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魔獣学者エルミナの手記  作者: 氷雨そら


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辺境への旅 3


「ちょ……レオン様!?」

「彼らは護衛とは名ばかり、俺が逃げ出さないように辺境から派遣された見張りだ。俺のことを主と認めてない。……君に危害を加えられたら困る。

「なるほど、確かに護衛は不要だな」

「え……?」


 護衛たちが立ち上がり、改めてエルミナとレオンの前に膝をついた。


「――俺に仕える気などないのではなかったのか?」

「ここまでお強いなら話は別です」


 改めて聞けば、彼らの言葉には辺境の訛りがある。

 辺境では力が全てであり、弱い者には従わぬ風習があるという。


「ですが、なぜ力を示さなかったのですか」

「……一人で戦うほうが効率が良い」

「……」


 つまり、レオンは仲間を作る気がなかったのだ。これから戦わねばならぬというのに。

 たぶん彼は生き残る気がなかったのだ。エルミナに三年後に婚約者がいなければ……と言ってときめかせておきながら。


「皆様、エルミナ・シュラエですわ。旅の間、よろしくお願いいたします」


 それは優雅な礼であった。

 エルミナが顔を上げると護衛たちは皆、呆然と目を見開いていた。


 エルミナは怒っていた。もちろんレオンにである。


()()()が申し訳ありません。けれど、彼はこう言いたかったのです。王位継承争いのせいで常に命を狙われている。俺に関わるとお前たちに迷惑をかける……と」

「は!? そんなこと思ってない!」


 レオンの叫びは子どもじみていて、それ故に説得力がなかった。

 けれどエルミナは知っているのだ。

 彼は、側妃だった母を毒殺されてから周囲から距離を置くようになったのだと。


 もちろん、エルミナも含めてのことだ。


「はー、なるほど」

「違うっ! 俺は本当に一人でも戦え……」

「殿下、こういったときは余裕の表情を浮かべ黙っていたほうが良いですよ?」


 護衛の言葉に、レオンは黙り込んだ。


 レオンに魔力で打ち負かされたからか、それとも子どもっぽさを垣間見たせいか――後者であろう護衛たちの視線からは敵意が消え、むしろ生温い。


「そういえば殿下は辺境に残してきた息子と同い年でしたね……」

「十五歳、確かにまだまだ……大人げなかったのは俺たちか」

「や……やめろ! 俺は子どもじゃ……!」


 三歳年下で弟のようだったレオンが、自分より遙かに大人びているように思えていたエルミナだが……やはり彼はあのころのように可愛い。


 そのとき、エルミナの手荷物から紫色の影が飛び出した。


「スライム! シュラエ侯爵令嬢、お下がりください!」

「待って! この子は仲間なの!」


 陛下のところに置いてきたはずの紫色のスライムは、いつの間にか分裂してエルミナの荷物に紛れ込んでいたらしい。


 スライムが護衛の一人に張りつくと、彼の頬の真新しい傷が消えた。


「これは!?」

「紫色のスライムの能力です」

「スライムの!?」


 護衛たちは驚いていたが、彼らは魔獣に慣れているようだ。辺境では人に害をなさない魔獣を家畜のように飼っていると、曾祖父が残した本にも書いてあった。


 旅はまだ始まったばかり。

 レオンはエルミナの手を引いて馬車に乗り込んだ。彼と一緒なら、辺境への旅は絶対に楽しい。

 エルミナはそう思うのだった。

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