理想と現実
2025年(令和7年)11月10日【火星衛星軌道上 航空・宇宙自衛隊「ダイモス宇宙基地」】
ダイモス宇宙基地から、次々と大型シャトルと護衛の宇宙戦闘艦が発進していた。
目的地は、火星と太陽系第5惑星である木星の中間点『アステロイドベルト(小惑星帯)』である。
5機のマルス・アカデミー大型シャトルには、アステロイドベルトで”人工日本列島”を建設する宇宙建築技術者500人、ミツル商事から"派遣されたマルス・アカデミー"アンドロイド作業員5,000個体が搭乗していた。
大型シャトルを護衛する様に、航空・宇宙自衛隊強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』や多目的護衛艦『ひりゅう』、ユーロピア共和国軍『ドゥ・リシュリュー』、英国連邦極東軍『ヴェンジェンス』、ユニオンシティ防衛軍宇宙空母『S・サラトガ』が、宇宙基地周辺に展開していた。
「全艦ダイモス基地から発進しました」
ホワイトピースCICのオペレーターが報告する。
「……長旅だな」
ブリッジの艦長席で名取艦長が呟く。
第二次アルテミュア大陸上陸作戦からアースガルディア戦役まで着実に実績を積んだ名取は、准将に昇進していた。
「これよりアステロイドベルトへ向かう。全艦第3宇宙速度。パルスエンジン始動!」
名取准将が命令した。
大型シャトルや各国の宇宙戦艦がマルス・アカデミーから貸与されたブースターであるパルスエンジンを稼働させると、船団は蒼白い推進炎を放ちながら加速して火星から遠ざかっていった。
順調に航行した場合、人工日本列島建設船団は1か月後にアステロイドベルトに達する予定である。
アステロイドベルト宙域には、マルス・アカデミー・プレアデスコロニーから巨大なオウムアムル型支援船団が既に到着していた。
マルス ・アカデミー側からの支援船団には技術責任者としてゼイエス、支援船団隊長には以前イワフネの部下とゼイエスやアマトハを救出した救難艦の”から揚げ好き”リア艦長が就いていた。
人工日本列島建設船団はマルス・アカデミー支援船団と合流した後、直ちに作業を開始する予定であり、人工日本列島完成まで約3か月の予定である。
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2025年(令和7年)11月24日【地球 南米大陸 旧ブラジル連邦東方沖40Kmの大西洋 ユニオンシティ海上都市『マリーン・シティ』】
約10キロ四方に広がる広大なメガフロートで構成された海上都市に在るユニオンシティ防衛軍司令部でジョーンズ中将は、地球復興に必要な火山灰中和剤としての石灰回収状況について報告を受けていた。
「旧フランスアルザス地域、大地震で崩壊したアルプス山脈西部、ドーバー海峡海底での石灰石採掘は、今のところ予定通りです。
パナマ運河で放棄されていた石油タンカーを回収・改造した石灰石運搬船は30隻に達しました。また、大西洋大津波で破損していた北海油田掘削プラントを改造、移動させた採掘ポイントも、10か所になりました。
現在、採掘した石灰石をイングランド島旧グラスゴーに集積させ、日本マルス交通の電磁カタパルト便を使って、衛星軌道上へ輸送しています」
「電磁カタパルトを利用したコンテナ便か……。時代が変わった事を実感するな」
ジョーンズ中将が呟く。
「火山灰の影響で地球の飛行機は使えませんから。我々も月面都市で日々利用しているではありませんか。今は技術文明の過渡期かも知れませんよ?」
副官を務めるサザーランド大佐が、やんわりと慰める様に応える。
サザーランド大佐はユニオンシティ海軍原子力潜水艦(現在は空飛ぶ方舟状態だが)『ルイビル』艦長の任務をこなす傍ら、マリーン・シティに帰港した際はジョーンズ中将の副官的な役割をしていた。
海兵隊出身の叩き上げで長年沖縄辺野古基地に赴任していたジョーンズは、北米大陸救出作戦以降、火星に戻る事無く日々生き残った旧米軍部隊を纏めるべく、地球各地と月面都市を奔走し続けていた。
その為ユニオンシティ防衛軍総司令官としての事務が殆ど手つかずであり、地球復興局からマリーン・シティ司令部へ度々苦情が寄せられていたのである。
たまたまマリーン・シティを母港としていた『ルイビル』は、ジョーンズ中将が地球各地へ向かう交通手段として度々利用しておりその縁も有って見かねたサザーランド大佐が、自発的にジョーンズ中将の事務を手伝う形で今日に至っている。
火星日本列島各国に限らず、地球や月面都市でも文武両道に秀でたプロ軍人の不足は深刻な問題だった。
「中将。一つ気懸りな情報があります」
サザーランドが、偵察部隊からの報告書をジョーンズ中将に手渡しながら話しかける。
「……沢山有り過ぎてわからんが。どの地域かね?」
ムスッと顔を顰めながら、書類にサインする手を動かし続けて質問するジョーンズ中将。
「アジア・アフリカ封鎖地帯です」
サザーランドが答えた。
「封鎖地帯外縁部を哨戒している我が軍艦艇が、しばしば"統一された大規模な”武装勢力”のものと思しき通信を傍受しています」
「ふむ。続けたまえ」
関心を示してサインする手を止めたジョーンズ中将が、顔を上げてサザーランド大佐を見る。
「武装集団の名称は『PTF』と名乗るアジア・アフリカ独裁国家連合のようです」
「ペルシャ・チンギス・フビライか……。なるほど、分かりやすい旧時代の名称だな」
ジョーンズが即座に名称を言い当てる。
「肯定です。文明レベルが現代から中世にまで退行してしまえば、自然とそのような行動原理と思考になるのかも知れません。PTFは閉鎖されたアジア・アフリカ地域で武装勢力を糾合し、放置された各国の軍事物資や設備を活用、域内を移動している様です」
「移動?定住しないのかね?」
「軒並み大噴火や大津波、放射能汚染が蔓延る地域です。定住のメリットよりもデメリットの方が大きいのでしょう」
「どういうことかね?」
「彼らは所詮、武装盗賊集団なのです。各地の都市で避難民から物資や女性を奪い、消費しているに過ぎません」
「生産的な事は何もしていないのかね?」
「彼らには、マルス・アカデミーの恩恵が及んでいません。火山灰が大地を覆い、酸性化した土壌で、水も放射能や化学物質で汚染されています。定住した所で何も育てようが有りません」
「それは我々が放置した責任だな」
「ええ。地球復興計画"影"の部分です」
「火山灰中和作業が完全実行されると、少しは環境も好転するだろう。そして2年後の人工日本列島到来で激変し続ける環境も元に戻る、かもしれん。それまでは、我々自身が生き残る事で精一杯だ」
「存じております」
「閉鎖地帯はそれまで持つと思うかね?」
「大変動前、あのエリア人口は35億人でした。今はおそらく1億未満に激減しているでしょう……それでも数百万人は生存していますが。現状を見る限り、自立は無理でしょう。我々が物資支援をしない事には、閉鎖地帯の人類は緩やかに餓死へと向かうでしょう」
「……せめてもう少し、こちらが豊かならばな」
「"火星には開拓できる場所が無限に在る"と言う噂が、我が防衛軍と地球復興局で広まっていますが?」
サザーランドの言葉に、ジョーンズが怪訝そうに眉を跳ね上げる。
「そんな上手い話などあるものか。開拓とて、何も支援がなければ豊かになれんのだ。私の知る限り火星日本列島諸国は、今も物資に不自由している」
「現地採用組の地球復興局末端にいる避難民出身の職員から見れば、火星は『天国』に見えるのでしょうね」
「……愚かな。私には、どちらが良いとも言えん」
嘆息するジョーンズ。
「まさか、地球避難民の大量受け入れなど今の火星には、無理難題以外の何物でもないだろうな」
「そこまで愚かな申し入れを復興局がするとは思えませんが、少々不安ですね……」
「もし地球復興局が強硬に受け入れを迫れば、火星移住者と地球生存圏の戦争になりかねんだろう」
「……上層部がヘマをしない事を祈りましょう」
サザーランド大佐の発言は、多分に事実を的確に突いていたが、厳密には、地球復興局は火星日本列島各国が失点を上げる事で、"ユニオンシティが推す"難民受け入れを強要出来る環境を待ち望んでいたとも言えるだろう。
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2025年11月末に地球復興局は、日本国民間企業『ミツル商事』に地球南半球に在る海上都市『マリーン・シティ』に於ける警備委託を行った。
ミツル商事大月社長から相談を受けた日本国政府とイスラエル連邦は、イスラエル連邦軍のマリーン・シティ駐留を条件として要請を受託する交渉を地球復興局局長ダグラス・マッカーサー三世と行った。
マッカーサー三世はイスラエル連邦軍駐留に難色を示したが、ミツル商事に出向しているワイズマン中佐の事例を挙げ、アンドロイド傭兵制御にはイスラエル連邦軍は不可欠であると強く主張するニタニエフ首相の意見を受け入れる他なかった。
こうしてミツル商事はマリーン・シティに大規模な水陸軍団を派遣する事となった。美衣子は生態環境保護育成システム管理者として日本列島から離れる事が困難な為、瑠奈がイスラエル軍事顧問ワイズマン中佐と共に現地へ向かう事となった。
12月8日、瑠奈とワイズマン中佐率いるミツル商事警備保障部隊とイスラエル連邦軍特殊部隊が、マルス・アカデミー大型シャトルに搭乗してマリーン・シティへ到着した。
翌日、マッカーサー三世は放棄された筈のインド亜大陸沖のサンゴ礁で出来たディエゴガルシア島に向け極秘通信を送っていた。
大変動前のフランス領ディエゴガルシア島はアジアと中東地域を繋ぐ戦略拠点であり、旧フランス南太平洋方面軍と旧米国インド・太平洋軍が広大な基地を置いていた。
大変動で発生した数度にわたるインド沖巨大津波によって、基地地上部分は殆ど流失したが、地下深く在る研究施設と核兵器貯蔵エリアは無傷で残っていた。
この隠された拠点は、マッカーサー三世が待ち望む”新世界”の戦略拠点として活用出来そうだった。
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――――――同時期、2025年12月初旬【長崎県佐世保市 英国連邦極東首都 『ダウニングタウン』10番地 首相官邸】
「首相、やはり地球復興局は、我が国に20万人規模の難民受け入れ要請を検討している様です」
極東MI6(対外諜報6課)を統括する内務大臣が、ケビン首相に調査結果を報告していた。
「地球復興局には、頭がお花畑の人間しか居ないのかね?」
葉巻をくゆらせながら、呆れた表情のケビンが言った。
「月面都市で昔の青い地球を、未だに夢想しながら生きている連中ですからな」
内務大臣が応えた。
「同様の要請をユーロピア共和国にも行うようです。ユーロピア共和国には、10万人の受け入れ要請です」
「……馬鹿馬鹿しい。奴ら、誰の支援で生き延びていると思っているのだ」
「自分たちの「実力」だと勘違いしているのでしょう」
「現実を知るソーンダイクも大変だな」
「宇宙飛行士上がりのと無能と、地球官僚達から舐められている様ですね」
「日本にはどれくらい要請するのだ?」
「2,000万人です」
ケビンは一瞬 唖然として、
「正気なのか!?」
と内務大臣に聞き返す。
「残念ながら、その様です。”あの”ダグラス・マッカーサー三世が強硬に主張しました。彼はボレアリフから月面に逃れ、役人として再起に成功したようですな」
内務大臣が肩を竦めて応えた。
「それだけどの国も、人材が足らんのだ。今更出身になどこだわっている場合ではないからな」
憮然とケビンが言った。
「日本は受けますかね?」
「受けないだろう。無理に受け入れると社会不安が増大して日本国内世論が一気に沸騰して、またどこかへ"転移"してしまうぞ?」
「……有りそうですね」
顔を引き攣らせる内務大臣。
「日本列島が転移したら火星はまた死の星になるに違いない」
「我々は日本と共に居るのですか?」
「火星に残りたいかね?」
「……いえ。開拓が趣味では有りませんので。謹んで遠慮させて頂きます」
ケビンは軽くため息をつくと、
「ともあれ、この情報はタロウに伝えてやるとしよう。地球を今の内に牽制した方が良さそうだ」
「かしこまりました。明日、ユーロピア共和国のジャンヌ首相や美衣子殿とのお茶会が有りますから。そこへ澁澤首相も招待しましょう」
「頼む」
翌日、ケビンから地球復興局の移民計画を聴かされた澁澤首相は、激怒してその場でユニオンシティのソーンダイク代表とホットライン会談を行い、事実関係を質した上で火星日本列島各国の全支援を地球と月面から撤収させると通告した。
ソーンダイク代表にとっても移民計画は寝耳に水だったらしく、計画撤回を働き掛けると澁澤に約束した。
こうして地球復興局の大規模移民計画は、公に列島各国への要請に至る前に阻止された。
ソーンダイク代表から中止命令を受け、計画を断念した地球復興局局長マッカーサー三世は怒り心頭だった。
だが、マルス・アカデミー三姉妹を擁する火星日本列島各国との正面衝突は、アース・ガルディアの二の舞になる事を身に染みて理解していた彼は、次の"復讐"の機会を待つ事にしたのである。
ここまで読んでいただき、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
ジョーンズ=ユニオンシティ地上軍総司令官。中将。
サザーランド=ジョーンズの副官。
ケビン=英国連邦極東首相。
名取=航空・宇宙自衛隊強襲宇宙揚陸護衛艦「ホワイトピース」艦長。准将。
ダグラス・マッカーサー三世=地球復興局局長兼統合作戦事務部長。




