魔獣研究 2
エルミナは家の一室に設けられた研究室に入った。
「これは……驚きました」
「研究設備がなければ、研究できませんから」
厳密に言えば、フィールドワークや文献研究であれば可能だろう。
だが、実際のところ戦う術を持たないエルミナが魔獣が多い地域に行くなんて現実的ではないし、文献研究であれば王都のほうがむしろ適している。
エルミナがしたいのは、集まった魔獣の素材を調べ、利用価値を探す研究だ。
紫色のスライムの特性を見つけたのは偶然であったが、通常は仮説と実験が必要だ。
「……どうしてドラゴンは、ムーンワームを好んで食べるのでしょうか」
「え?」
「もしかして、水場でも好む場所がありませんか?」
ウォルターは、しばらく考え込み、それから答えた。
「爺上が言っていたな……ある泉に、ドラゴンがたくさん集まっていたと」
「それはどちらに!?」
「場所までは……魔獣から逃れるうちに迷い込み、命からがら帰ってきたそうだ。だが、その泉から流れる小川の水を飲んだとき……傷が塞がったとも……」
「なるほど……では、光属性の魔力を含んだ水だったのでしょう」
エルミナは、続いてムーンワームから集めた粉を調べ始めた。
「闇属性の魔石の粉と混ぜれば光を失う。光属性です」
「……ムーンワームが、光属性?」
「治療効果があるはずです」
エルミナは、瓶の底に微かに残った粉を見つめニッコリと笑った。
「魔獣の属性の調べ方については、反対属性の魔石の粉と混ぜて魔力が消えるか否かで判別できる。ひいお祖父様の残した蔵書に書いてありました。魔獣の素材が滅多に手に入らないから、調べようがなかったですけど」
エルミナが革袋をひっくり返すと、色とりどりの宝石が転がり出てきた。
ウォルターがギョッとした顔をする。
それもそのはず。一つ一つが高品質な魔石なのだ。
それら一つで、王都に小さなお屋敷が建つことだろう。
「こんな高価な物を」
「宝石もドレスも王族の婚約者の支度金で事足りましたから……研究で手に入れたお金やお父さまからのお小遣いはほとんど魔石につぎ込んできました」
「だからって……いや、侯爵家のご令嬢であれば不思議ではないのですか。だが、他人に見せるなんて……奪われたり盗まれたらどうするんですか」
「ウォルター様は大丈夫でしょう? 私、そういうときの直感ははずしたことがないんです」
エルミナはにっこりと微笑んだ。
事実、彼女は自分にとって良い人と悪い人を見誤ったことがないのだ。
つまり、エルミナにとってウォルターは良い人なのである。
「確かに……盗みなどするくらいなら、自分の腕を切り落とした方が良いが」
「差し上げます」
「たとえ話だ」
* * *
エルミナの手記によると、辺境では盗人の腕を切り落とす法が当時まだ残っていたらしい。
実際にその刑に処せられる者はいなかったらしいが……。
力で長が決まることにせよ、王都とは違う考え方であったことが察せられる。
未開の野蛮な文化であると言う者もいたし、現在でもそのような考え方はあるが……。
手記からは、辺境への侮蔑や差別は感じられない。
彼女の手記には、ただ純粋な興味だけが書き留められているのだ。




