱波に見舞われた大平原へ!!」
俺たちは意気揚々とゲートをくぐった。
「あちぃ……! 酷暑ってレベルじゃねーぞ!」
「息をするのも苦しいですわ……」
「ミャオもへろへろにゃぁ……」
待っていたのは、想像を上回る灼熱地帯だった。
空は赤黒く染まり、遠くに見える火山からは噴煙が上がっている。
クラークは「酷暑」と表現していたが、それどころではない。
酷暑ではなく極暑だ。
まるでサウナのような暑さだ。
アメリカのデスバレーを彷彿とさせる。
「涼しい顔をしているのは屋台だけだな……」
屋台にはこれといった問題は起きていない。
シズルの工房で耐熱仕様に改造してもらったおかげだ。
魔石も取り替えたため、エネルギー切れの心配もないだろう。
「こまめに水を飲みながら、セーフティゾーンを目指そう」
俺は進路を指した。
嫌なことに、火山のある方角だ。
セーフティゾーンは、二つのゲートの中間付近にある。
「暑さを嘆いても始まらない。行くぞ!」
二人に水筒を渡し、俺は自分で屋台を引いた。
「ああ……冷たいお水がたまりませんわ!」
「いつもより美味しく感じるにゃー!」
二人は汗だくになりながら水を飲んでいる。
その姿に、俺は思った。
(汗に濡れて服が肌に張り付いている……悪くないな……)
ついつい邪な妄想に駆られてしまう。
(いかんいかん、シズルと一晩過ごしたことで、邪念を抱きやすくなっている。集中しないと……!)
俺は邪念を振り払うように首を振った。
「大将、本当にこの階で料理をするつもりにゃ……?」
「そうだが?」
「こうも暑いと料理を食べる気にもならないにゃ……」
ミャオは舌を出してハアハアと呼吸を乱している。
「たしかに、角煮丼や天ぷらを食う気にはならないな」
この点については、昨日の時点から頭を抱えていた。
俺の提供する料理は、熱々で美味しいのがウリなのだ。
しかし、この階でいつもと同じメニューでは成功しない。
「では、何を作るおつもりですの?」
アリスは水筒の水を飲み干すと、右手を顔に向けた。
それから口を大きく開き、水魔法で新たな水を生み出す。
「ブベボッ!」
しかし、放たれたのは消防隊の放水よりも強力な水の塊だった。
喉は潤ったものの、水流の勢いで後方に吹き飛んでしまう。
「相変わらず力加減の下手な女だ……」
俺は「やれやれ」と苦笑した。
「それで大将、看板メニューは何にするにゃ?」
「冷たいものにしようと思っている」
「具体的には何にゃ!?」
「それは……これから考える!」
「にゃんだってー!?」
ミャオがずっこけた。
「まずはこの階層で何が調達できるかを確かめる必要がある。大丈夫、魔物を見ていれば何かしら閃くさ」
前世で培った経験と、現世で培った経験。
それらを合わせれば、どんな困難も乗り越えられる。
俺には自信があった。
◇
セーフティゾーンに到着した。
大平原のど真ん中だが、他と違って草が踏み固められ、土が露出している。
多くの冒険者が休憩所として利用している証だ。
空気が澄んでいて美味しいし、中層にも近い。
普段は多くの冒険者が集まっていることだろう。
しかし、今は誰もいなかった。
「はぁ……はぁ……へろへろにゃぁ……」
「汗が……止まりませんわ……」
ミャオとアリスがへたり込む。
「思ったんだが、アリスはBランクの冒険者で魔法も達者だろ? 耐熱魔法とか使えないのか? 前に客が言っていたけど、中層にはここのような暑いエリアもあって、そういうときは耐熱魔法で凌ぐらしいぞ」
「もちろん使えますが……わたくしの使える耐熱魔法は自分専用なので、自分だけ快適なのは気が引けまして……」
俺は「ふっ」と笑った。
「仲間思いは結構だが、大事なのはパフォーマンスだ。遠慮せずに使ってくれ」
「では……! 〈フレイムレジスト〉!」
アリスが右手を掲げて魔法を発動する。
彼女の体が一瞬だけ赤く光った。
「はぁー! 涼しいですわー!」
アリスの口から安堵の声が漏れる。
先ほどまでの様子が嘘のように快適そうだ。
「羨ましいにゃ……。ミャオは駆け出しの冒険者だし、冒険者学校にも通っていないから魔法は覚えていないにゃ……」
アリスと違ってミャオの冒険者ランクは低い。
下から二番目のEランクだ。
「それにしても、シュウジさんはどうして平気ですの? 魔法や耐熱装備がないのに不思議ですわ」
「別に平気じゃないよ。ただ、二人よりは慣れているだけさ。サウナとか好きだしな」
俺はリアカーから離れ、手を額にかざして周囲を見渡した。
それから、目的地を指した。
「とりあえず、あそこの川に行ってみよう」
「川ですか?」
「この暑さが理由なんだと思うが、あまりにも魔物が少ないからな」
地下18階に着いてから、一度も戦闘が起きていない。
それどころか、魔物の姿が見当たらなかった。
「川がダメならプランBにゃ……」
ミャオは今すぐにでもプランBに移行してほしい口ぶりだ。
「そうするしかないな」
今回、事前に二つのプランを考えていた。
プランAは地下18階で営業する案で、プランBは地下17階か地下19階で営業する案だ。
屋台をセーフティゾーンに残して川に移動した。
見たところ普通の川だ。
川幅は約10メートルで、流れは非常に穏やか。
「見てくださいませ! お魚が泳いでいますわ!」
アリスが川魚を指す。
「あれは魔物なのか? それともダンジョン魚?」
「あれはダンジョン魚ですわ! 魔物はもっと魔物っぽい見た目ですから!」
「ふむ」
ダンジョン魚とは、その名のとおりダンジョンに生息している魚だ。
魔物とは違って普通に食えるため、冒険者が好んで食べている。
また、しばしばダンジョンの外で振る舞われることもある。
流通量が少ないため、超高級食材として知られている。
味は淡泊なものが多い。
「川に来れば魔物がいるかと思ったが、当てが外れたな」
「やはりプランBにゃ……!」
「たしかにこの様子では、ここでの営業は断念せざるを得ないな」
ミャオの顔がパッと明るくなる。
「だが、その前に川遊びだ!」
「「川遊び!?」」
「暑さのおかげで魔物がいないし、目の前には綺麗で流れの遅い川がある。そして気温はクソ暑い。となれば、川で束の間のひんやりを楽しむに限る!」
俺は光の速さで全裸になり、そのまま川に飛び込んだ。
「シュウジさん!? ダンジョンで川遊びなんて危険ですわ!」
アリスが冷静に止める一方――。
「大将、豪快すぎにゃー! ミャオも川遊びするにゃ!」
ミャオは俺に続いた。
俺と同じように全裸で川に飛び込む。
不思議なことに、服を着ているときよりエロくなかった。
体つきが子供っぽいからだろう。
「かぁー! めちゃくちゃ気持ちいいぜ!」
「冷たくてたまらないにゃー!」
俺はクロールで川を泳ぎ、ミャオは川の上にぷかぷか浮いている。
「この川、思ったよりも深いな。水深が1メートル以上あるぞ……って、ん?」
泳ぎ終えて川底に足をつけたときだった。
「どうされたのですか? シュウジさん」
アリスが川岸から心配そうに見ている。
「川底に何かあるぞ」
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