辺境への旅 6
旅は至極順調だった。
初めのうちは、貴族令嬢に過酷な旅など耐えられないと思っていた護衛たちも、すぐにエルミナであれば問題ないと理解した。
――エルミナについてきた護衛たちは、優しく可愛らしい主人に元々親愛の情を持っていたし、辺境から来た護衛たちも初恋を拗らせているらしいレオンと、レオンに好意を抱いているが恋や愛には届かないエルミナとの関係を楽しみつつ、まだ年若い二人を可愛がっていた。
「次の街には宿がないから、領主の館に泊まるのですね」
「ああ……気は進まないが。領主は君の家を筆頭とする中立派に所属している。寄らないわけにも行くまい」
エルミナは目を細めた。
その表情は貴族らしく、派閥の力関係や今後を計算しているようにも見えた。
「お任せください、お嬢様! 今宵は誰よりもお美しく装いましょう」
「そうね……すっかり身軽な服装に慣れてしまったけれど」
護衛たちは、美しくあっても朗らかで分け隔てないエルミナが貴族令嬢……しかも、社交界の中心にいたことを忘れていた。
護衛たちに、素を見せてくれるようになった第三王子レオンが、氷のような王子であると言われていたことも。
身支度を終えて現れた二人は、すでに社交界に相応しい表情を浮かべていた。
白銀の髪は緩やかに波打ち、淡い紫色の目は細められていても感情を映していない。
エルミナ・シュラエ侯爵令嬢……護衛たちも表情を改めた。
「どうぞ手を」
手を差し伸べたレオンは、王族としての衣装に身を包んでいた。
エルミナのドレスは、ごく薄いグレーの布地に、各所に飾られた濃い紫色の細いリボン、ふんわりとしたスカート部分のシルエット、可憐な彼女によく似合っている。
この街のあるベーテ領の領主は、中立派――つまり、シュラエ侯爵家との関係が深い。
エルミナとレオンが婚約者になったことはすでに伝えられて、歓迎と祝いの宴が用意されていた。
「どこに行く、ウォルター隊長」
「殿下……俺は庶民です。館の周囲を警戒いたします」
「何を言う……これから先、長く仕えてもらう予定なのに、それでは困る」
「しかし、シュラエ侯爵家の護衛たちは騎士。宴内部の護衛は、そちらに譲るのが筋かと」
「では貴殿を王子直属の騎士に任命しよう」
いつも子ども扱いされていることへの意趣返しなのか、それともここまでの旅で警戒心の強いレオンがウォルターを信頼したからなのか。
おそらく後者であろう。初めこそ敵意を向けてきたウォルターだったが、レオンが仕えるに足る実力を持っているとわかるや、揶揄いながらも忠義を捧げてきた。
「では、フィル。お願いね」
「かしこまりました。王子直属の騎士らしく整えてまいりましょう」
「え……やだ」
フィルは案外力強い。
彼女は侍女であると同時にエルミナの優秀な護衛なのだ。
次に現れたとき、ウォルターの無精髭はすっきりと剃られ、ボサボサの髪はまとめられ、凛々しいイケオジに変わっていた。
「あら……」
「君はああいうのが好みか」
レオンが少しだけ不機嫌な声でエルミナを引き寄せる。
エルミナは彼の顔を見つめた。
整った顔、鍛えられているが若々しくしなやかな体。
見た目でいえば、レオンこそエルミナの好みど真ん中なのである。
素直なエルミナは、素直に思ったことを伝えることにした。
「レオン様が、一番かっこよくて素敵ですよ」
「そ……そうか」
レオンはエルミナから視線を逸らした。
おそらく自分の頬が赤くなっているのを隠そうとしているのだ。
しかし、耳まで赤いので隠しきれていない。
もちろんエルミナがそのことを指摘することはない。
ただ、ほんの少し口元を緩めただけだ。
「行くぞ」
「ええ」
二人は歩調を揃え、優雅に歩き始めた。
* * *
今日この日は、エルミナとレオンが婚約者同士として初めて宴に参加した日として記録に残っている。
ベーレ領の記録によれば、エルミナは妖精のように可憐で、レオンは凛々しく、大変お似合いの婚約者であったという。二人はとても博識で、護衛騎士たちは皆、見目麗しく練度が高かったらしい。
だがエルミナが残した手記には、レオンと参加した宴について詳しい様子は書かれていない。
彼女が手記に記したのは『大型魔獣の剥製、牙を削って作られた武器。飾られている品は何もかも素晴らしく、この館に住みたいくらいだった』という、館に飾られた魔獣関連の品を大絶賛する内容であった。




