夫婦いくさ
立花山城門を前に誾千代は仁王立ちしていた。宗茂は肩をいからせ誇らしげに敵将の首級を見せた。
「おう、誾千代、島津に一泡も二泡も吹かせてやったぞ!」
「なんたる、振る舞いか!」
誾千代の白く細い手が刹那、宗茂の頬を叩いた。乾いた音が響く。
「・・・な」
「一城の主ともあろう者が、ただただ感情に流され、愚行を犯すとは」
「しかし!」
「見てみなさい」
誾千代は宗茂に控える家臣たちを指さす。夜襲のさいには100人近くいた者たちが、20数名ほどになっていた。
「何名いますか御覧なさい。あなたの無謀な策により、数多の兵を死に追いやったのか分かっているの」
誾千代は続ける。
「あなた様はそれでお気が晴れたでしょうが、もしあなたが命を落としていたら、この立花家は終い・・・。ひいては父紹運様の死も無駄となってしまいかねない。お分かりか!」
誾千代は涙を流しながら宗茂を睨み続けた。
「・・・・・・」
返す言葉が見当たらない。
「・・・すまぬ」
ようやく宗茂は呟いた。
「あなた様、立花家と私、父上たちとの誓いと無念。ゆめゆめお忘れなきよう」
「わかった」
宗茂は誾千代の言う通りと我が浅慮を悔い反省した。一方で父の弔いを少しでも果たせた自分を誇らしげにも思うのであった。
同年8月18日、放っていた間者より急報が届けられた。
「それは真か」
「はっ、兵糧を守備する敵将原田種美隊2000兵を発見、岩戸へ向かうもよう」
「岩戸は狭道、今強襲すれば敵の補給路を断てる。すわっ!今じゃ」
宗茂は床几から立ち上がった。
「おまちください」
誾千代がすすと歩み寄る。
「この誾も出陣します」
「誾千代、そなたはここにいよ」
「いいえ。兵糧を叩き相手の戦意を悉く失わせる好機、確実に仕留める」
誾千代の瞳に一点の曇りはない。
「しかし・・・」
「あなた様はこの誾が鬼姫であることは、承知であろう」
誾千代の武は父道雪譲り、幼少の頃から宗茂は知っている。なお、言い争いをしている猶予もない。
「・・・わかった」
宗茂は立花の家臣そして兵たちに激をとばす。
「此度は速さじゃ、風のごとき速さをもって、原田隊を討つ!」
大きな歓声が沸き上がる。鬨の声で士気を高める。
「皆の者、出陣じゃ!」
宗茂は主力を騎馬隊とし、ただ一直線に岩戸へ向かった。
宗茂の両隣には誾千代と和泉が固める。馬上から薙刀、長槍を繰り出し、群がる原田兵を次々なぎ倒していく。誾千代の姿は鬼姫と呼ばれるがふさわしいものであった。
狭道の原田軍を抜き去ると、間髪入れずとって返し再び突撃。
士気高く、武に勝る立花の兵は原田隊を存分に蹂躙し、壊滅的な被害を与え悠々と帰城した。




