012 マンドラゴラの天ぷら③
やってきた10人の冒険者たちは、俺を見るなり目の色を変えた。
「いたいた! シュウジ、何か食わせてくれ!」
「体がボロボロでさー、シュウジのメシで回復しないとやべーんだ!」
「頼むぜシュウジ!」
屋台の前に「準備中」の立て看板を置いてあるが、連中は完全に無視している。
だが、俺は気にしていなかった。
連中に限らず、他の冒険者も同じようなものだからだ。
むしろ「準備中? なら出直すよ」などと言う冒険者のほうが少ない。
「ダンジョンねぎまならすぐに出せるけど、それでいいか?」
「おうよ! キンキンに冷えたビールも頼むぜ!」
「ビールは嵩張るから持ち込んでいない。魔物の血で作ったビールもどきでいいか?」
「それだよ、それ! それを頼む!」
「はいよ」
魔導焼き台にダンジョンねぎまをセットする。
焼き上がりを待つ間に、マンドラゴラの下処理を進めた。
一口サイズにスライスして、新たに持ってきた縦長の木箱に入れる。
シズルの工房で買った魔導燻製器だ。
魔石で動作する上に、燻製速度が非常に速い。
「スイッチオンっと!」
マンドラゴラを燻していく。
燻製器から香ばしい煙が放たれた。
「これが大将の下処理にゃ!?」
「燻製が肝なんですの!?」
「大事なのはマンドラゴラの水分を抜くこと。別に燻製じゃなくてもかまわない。ただ、この燻製器を使ったほうが短時間で済むし、燻製ならではの香りも付くから仕上がりがいいんだ」
マンドラゴラに血液はない。
しかし、体内の水分含有量は高く、約50%が水だ。
この水こそが不味さの原因であることを、俺は突き止めていた。
「ほらよ、ダンジョンねぎまだ」
燻製を待っている間、腹ぺこの野郎どもにねぎまを提供する。
あと、オーダーにあったビールもどきの魔物ドリンクも出した。
「「「うひょー!」」」
冒険者連中は飛びつくように頬張り、口を揃えて「うめぇ!」と叫ぶ。
「シュウジさん、わたくしも……」
「ミャオも食べたいにゃ……」
当たり前のように、アリスとミャオも席についている。
カウンター席が埋まっているため、二人はテーブル席を使っていた。
「そう言うと思って、お前らの分も用意してある」
二人にもダンジョンねぎまを出す。
「シュウジさんの料理はいつ食べても最高ですわー!」
「幸せな気持ちになるにゃー!」
アリスとミャオも大喜びだ。
(さて、俺は天ぷらを仕上げないとな)
燻製器からマンドラゴラを取り出した。
水分が抜けたことで、すっかり萎んでしまっている。
残りの工程は一般的な天ぷらと同じだ。
薄く衣をまとわせ、適温に熱した油へと滑らせる。
ジュワアアアッ!
天ぷらを揚げている際の小気味いい音が響く。
「シュウジ、何を揚げているんだ?」
「スパイシーないい香りがするぞ!」
「マンドラゴラだ」
「「「マンドラゴラ!?」」」
「今日の目玉商品だぜ。せっかくだから食っていけよ。本体のスライス四切れと葉二枚で2200円だ」
これまでに比べると少し高い価格設定だ。
ただ、場所や食材の相場を考えると割安であることに変わりはない。
そのため、冒険者たちは難色を示すことなく受け入れた。
「よし、じゃあ試しに食ってみるか!」
「そうだな! シュウジ、三人前頼むわ!」
「はいよ。ミャオ、客から代金を受け取るんだ」
「了解にゃ!」
俺は皿を三枚用意し、それぞれにマンドラゴラの天ぷらを盛り付けた。
「さあ、召し上がれ! ここでしか味わえないマンドラゴラの天ぷらだ!」
冒険者連中の前に、ドンッと皿を置く。
連中は「おー!」と感嘆し、恐る恐る箸で天ぷらを摘まんだ。
そして、意を決したようにぱくんと口へ放り込む。
「な、なんだこの味は!」
「揚げ物とは思えないほどさっぱりしている!」
「ピリッとした辛さがいいアクセントだ!」
「しかも体中から力がみなぎってくる!」
「美味いだけじゃない! マンドラゴラの滋養強壮作用が半端ねぇ!」
冒険者たちは口々に絶賛した。
ダンジョンねぎまと合わさって、彼らの傷が瞬時に癒えていく。
「紅ショウガの天ぷらから着想を得たんだ」
俺は追加の天ぷらを揚げながら話す。
これはアリスとミャオ、そして俺の分だ。
「紅ショウガの天ぷら!?」
「関東だと馴染みないが、大阪では一般的な天ぷら料理だ。俺が使ったマンドラゴラは燻製しているため、紅ショウガに比べてマイルドな味わいになっている。だが、強い滋養強壮効果のおかげで、飲み込んだあとに強烈な刺激が楽しめるはずだ」
解説しつつ、皿にマンドラゴラの天ぷらを盛る。
それを、いつの間にか隣で待機していたアリスに渡した。
「んふぅー! たまりませんわー!」
アリスはテーブル席に戻ると、すぐさま天ぷらを食べた。
歩きながら食べないあたり、食事のマナーを重んじていることがわかる。
「美味しいにゃ! マンドラゴラなのに美味しいにゃ!」
ミャオも大喜びだ。
箸を使わずに手で取って食べている。
そして、食後にはその手をペロペロと舐めていた。
獣人ならではの行動だ。
「さて、俺も一口……!」
自分用に取り分けておいた天ぷらを食べる。
「うん、完璧だ! 昨日の試作品より美味い!」
本体は適度な辛さと後から込み上げてくる滋養強壮作用がいい感じだ。
葉はさっぱりしていて、さながら胃薬のように胃を癒やしてくれる。
油断すると際限なく食べてしまいそうだ。
「よし、準備は整った! 開店するぞ!」
「了解にゃー!」
「了解ですわー!」
立て看板を「営業中」に変更する。
それから数分で、見計らったかのように多くの冒険者がやってきた。
「マンドラゴラの天ぷらうめー!」
「シュウジ! 天ぷらのおかわり五人前!」
「レッドボアの角煮丼も頼む!」
「ダンジョンねぎま20本!」
あっという間にセーフティゾーンが賑わう。
カウンター席とテーブル席はあっさり埋まってしまった。
席を確保できなかった連中は地べたに座って食べている。
「す、すごい数のお客さんにゃー!」
「まだまだ序の口だ。これから夕方にかけてもっと忙しくなるぞ! ミャオ、気張れよ!」
「ひぃぃぃぃ! ブラックにゃー! でも楽しいにゃー!」
マンドラゴラの天ぷらは大好評で、この日の営業も大成功に終わった。
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