辺境 5
レオンは責任感が強い。
仲間と認めた者が傷つくのを許さない。
人は彼を冷たいと言うけれど……エルミナは知っている。周囲を守ろうとする姿勢が、それを知らぬものには冷たく見えるだけだ。
――彼は、優しすぎるのだ。
「居住区域の周囲は問題ありませんでしたか?」
「ああ、魔獣の姿はなかった」
エルミナはレオンに寄り添った。
彼はエルミナのことが好きなのに、そばに寄れば身を硬くする。
彼は慣れていないのだ。誰かに愛しく思われその身を気遣われることに。
――知っていたのに。
エルミナは思った。
側妃である彼の母が亡くなったとき、婚約予定だったエルミナを遠ざけたのは、優しさだった。
けれど、エルミナの生家は侯爵家。
婚約すれば、彼の後ろ盾になれたはずだ。
子どもだった当時の自分を責める気にはなれない。けれど、もう間違えてはいけない。
「……レオン様、怪我なんてしないでくださいね」
「……俺は」
レオンはエルミナの言葉を否定しようとした。彼は、自分より他者を生き残らせるため全力を尽くすだろう。
だからこそ、伝えなければならない。
帰る場所は、あるのだと。
「待っています。帰ってくるのをいつも」
「エルミナ嬢」
「帰ってこなかったら毎日泣きます。きっと死ぬまで」
「――君が、泣く?」
レオンは心底意外そうな声音だった。
一度離した手をもう一度掴むことの何と難しいことか。
「ええ、だから帰ってきてくださいね。ここに」
エルミナはレオンの手を握った。
もしも、もしも、もしも。
二人の間にはたくさんの『もしも』が溢れかえっている。
――それでも。
「……エルミナ嬢」
「あなたの帰る場所はここですよ?」
レオンの瞳が潤んだ。
どんなに強くたって、彼はまだ十五歳なのだから。
そんなことを思いながら、エルミナは微笑んだ。
「――そうだな。君が待っているのなら、帰りたい」
「ええ、待っています」
二人はしばらく抱きあっていた。
* * *
そして次の日。
レオンは今日も見回りに出掛ける。
「……帰ってくる。だから、待っていてくれ」
レオンの表情はいつになく晴れやかだった。幼い頃、エルミナにだけ見せていた笑顔だ。
「ええ、お待ちしています」
エルミナは微笑み、彼を見送った。
レオンが去ると、家の中は急に静まり返る。
エルミナはしばらくの間、ボンヤリと扉を見つめていたが……。
「私は私にできることをしなくては」
エルミナが培ってきた貴族令嬢としての技術は、ここではあまり役に立たない。
祭りの踊りは王都のダンスとは違うし、お茶の集まりで紅茶の産地を当てる必要もない。ドレスやアクセサリーの流行を語り合うより、魔獣に有効な武器を語り合うほうが好まれる。
「そう……魔獣!!」
国王に進呈した曾祖父の蔵書。
もう手元にはないが、エルミナの頭にはすべて収まっている。
あの本だけではない。今まで読んだ魔獣に関する本は、すべて収まっているのだ。
エルミナは、メモ帳とペンを片手に家を飛び出した。
この地に来た本来の目的を果たすために。




