011 マンドラゴラの天ぷら②
次の日――。
朝、俺はアリスとミャオを率いてダンジョンに入った。
順調に進み、地下10階に到着したのは昼前の頃だ。
「いやー、改良された屋台は快適だにゃ! 昨日よりも大きくなったとは思えないにゃ!」
セーフティゾーンに着くと、ミャオがリアカーから離れた。
「シズルの工房は今回もいい仕事をしてくれたな」
俺は腕を組み、リアカーを眺める。
追加の荷車が2台も連結されたことで、積載量が三倍になっていた。
新たな荷台には野営道具のほか、予備の調味料などを積んでいる。
それでも軽く感じるのは、リアカーや荷車を魔導具にしたからだ。
おかげで、電動アシスト自転車のような快適性が手に入った。
少し押しただけで、すいすいと滑るように動くのだ。
もちろん、こうした改良には結構な費用がかかった。
数日かけて貯めた550万円を丸ごと持っていかれたのだ。
おかげで今の俺は無一文に近い素寒貧である。
「――というわけで、作業分担だ。ミャオは屋台と野営の準備をすること。仕込みは俺が担当する。言っておくが、ミャオ、食材には触れるなよ。盗み食いは素振りを見せただけでもギルティだ」
「にゃ!? にゃハハ……盗み食いなんて、ミャオはそんなことしないにゃ。大将、人聞きが悪いにゃァ……!」
俺は「どうだかな」と笑った。
「シュウジさん、わたくしはどうすれば?」
「アリスはいつもどおり魔物の乱獲を頼む。できれば、マンドラゴラを多めに集めてくれると嬉しい。今日の看板メニューにしたいし、余ったら売って売上の足しにする」
「かしこまりました! それでは、行って参りますわー!」
アリスは抜刀し、剣を振り回しながら走り去っていく。
「道に迷うなよー!」
「地図があるので大丈夫ですわー!」
全くもって信用ならない返事だが、大丈夫だと信じよう。
「大将、マンドラゴラの乱獲は難しいのではないかにゃ?」
「その点は問題ない。アリスは方向音痴以外は概ね完璧だからな」
ミャオの言うとおり、マンドラゴラの乱獲は難しいとされている。
マンドラゴラが非常に繊細な魔物だからだ。
地中から引き抜こうとすると、強烈な悲鳴を上げる。
この悲鳴が厄介だ。
聞いた者を即死させると言われているが、現実には叫んだ本人が死ぬ。
しかも、そうして死んだマンドラゴラは即座に腐って使い物にならない。
だが、アリスには関係なかった。
土魔法で地面を操り、抜く前にマンドラゴラを仕留めるからだ。
そのため、彼女はマンドラゴラの乱獲に何ら苦労しない。
「大将、準備できたにゃ!」
「お疲れさん。水分補給を済ませたらアリスの補助に行ってくれ。荷物持ち兼ナビゲーターとしてな」
「大将は人使いが荒いにゃー! ところで、ナビゲーターとはどういう意味にゃ?」
「アリスは極度の方向音痴なんだ。だから、ミャオがここまで案内してくれ」
「そういうことにゃ! それなら任せるにゃー!」
ミャオは敬礼すると、籠を背負って走り去った。
驚いたことに、アリスが消えたのとは全く違う方角に消えていった。
いや、違うどころではない。真逆だ。
「おいおい、あいつも方向音痴なのか……?」
俺は苦笑いを浮かべ、仕込みを進めた。
道中で手に入れた魔肉に串を刺していく。
肉と肉の間には、長ネギに似た野草を挟む。
人気メニューの一つ〈ダンジョンねぎま〉だ。
「レッドボアの角煮も準備しておかないとな」
俺は食材庫を開け、吊しているレッドボアの魔肉を取りだした。
地下1階を通過する際に調達したもので、不要な部位は除外してある。
あとは一口サイズに切って圧力鍋にぶち込むだけだ。
「大将! ただいまにゃー!」
仕込みに励んでいると、ミャオが帰ってきた。
意外なことにアリスも一緒だ。
二人は大量のマンドラゴラを持っていた。
「わたくしとしたことが、うっかり道に迷ってしまいましたの。ですが、ミャオさんのおかげで戻ってこられましたわ!」
「うっかり迷うってレベルじゃないと思うが……」
とにかく、ミャオを派遣したのは正解だったようだ。
「それにしても、ミャオはよくアリスの場所がわかったな」
「ふっふっふ! ミャオは鼻が利くにゃ!」
「猫ではなく犬だな……」
「失敬にゃ! ミャオは立派な猫人族にゃー!」
「まあ、実力があるのはわかった。迷子のアリスを迅速に発見できるなら、それだけで雇った価値があるというものだ」
ミャオは「にゃっはっは!」とドヤ顔で腕を組んだ。
それから、俺の作業を見てカッと目を見開いた。
「大将の手つき、半端ないにゃ!」
「ん? そうか?」
俺は喋りながらレッドボアの肉塊を切り分けている。
「ミャオですら目で追えないスピードで、しかも手元を一切確認していないにゃ!」
「それだけではございませんわ! 見てください、あの多彩な動き! 複数の作業を同時に進めていますわ!」
「うちのメニューは豊富だからな。その分、仕込みの幅も広がるわけだ」
今は俺たちしかいないが、他の冒険者が来るのも時間の問題だ。
階層によってラッシュの時間帯が異なるものの、基本的な考え方は変わらない。
目的の階層へ行く道中か、もしくは特区へ戻る道中に立ち寄る。
俺がメインにしているのは帰り際の冒険者だ。
時間帯でいうと、昼過ぎから夕方までが忙しくなる。
「基本の仕込みはこれで十分だろう。あとは二人が持ち帰ったマンドラゴラだな」
「大将、マンドラゴラでどんな料理を作るにゃ?」
「わたくしも気になりますわ。先日は苦労されていたようですが……」
「シンプルに天ぷらでいこうと思う」
「「天ぷら!?」」
「昨日、葉の部分をおひたしにしたり、本体を細かく刻んで和え物にしたりと試したんだが、どれもパッとしなくてな」
「ですが、天ぷらとなれば素材の味がダイレクトに伝わる……和え物よりも厳しいのではありませんの!?」
「そう思ったんだが、これが予想以上にいい感じに仕上がったんだ。下処理が必要だけどな――ん?」
話していると、二組の冒険者パーティーがやってきた。
総勢10人。
揃いも揃って泥だらけの傷だらけだ。
激しい戦いの後であることが一目でわかった。
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