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料理の巨匠、ダンジョンで魔物メシを提供する ~危険地帯で屋台を開いた結果、冒険者の胃袋を掴んでしまいました~  作者: 絢乃


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013 久しぶりの休業日①

 それから1週間、俺たちは地下10階で営業を続けた。

 特区に戻ることなく、ダンジョンに籠もって野営していたのだ。

 これは補給せずにどれだけ粘れるかの実験でもあった。


「さすがに1週間もすれば調味料が底をついたな」


 夜、俺は締めの作業をしながら呟いた。

 独り言のつもりだったが――。


「いやいや、1週間も持続できただけで十分すごいですわ! 前半と後半でメニューを変えることで調味料の消費を調整するなど、シュウジさんの技術は天井知らずでしたわ!」


 アリスが答えた。


「ミャオも同感にゃ! 大将はすごすぎるにゃ!」


「みんなのおかげだな」


 地下10階だけでも数種類の魔肉と野草が手に入る。

 そのうえ、アリスには他の階層でも食材を調達させていた。

 以前までなら考えられなかったが、ミャオのおかげで可能になった。

 アリスの酷い方向音痴も、ミャオが一緒なら乗り切れる。


「さて、給料の時間だ」


 俺は売上を計算したあと、茶封筒にお金を詰めた。

 金額を確認してから、ミャオに手渡す。


「今日もお疲れさん。ほら、給料だ」


「にゃっ! ありがとにゃ!」


 ミャオが封筒を受け取り、中身を確認して目を輝かせる。


「またまた3万円にゃー! 本当にこんなにもらっていいのかにゃ!?」


「気にするな。うちは実力主義だからな」


 日当の内訳は、基本給12,000円と成果報酬18,000円だ。


 ミャオは本当によく働く。

 愛想がよく、客からの評判も上々だ。

 色をつける価値は大いにあった。


「やっぱり羨ましいですわね……! ミャオさんだけ……!」


 アリスが恨めしげに睨んでくる。


「そんな顔をしても、お前にはビタ一文払わないからな」


「ぶー、シュウジさんは意地悪ですわ!」


「なるほど。じゃあ、アリスの報酬体系もミャオと同じにしよう。今日も景気よく食べていたから、報酬から料理代を差し引くと……」


「い、いえ! 今のままで大丈夫ですわ!」


「わかればよろしい」


 俺はにっこりと笑った。

 アリスには、お金の代わりに大量の料理を提供している。

 客に提供する際の価格に換算すると10万円を余裕で超える量だ。

 金銭で支払うほうが安く済む。


「これで借金が完済できるにゃー!」


 ミャオが封筒に頬ずりしながら歓喜の声を上げた。

 彼女が今日まで働いていたのは、冒険者として立て直すためだ。


 つまり、借金の完済が目的だった。

 それが終わったということは、雇用契約の終了を意味する。


「すると、今日でこの店を卒業か」


「……寂しくなりますわね」


 俺が言うと、アリスもしんみりとした表情でミャオを見た。

 騒がしいのがいなくなれば静かにはなるが、戦力ダウンは否めない。

 かといって、そう簡単に新戦力は見つからないだろう。

 屋台『てづか』は紛れもないブラックだ。


「何言ってるにゃ? 明日からも働くに決まってるにゃ」


 ミャオがあっけらかんと言い放った。


「いいのか? もう借金はないんだぞ? 食材を盗もうとしたことの贖罪も済んでいる」


「こんなに美味しい仕事、他にはないにゃ。ご飯は美味いし、大将は優しいし、お金も稼げる……ここがミャオの居場所にゃ!」


 ミャオは尻尾をピンと立てて宣言した。

 驚いたことに、労働環境の良さで心を掴んでしまったらしい。

 どうやら彼女にとって、屋台『てづか』はホワイトのようだ。


「そうか。なら、これからも頼む」


「任せるにゃ!」


 こうして、ミャオは今後も俺たちと活動することになった。


 ◇


 次の日。

 久々の特区ということで、今日は休むことにした。

 前回の休業日と違い、従業員たちには完全な休暇を与えている。


 俺はというと、屋台を魔導具工房に預けて特区の外周を歩いていた。


 隣には工房長のシズルも一緒だ。

 艶やかな紫の長髪をなびかせ、俺に腕を絡めている。

 胸元の大きく開いたドレスは、すれ違う男たちの視線を釘付けにしていた。


「今日は誘ってくれてありがとう、シュウジくん。ふふっ、すごく嬉しいわ」


「何かとお世話になっているから、そのお礼さ」


 シズルには、前から「デートに誘え!」と迫られていた。

 どうやら彼女は「実力のある若者」をたらしこむのが好きらしい。

 俺は18歳なので、すっかりロックオンされていた。


 また、シズルには何かと恩がある。

 屋台の改造やメンテナンスを相場より安く受けてもらっていた。

 うちが膨大な客を快適に捌けるのも、彼女の工房のおかげだ。

 デートで満足してもらえるなら安いものである。


 それに、シズルは美人で胸が大きい。

 このデートは俺にとって、ご褒美でもあった。


「でも、わざわざ特区内でよかったの? 外の街に行けばもっと遊べる場所もあるでしょうに」


「普段は仕込みと営業で手一杯だからな。休みのついでに調査も兼ねて特区を見て回りたかったんだ」


「ふふ、若いのにすごい仕事人間ね。さすがは私の見込んだ男」


 シズルが楽しそうに笑う。

 上目遣いで俺を見上げ、舌なめずりすることも忘れない。


「あ! シュウジだ!」


「本当だ! いつもダンジョンにいるから珍しい!」


「隣にはすげー美女がいるぞ!」


 正面から歩いてきた冒険者連中が俺に気づいた。

 常連客だ。


「よっ! またいつでも食いに来てくれよ。次は地下15階辺りで営業しようと思っているからよろしくな」


 俺は連中に軽く挨拶すると、足を止めることなくすれ違った。


「シュウジくん、本当に人気ね」


 シズルが腕の力を強め、さらに胸を押し当ててくる。


「ダンジョンで美味いメシを提供しているのはうちだけだからな」


「そんなすごい人の屋台を任されているってことで、私も上から評価されているのよね」


「そうなのか? むしろ割引価格で依頼を受けすぎて怒られているのかと思ったよ」


「ぶっちゃけ利益率でいえば、シュウジくんの屋台はそこまで儲かっていないわよ。でも、シュウジくんが愛用してくれていることが宣伝になって、新しい顧客の獲得につながっているからね」


「なるほど、俺は広告塔というわけか」


「ふふ、そうね。だから、このデートは私からのお礼でもあるの。ということで――」


 シズルは斜め前の宿屋を指した。


「――あそこで休憩していかない?」


「休憩……」


「そう、ただの休憩。足が疲れちゃったし、休みだからゆっくり過ごしたいでしょ?」


 シズルが耳元で「いいでしょ?」と囁き、息を吹きかけてくる。


(こんな美女の誘いを断るわけにはいかないよな)


 俺には恋人がいない。

 シズルと宿屋で過ごすことに後ろめたさもない。

 だから、遠慮なく引き受けようと思ったのだが――。

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