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料理の巨匠、ダンジョンで魔物メシを提供する ~危険地帯で屋台を開いた結果、冒険者の胃袋を掴んでしまいました~  作者: 絢乃


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010 マンドラゴラの天ぷら①

 前世で修行をしていた頃、俺はさまざまな国で過ごしていた。

 その中には銃弾の飛び交う紛争地帯もあったものだ。

 だから、ダンジョンで眠ることも大して怖くはなかった。


 しかし――。


(思ったよりも熟睡できないものだな)


 夜が明ける前に、俺は目を覚ましてしまった。

 深夜のダンジョンは、不気味なほどの静寂が支配している。

 魔物も眠っているようだ。


(まあ、紛争地帯で過ごしていたのは20代の話だから仕方ないか)


 俺は体を起こして周囲を見回した。


「うふふふ……シュウジさん、そのお肉もわたくしのものですわぁ……むにゃむにゃ……」


「シュウジ……レッドボアの角煮丼……母ちゃん……ふっふっふ……」


 アリスとガストンが夢の中で俺と話している。

 ガストンの仲間たちも、気持ちよさそうな顔で眠っていた。


「誰か一人くらいは起きて警戒するものだろ……」


 俺は「やれやれ」と苦笑した。

 そんな時だ。


 カサカサッ!


 屋台の裏手から、小さな物音が聞こえてきた。


「なんだ? 魔物が盗み食いでもしてるのか?」


 物音がするのは、今回から設置した食材庫だ。

 見た目は縦長の木製棚で、冷蔵庫よりも大きくて軽い。

 扉を閉めると中が真空状態になり、食材の鮮度を保てる代物だ。

 もちろん魔導具である。


(魔物なら食材庫の扉を開けるなんて器用なことはできないはずだが……)


 恐る恐る様子を窺ったところ、食材庫の扉が開いていた。

 そして、そこに小柄な人影が見えた。


 魔物ではなく人間だ。

 アリスと二人で集めたマンドラゴラの箱を漁っている。


「おい、そこの食材泥棒」


 俺は護身用の牛刀を手に持ち、盗人に近づいた。

 食材庫のマンドラゴラは、料理の研究に使おうと残しておいたものだ。


「……!」


 小柄な盗人が体をびくりと跳ねさせる。


「俺が必死に集めた高級食材を盗もうとはいい度胸だな」


 マンドラゴラは、魔物でありながら忌避されない食材だ。

 見た目は手足の生えた人参のような姿で、髪の代わりに葉が生えている。

 強い滋養強壮効果があり、ポーションや栄養ドリンクとして利用されている。

 それゆえに、高級食材として広く知れ渡っていた。


「ち、違うにゃ! これには深い訳があるにゃ……!」


 盗人が振り返る。

 その顔を見て、俺は少し驚いた。


 赤いボブカットの髪から突き出た、三角形の獣の耳。

 お尻の方では、しなやかな長い尻尾が不安げに揺れている。


「お前……亜人か」


 亜人とは人間に似た特徴を持つ、人間とは異なる種族のことだ。

 獣人やエルフなど、その種類は多岐にわたる。


 今回の相手は見たところ猫の獣人だった。

 年齢は俺より少し下……16歳前後だろう。

 露出度の高い軽装で、引き締まった腹や健康的な太ももが見えていた。

 両手にマンドラゴラを握った状態でホールドアップしている。

 金色の丸い瞳が、俺の牛刀を見て恐怖の色に染まった。


「……で、出来心にゃ! 腹が減って死にそうだったんだにゃ!」


 獣人の少女は、マンドラゴラを食材庫に戻して土下座した。


「だからといって盗んでいい理由にはならないぞ。何か食いたいならお代を払ってもらわないとな」


 そう言いながら、俺は内心で驚いていた。


(この女、マンドラゴラをそのまま食おうとしていたのか。獣人の胃は人間よりも強靱だから問題ないのかもしれないが、普通なら不味くて食おうとは思わない。よほど腹が減っているのか)


「うぅ……お金はないにゃ。借金取りに追われてて、装備も質に入れちまったんだにゃ……」


 身なりを見る限り、お金を持っていないのは本当らしい。

 アリスやガストンと違い、少女は武器すら持っていなかった。


「それは不憫だが、見逃すわけにはいかない。ダンジョン内で営業している以上、こっちも舐められたら終わりだ。窃盗未遂については、相応の落とし前をつけてもらう」


「ひぃ……! ど、どうすればいいにゃ……?」


「単純な話だ」


 俺はニヤリと笑った。


「体で支払ってもらう」


「……へ?」


 少女が顔を上げ、耳を伏せて凍りついた。

 その顔がみるみるうちに赤くなり、涙目で自分の身体を抱きしめる。


「そ、そんな……ミャオはまだ、そういう経験ないにゃ……! でも、命を取られるよりはマシ……なのかにゃ……?」


「何を勘違いしている」


 俺は屋台の棚から予備のエプロンを取り出し、ミャオ――少女――の顔面に放り投げた。


「労働だ、労働。明日から俺の手足となって働いてもらう」


「……はたらく?」


 ミャオはエプロンを両手で掴み、きょとんとした表情を浮かべた。


「アリスは頑張っているが、それでもあと一人か二人は従業員がほしいと思っていた。そこでお前の出番だ。たっぷりと奉仕してもらう」


「奉仕? つまり、ただ働きってことかにゃ!? ブラックだにゃ!」


「安心しろ。最低賃金だが給料は出す。出来が良ければ追加報酬も支払おう。それにまかない付きだ」


「やりますにゃ! 明日と言わず今から働きますにゃ! 大将、よろしくお願いしますにゃ!」


 ミャオの尻尾がピンと垂直に立った。

 現金なやつだ。


「心意気は買うが、今は深夜で店は営業していない。仕事は明日からだ。それと、二度と食材を盗もうとするなよ? 俺は食材の管理にはうるさいんだ。少しでも足りなければお前を調理してやるからな」


「わ、わかってるにゃ……大将、目が笑ってないにゃ……」


 こうして、屋台『てづか』に新しい従業員が加わった。


 ◇


 翌朝、俺はアリスにミャオのことを紹介した。

 雇うようになった経緯も説明したところ――。


「ずるいですわ! わたくしはお給料をいただいていないのに!」


 ――言葉だけ聞くと正論のような文句が返ってきた。


「じゃあ、アリスにもミャオと同じ給料を出してやろう。しかし、まかないは一人前のみ無料とし、おかわりは有料にするぞ」


「わたくしはお給料など必要ありませんわー!」


 アリスは納得し、俺の用意した魔肉丼を豪快に食べる。

 米がほとんど残っていないため、代わりに肉と野菜を多めにしておいた。

 野菜はマンドラゴラの葉など、この階層で採れた野草が中心だ。


「大将の料理、めちゃくちゃ美味しいにゃ! たまらないにゃ!」


 アリスの隣では、ミャオが嬉しそうに食べている。


「数種類の魔肉を個別に下処理し、専用のタレに漬け込んで味をまとめた。なかなか悪くない一品だろ?」


「悪くないどころか最高だぜ! さすがは俺たちのシュウジだ!」


 ガストンも魔肉を口にかきこんでいく。

 彼と彼の仲間たちは、当たり前のように加わっていた。


「念のために言っておくが、ガストンたちは有料だからな。手間暇などを考えると最低でも1000円は欲しいところだが、特別に500円でいいぞ」


「安すぎるぜ、シュウジ! ごちそうさん!」


 ガストンたちは食べ終えると、代金を支払って去っていった。


「さて、俺たちも特区に戻るとしよう」


「商売しないにゃ?」


 ミャオが不思議そうに首を傾げる。


「ああ、一度戻って野営に必要な装備を揃えたい。テントやら着替えやら、長期間のダンジョン生活にも耐えられるようにしたいものだ」


「そうですわね。野営をするのは結構ですが、昨日のように地べたでそのまま寝るのは避けたいところですわ」


「なるほどにゃ! ミャオは大将に従うにゃ!」


「そんなわけだから、ミャオは屋台を引いてくれ。アリスは護衛を頼む」


「了解にゃ!」


「了解ですわ!」


 かくして俺たちは、一度、特区まで戻ることにした。

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