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魔獣学者エルミナの手記  作者: 氷雨そら


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12/17

辺境 2


 宴は夜中まで続いた。


 王都では見かけない曲がった剣と華やかな剣舞。

 振る舞われる強い酒。ただし、この地では酒を飲んでいいのは二十歳から。

 レオンとエルミナはまだ飲めないので、牛形魔獣の乳が出された。


「わあ! 美味しいです」


 注がれた飲み物が魔獣のミルクであると聞いた途端、エルミナの目が研究者のそれになった。


「もしかして、このミルク魔力が含まれていますか?」

「そのようだな」

「やっぱり……レオン様、大丈夫ですか?」

「……そうだな、それほど魔法や魔術を使ってないから魔力があふれそうだ。少し発散するか」


 エルミナが心配するのも無理はない。

 レオンは魔力が強い。

 彼は魔力を貯める器も大きい。

 だが、過ぎたる魔力は人の体には有り余る。


 幼い頃、成長に伴って増える魔力量に器の成長が追いつかず、彼は何度も熱を出し死にかけた。


 魔力があふれて暴発したらいけないと、エルミナは近づくことを許されず心配のあまり自室で泣いた。


 彼の母が亡くなってから、どう過ごしていたかエルミナは知らないが……。


 魔力を使い切ったときならいざ知らず、外部から魔力を取り入れれば、レオンの体に負担がかかるだろう。


「魔力があふれないように消費がてら、歓迎への返礼といこう」


 レオンの体を白銀の光が取り巻いた。

 その美しさにエルミナだけでなく皆が見入った。

 魔力に引き寄せられたのか、金色の光を帯びた細長い虫がフワフワと宙を飛ぶ。


 打ち上がった魔力が上空で爆ぜる。

 まるで地上に降り注ぐ星のように魔力が舞い落ちてくる。

 あまりに美しいその光景に、全員の視線が釘付けになった。


 だが、エルミナの視線は細長い虫に向かっている。


「ムーンワーム」

「……魔獣に興味を奪われた」


 光り輝く虫は、魔獣の一種。

 王都には存在しない、辺境にしかいない。

 魔獣ではあるが人に害をなすことはない。

 ただ、ほのかに光るだけの無害な生き物だ。


「でも、この子がいるってことは」


 しばらくの間、レオンの魔力と戯れるように飛びまわったいたムーンワームが、フワフワとエルミナに向かって飛んでくる。


「ドラゴンが、いるかもしれない」


 エルミナの声は期待に震えていた。


「ドラゴン……」


 だが、レオンの声音には深刻さが含まれていた。

 レオンは実戦経験こそ少ないが、ほとんどの魔獣には負けないだろう。


 だが、ドラゴンは魔獣というより災害だ。

 彼らが人に害をなすことは少ない。

 しかし、もしもこちらに害意を示したなら。


 辺境の人々の視線も、ムーンワームに向かっていた。

 この地においてドラゴンは特別な、神格化された存在だ。


 ムーンワームが、フワフワと舞い上がるように空へ消えていく。


 人々は歌い踊り酒を飲む。

 彼らは皆、過酷なこの地で陽気に生きているのだ。


 焚き火を囲み宴は深夜まで続いた。

 

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