辺境への旅 7
「大丈夫か?」
「ええ……大丈夫ですわ」
何度目かの会話だ。
山道は険しく、切り立った崖は下を見るのも恐ろしい。
辺境へ向かうには、この山を越える必要がある。
だが、この山のおかげで王都は魔獣からの襲撃を免れているとも言える。
エルミナは、令嬢にしては持久力がある。
だが、令嬢にしては……である。
それでも根性だけはあるので気合いで歩き続けていた。
「少し休もう」
「……ごめんなさい」
「なぜ、謝る?」
「それは」
エルミナは、レオンに迷惑を掛けていることを自覚していた。
ついてきたのは、魔獣研究が理由だけでなくレオンの後ろ盾になり彼を守るためでもあるが……。
この旅では、そして辺境でも、彼の足を引っ張ることは確実だ。
「――君が来てくれて嬉しいんだ」
「え?」
「一緒にいられて嬉しい。だから、そんな顔しないでくれ」
レオンがエルミナに微笑みかけた。
「おいで」
「きゃ……!?」
エルミナの足元に魔法陣が描かれた。
そう思った直後には足元が浮かんで、気がつけばレオンに抱き上げられていた。
「こんな険しい山道、私を抱えて歩くなんて無茶です」
「魔術を使えば簡単だ。君は今、風船よりも軽い」
「……」
事実、魔術に長けたレオンにとっては造作もないことなのかもしれない。
このまま抱き上げられている方が迷惑だって掛けないだろう。
日が暮れてしまえば、山の中で野宿しなくてはいけなくなる。
山には人を襲う魔獣も出現するという。
エルミナは、羞恥に耐えてレオンにしがみついた。
「……」
レオンは無言で歩き出した。
抱き上げられたまま見れば、彼の耳元は今日も赤い。
護衛たちは無言だが……視線を感じる。
レオンは歩くスピードを速めた。
* * *
頂上からは王国が四方に一望できた。
この山は、王国の北端。辺境との境だ。
辺境と呼ばれる地域のさらに向こうには、砂漠が広がっている。
砂漠の向こうには、別の国があるらしいが……人の行き来は長い間ない。
「わあ……こんなに壮大な景色を見たのは初めてです」
「そうだな。俺も初めてだ」
エルミナもレオンも、王都から離れるのは初めてだ。
「さあ、お茶に致しましょう」
「フィル……どこから持ってきたの!?」
「背負ってきました」
道が険しくなってから徒歩だったため、ティーセットなどないはずだ。
エルミナの侍女、フィルの荷物は妙に多かったが、まさかティーセットまで持っていたとは。
「さあ、護衛の皆さまもお茶にしましょう」
さすがに護衛の分のティーカップはないが、各々が差し出した器に香り高い紅茶が注がれていく。
フィルは生活に便利な魔法を使うことができる。
彼女は水魔法で飲料水を出せるし、火魔法で炎を起こし、風魔法で燃え上がらせる。
戦いに使うには心許ないが、彼女がいることで生活水準は格段に向上する。
「……美味しいわ」
「お嬢様が喜んでくださって嬉しいですわ」
フィルはニッコリと微笑んだ。
「はい、ウォルター卿」
「卿って……」
「第三王子殿下直属の騎士は、卿お一人ですわ」
「――え、やだ」
ウォルターは真顔になった。
「かみさんと子どもたちになんて説明すれば……」
「殿下が自分より強かった、のひと言で納得されますよ。辺境なのですから」
「う……確かに!?」
「あら、でも名字が必要ですわね」
辺境では力こそすべてというのは事実のようだ。それにしても、フィルはずいぶんと辺境に詳しいようだ。
「ウォルター……貴殿にシルフの姓を授ける」
レオンが厳かな雰囲気でウォルターに告げる。
「まあ……よろしゅうございましたね」
「えっ……」
ウォルターは不服そうであった。
王族から姓を授けられるなど、この上ない栄誉であるが……。
「忠誠を誓えとは言わない。名乗るかも自由にすれば良い」
「はぁ、謹んで拝受いたします……なんとなくお二人のこと、放っておけないんですよね。しかも、お強いですし」
王族に対する言葉とは思えないが、王国から見れば辺境は未だ未開の地であり、辺境から見れば王国は遠く知らぬ場所なのかもしれない。
ティータイムを終えると、エルミナは再び魔法を掛けられ抱き上げられた。
この山を越えればいよいよ辺境だ。
エルミナの胸の谷間から紫色のスライムが飛び出して、ぴょんぴょんと跳びはねて進んでいく。
一行はスライムのあとを追うように山道を下っていった。




