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魔獣学者エルミナの手記  作者: 氷雨そら


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辺境への旅 5


 辺境への旅では、すぐに次の街に着くこともあれば、次の街まで離れていることもある。


 辺境に近づけば近づくほど、街と街の距離は離れ、いつしか村へと変わっていく。


 馬車に乗って行けるのも街道が途切れるまで。当時の辺境は未開の地であった。


 ――というわけで、街道が途切れ、今日は野宿なのである。


「……地面に敷物を敷いて寝るのですね」

「君には酷だろう。だが、この先はもっと」

「野宿! 魔獣学者っぽい!」

「……」


 エルミナはさっさと自身の敷物を敷いて寝転んだ。彼女は強い。主にメンタルが。


 そこで彼女は何かに気がついたらしく、ガバリと起き上がった。


 護衛は十五人。

 レオンは強いから、高位魔獣に襲われようと問題ないだろうが……王族の移動とは思えないほど数が少ない。


 これでも十人増えたのだ。

 シュラエ侯爵家のお抱えの騎士たちである。

 つまり、レオンに付き従っていた護衛はたった五人。

 しかも辺境から迎えに来た者ばかりである。


「……寝ずの番の順番も聞かずに寝るなんて、申し訳ないことをしました」

「……?」


 護衛隊長のウォルターが、唖然とした顔をした。エルミナは貴族令嬢のはずである。

 しかも、夜会の中心で艶やかに咲き誇る花のような女性と噂されているのだ。


 それがどうだろう。

 確かに髪や肌は、追いついてきた侍女フィルにより整えられているし、花のような美貌だ。

 しかし、令嬢は通常、寝ずの番を自らするなど思いもしなかろう。


「我々は交代で寝ますので、お嬢様はどうかお休みください」

「そう……」


 ウォルターには子どもが八人いるらしい。

 末の子どもがレオンと同い年。エルミナと同い年の子どももいるという。

 レオンとエルミナ二人の扱いは、もはや子を持つ父親のそれだ。


 エルミナは、残念そうな表情を浮かべたが、すぐにおとなしく引き下がる。ウォルターに迷惑をかけてはいけないと自重したのだ。


 そして再び、地面に敷いた敷物にごろりと横になった。

 この敷物は父が持たせてくれた物で、魔導具の一種。冷えを遮断してくれる優れものだ。


 フワッとエルミナの上にマントが掛けられた。


「レオン様」

「風邪を引く」

「レオン様こそ」

「知らないのか?」

「え?」

「魔術師は魔法で周囲の空気を暖められるから、防寒具などなくても極寒の地を生き延びられるんだ」


 エルミナは思わずレオンの手を握っていた。彼女は淑女である。普段の彼女ならあり得ないが、レオンとは子どもの頃からの仲で、エルミナにとっては家族のようなものだ。


 たぶんレオンにとっては違う。

 彼の頬は赤い。


「本当に温かいですわね」

「まだ魔法は使っていないが」

「顔が赤いですわ。やはり寒いのでは」

「……っ!」


 二人の周囲を温風が取り囲んだ。

 魔法陣を使わずに魔法を使える者を、人は魔法使いという。

 普通は使えない。魔力の消費も多い。

 だが、レオンは使うことができる。

 彼は魔術師であると同時に生まれながら魔法を使うことができる魔法使いなのだ。


「相変わらず、すごいですね」

「……こんな力」

「でも、部屋の中みたいに暖かいですわよ?」

「そうか、君の役に立てるのなら――良かったのかもな」


 レオンが母を失ったのは、彼が魔法使いだからだ。王子の中で魔法使いだったのが彼だけだった故に。


 魔法使いであること。それは、本来尊ばれ喜ばれることなのだが……。


 暖かな空間でエレミナはぐっすり眠った。

 魔法を使っているために、離れるに離れられなくなったレオンが眠れたかはわからない。

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