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魔獣学者エルミナの手記  作者: 氷雨そら


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辺境 4


 ――辺境と王都は何もかもが違う。


 その中でも最も大きいのが強さに重きを置いた考え方であろう。

 だが、別に力がないからといって虐げられることもない。

 獲物は皆に行き渡り、戦うことができないものも粛々とそれぞれの役目を果たしている。


 魔獣との戦いの最前線であるこの地では、力があるものに敬意を払うのは当然だ。

 だが、それと同じくらい日常を守ることを大切にするのだ。


「エルミナさま〜!」


 エルミナは戦う力を持たない。

 貴族令嬢である彼女は、周囲から遠巻きにされると思われたが……早々に予想は覆された。


「あら、いらっしゃい!」


 レオンとエルミナに与えられたのは、築年数こそ古いが大きな屋敷だった。

 ここ最近は、毎日のように子どもたちが溢れている。


 王都の社交界の話に子どもたちは目を輝かせた。

 エルミナは魔獣に関しては変わり者だが、美しく優雅で王都の貴族令嬢を体現したような女性だ。

 子どもたちは皆、エルミナに憧れを抱いた。


 しかも、慈善事業で神殿を訪れ、親を失った子どもたちに勉強を教えていたエルミナは、子どもの扱いに慣れている。


 しかし力がないから、とエルミナをはじめのうちは馬鹿にしていた子どももいるにはいた。

 しかしそれも、三日前を境にすっかり変わってしまった。


 三日前――高位魔獣が居住地区のすぐ近くまで来た。


 戦えるものは皆、高位魔獣との戦いに身を投じた。

 レオンは強かったが、初陣であり実戦に慣れておらず、自分の身を守りながら魔獣と戦うのが精一杯だった。

 魔獣にトドメを刺したのは彼だったが、そのときにはすでに重傷を負ったものも多かった。


 ――そこで活躍したのが、エルミナに懐く紫色のスライムであった。


 スライムは次々に分裂し、負傷者の怪我をたちどころに癒してしまった。

 そして再び一つになると、エルミナに擦り寄った。


 紫色のスライムは子ども三人分くらいの大きさになった。

 子どもたちはスライムに乗り上げ跳びはねては楽しそうだ。


 そんなこんなで三日前から、レオンとエルミナは子どもたちから英雄のように扱われている。


「ただいま」

「おかえりなさいませ。レオン様」


 エルミナは子どもたちの輪の中から抜け出して、見回りに出ていたレオンを出迎えた。

 彼女の微笑みは今日も麗しく美しく、レオンは軽く頬を染めた。


 ――しかし、三日前からレオンは物思いに沈むことが多い。


「おかえりなさいませ、レオン様!」


 子どもたちも次々に集まって、レオンを取り囲んだ。

 子どもに慣れていないレオンは困惑しているが、子どもたちはお構いなしだ。

 しばらくの間、大騒ぎしていた子どもたちだが、昼時になるとそれぞれの家に帰って行った。


 * * *


「お疲れ様でした、レオン様」

「ああ……」


 彼は初陣で活躍したというのに元気がない。

 その理由をエルミナは理解している。


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