転生国家の受難
――――――【月面都市『ユニオンシティ』 総合行政庁舎】
「Human Union=人類連合ですか……」
ダグラス・マッカーサー三世行政府首席補佐官が持参した提案書に目を通しながらソーンダイク代表が呟く。
「はい。火星日本国とその傀儡諸国が実権を握るMCO(火星協力機構)に価値はありません。
月面に踏み止まって地球復興に尽力する我々ユニオンシティ住民こそが、偉大な合衆国建国の理念の下、新世界の人類を結束させる事が出来るのです!」
両手を拡げて力説するマッカーサー三世。
「首席補佐官。確かにその通りですが、現実には、我が国は火星日本国と列島各国の支援に頼り切っているのです。行政府首席補佐官殿はその事実を踏まえた上で、どの様に火星日本国を説得するおつもりですか?」
首を傾げるソーンダイク。
「説得?とんでも無い。我々がアルテミュア大陸と北方領土で生産した小麦や大豆を供給しているからこそ、火星日本国1億2,000万人が生き永らえているのですよ?
まして我々には日本列島各地に駐留する我が部隊と、地球各地に残る戦略ミサイル拠点で保有する『核』が有るのです。新世界の人類を支配するにあたり、何方が相応しい存在か明白でしょう」
無意識のうちに支配と言い切るマッカーサー三世。
冷戦時代に逆戻りした彼の主張を聴くソーンダイク代表の顔が、嫌悪感で歪む。
「今も尚、地球西欧地域と南半球オーストラリア大陸で懸命に復興に取り組む人々を組織しているのは、我がユニオンシティではありませんか!何処の異星人の仕業か何だか分かりませんが、火星へ逃げ出したアジア人に気兼ねする必要など無いのです!」
強気な行政府首席補佐官の演説はとどまるところを知らなかった。
「……」
頭を抱え、マッカーサー三世の演説に辟易するソーンダイク代表だった。
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2025年(令和7年)7月、イスラエル国火星開拓第一陣がアルテミュア大陸東岸の人類都市『ボレアリフ』に到着した直後、東京でMCO(火星協力機構)首脳会議が開かれ、全会一致で加盟を承認されたイスラエル国も首脳会議に参加した。
澁澤首相は首脳会議でMCOを地球復興と火星開拓に分けるべきと力説、MCOを解体し、地球復興局、火星開拓局に組織を再編させる事を提案した。
この提案に対しユニオンシティのソーンダイク代表は、対案としてHU(Human Union=人類連合)という地球人類統一政体での復興開発を提示したが、大変動で動揺した人心の掌握が未だ出来ていないと主張する日本列島生態環境保護育成プログラム管理者であるマルス人美衣子と、日本列島各国が反対した。
結局、技術・物資・流通システムの大部分を握る日本列島各国に対し未だ"支援を受ける側"に過ぎないユニオンシティは、小麦や核兵器による恫喝はいずれマルス文明によって無効化させられる事を悟り、渋々とMCO解体を受け入れるのだった。
地球復興局(ERB=Earth Reconstruction Bureau)は、ユニオンシティとイスラエル国主導により、月面都市ユニオンシティに本部を置き各国が人員を派遣、下部組織職員は地球避難民が大半を占めるようになっていった。
火星開拓局(MDB=Mars Devrlopment Bureau)は、アルテミュア大陸人類都市ボレアリフに置かれ、日本国、英国連邦極東、ユーロピア共和国、イスラエル国、ユニオンシティが均等に人員と職員を派遣した。
イスラエル国首相ニタニエフは地球復興に重きを置くユニオンシティに同調したが、地球復興局からの傲慢な”指示”に反発する日本列島各国との間で溝が徐々に広がる事に一抹の不安を抱くのだった。
MCO解体はニタニエフが懸念する様に、地球と火星の対立が将来的に戦争へと発展する可能性を暗示していたが、両陣営とも不足した国力で決定的対立など出来る筈もなく、解決は遥か未来の次世代に委ねられると思われた。
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――――――【火星南半球 ヘラス大陸 東海岸】
「大分、元気に育って来ましたね」
春日が東海岸沖合に作った生け簀の中を元気に泳ぎ回る車海老の群れを見て呟く。
「生け簀の周囲に、昆布やワカメを植えたのが効果的でしたね」
生け簀外側の海中から、ウエットスーツを着たイワフネがぬっと現れて春日の呟きに応える。イワフネには小型イヤホンとマイクが装着されていた。
「アルテミュア大陸は日本が転移した翌年に農地開拓が始まりましたから、早期に植物系栄養素が河川から海へ流れ出したお陰で養殖がスムーズに行きましたが、此方(ヘラス大陸)はこれからでしょうね」
生け簀周囲に広がる混じり気のない、明るい水色の海面を見る春日。明るい海水とは、その分微生物や養分が少ない事を意味する。
「そうですね。ヘラス大陸は大半が砂漠ですから農産業が発展しないと植物性栄養素も少ないですから、そういう意味でヘラス大陸東海岸は、火星原初の海により近いでしょう」
生け簀の外の海面をチヤプチャプとドルフィンキックで軽く泳ぐイワフネ。動きが滑らかでくねくねと泳ぐ姿は水を得た爬虫類である。
春日とイワフネはしばらく談笑しながら、生け簀の車海老や海藻群の生育状況を観察する。
やがて、陸地から灰色の軍用小型ボートが生け簀に近づいて来た。
「春日さん、イスラエル産業省が見回りに来たようです」
イワフネが春日に知らせる。
「わかりました。ここの車海老は十分発育しました。彼らに引き継ぐタイミングでしょう」
先月、火星に到着したばかりのイスラエル移民団から派遣された水産業担当官を生け簀に案内すべく、春日は生け簀に接続したボートへと向かった。
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――――――3か月後、2025年(令和7年)10月、火星南半球ヘラス大陸東海岸に於いて、火星で2番目の人類都市『ガリラヤ』が誕生した。
ガリラヤに入植した第一次イスラエル移民団は、大陸北端に広がる緩やかな海岸線を利用して牡蠣やホヤ、車海老を養殖し大陸中央部では鉄鉱石等を産出、日本列島各地と遠く月面へ輸出して大きな利益を上げていくのだった。
ユニオンシティCNNが報道する広く明るい海と豊かな海産物に囲まれた環境を視たイスラエル国民は、21世紀のミリオネア(億万長者)目指して火星移住に殺到、ガリラヤは短期間で50万の人口を擁する一大都市へと成長した。
人類都市ガリラヤの住民構成はイスラエル国開拓民が9割を占め、火星における”イスラエル国地方都市”の位置付けだった。
人類都市『ガリラヤ』自治区が成立した翌月、イスラエル国は「連邦制」を国民に提案、国民投票によって80%以上の支持を得た。
「イスラエル連邦共和国」中央政府は新エルサレム(旧カッパドキア)に置かれ、外交・軍事の権限を持つ事となり、各州では民間防衛隊が編成され州警察として治安維持を行う。
旧暫定首都テルアビブ、新エルサレム(旧カッパドキア)、極東に設置予定の人工日本列島『タカマガハラ』、火星ガリラヤ等各地は「州」として一定の自治権限を持たせる形で中央政府は新たな国家運営を行う事となった。
かつて"軍事国家・死の商人"と知られた中東随一の軍事強国は、地球復興と火星開拓を使命とする750万の国民により"未来"を追求する国家へと”転生”するのだった。
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2025年(令和7年)11月5日【神奈川県横浜市 NEWイワフネハウス 3階『ミツル商事』事務所】
「—――—――ということで、今日からミツル商事『警備保障部門』で軍事顧問を務めて頂くワイズマン中佐です」
角紅社内起業担当役員の大月ひかりが、イスラエル連邦国防軍から「出向」してきた軍人を、ミツル商事の面々と三姉妹に紹介した。
右目に眼帯をしてベレー帽を被るワイズマン中佐は、30歳半ばだが歴戦の強者であることは、誰の目にも明らかだった。
「押忍!イスラエル国防軍火星派遣師団から来たワイズマン中佐であります!」
気合の入り過ぎた挨拶をするワイズマン中佐。
「ひやっ!?」「「「「うわぁ……」」」」
気合の入った挨拶に思わず腰が引けてしまう琴乃羽。三姉妹を除いた他の皆もドン引きしている。
「本国ではヨルダン川西岸、ゴラン高原等最前線で機甲部隊を指揮し、巨大ワームに対応しておりました!日本国最先端を誇る警備軍に派遣され、光栄であります!」
勝手に盛り上がって挨拶するワイズマン中佐。
「あの……中佐?あくまでも警備保障部門ですから……軍隊ではありませんよ?」
満が恐る恐るワイズマン中佐に話し掛ける。
「なんと!あれだけの破壊力を持ちながら、警備保障会社などとご謙遜を。貴方達は、単独で地球の半分を占領できますぞ!」
「いやいや、占領しませんから。それよりもお願いしたい事があるのですが?」
「なんなりと」
「我が社の警備保障部門は、いずれ地球アジア、アフリカ地域での”警備保障業務”を委託される事になります」
「それは、あの無法地帯で武装勢力と戦うという事ですか?」
「そうよ」
美衣子がワイズマン中佐の前に進み出て言った。
「私達のアンドロイド戦闘軍団はまだ、『人間』との戦闘経験が足りないのよ。
武装した人間から「人間」を護るには両者の識別が必要。今のままでは皆殺しにしてしまう」
結が進み出て言った。
「実戦形式で、あらゆる戦闘場面で人間と戦う術を教えて欲しいの」
真剣な美衣子。
「ワイズマン中佐についていくっス!」
瑠奈が元気よく前に進み出て頭を下げた。
事前にモサド長官から「マルス文明三姉妹」について破天荒な内容のブリーフィングを受けていたが、意外に”教えがい”がありそうだ、とワイズマン中佐は嬉しく思った。
「微力ながら小官がお手伝いさせていただきます!」
ワイズマン中佐も元気一杯に応えた。
「楽しみだわ。ワイズマン、早速訓練よ」
美衣子と結が、ワイズマン中佐の手をグイグイと引いて”どこへもドア”の向こうに消えていく。
二人に続いて瑠奈も上機嫌でドアを潜って消えた。
「美衣子達は何処へ行ったの?」
満がひかりに訊く。
「……多分、シドニア地区のヘル・シティじゃないかなぁ?」
「えっ!?刺激が強すぎない?」
おぼろげな記憶で答えるひかりに慌てる満。
「歴戦のプロ軍人だから大丈夫でしょ」
あっけらかんと言うひかり。
満は、ワイズマンに心の中で手を合わせるのだった。
「……本当に、ごめんなさいっ!」
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【シドニア地区ナザレ 地下研究施設 封鎖区画『ヘル・シティ』】
「おらおら根性出せやーっ!」
罵声が地下空間に響き渡る。
「お前の実力はこんなものか?この根性なしがっ!!」
徹底的にしごかれていた――――――ワイズマン中佐が。
「なんなんだぁお前らっ!いい加減くたばれよぉー!」
涙目で鼻水を垂らして半狂乱になりながら、短機関銃をターミネイター兵に乱射するワイズマン中佐だが、多勢に無勢でゾンビのように迫りくるターミネイター軍団扮する"難民兵"に本日10回目の蹂躙を受けていた。
「……ふう」
罵声を出し過ぎて喉がカラカラになった美衣子が、疲労困憊して地面に突っ伏しているワイズマン中佐に休憩を告げる。
「ここで15分休憩よ」
地面に転がったワイズマンが、ゾンビ役だったターミネイター軍団から手厚いケアを受けていた。
メイド服を着た『衛生兵アンドロイド』が、ワイズマンに膝枕をしながらスポーツドリンクのチューブを口元に充てると、ワイズマンは衛生兵アンドロイドの固い膝枕に文句を言う事無く、虚ろな目でチュウチュウとスポーツドリンクを飲んでいた。
「……それにしても、人間相手の訓練は、手加減が大変で勉強になるわ」
スポーツドリンクをゴクゴクと飲みながら喉の調子を整える結。
「そうっスね!これで人質も一緒に殺さなくて済みそうッス!」
イチゴシャーベットに齧り付きながら応える瑠奈。
「ワイズマン中佐。次のメニューをオーダーするわ」
手元のホログラムタブレットに表示されたメニューを提示する美衣子。
「……まだ……やるのでありますか?」
絶望に顔を歪めていく息も絶え絶えなワイズマン中佐。
「今までは、パニックに陥った人質を抑える訓練だったでしょう?今度は貴方が海賊役で、私達が制圧する側で行くわ」
容赦無いオーダーの美衣子。
「ちょっと待ってくれ!せめて此方側にも仲間が欲しい」
ワイズマンが懇願した。
「……仕方ないわね。瑠奈、あなたがワイズマン中佐の相棒になるのよ」
「了解っス!中佐殿よろしくっス!—――—――てっ、アイタっ!?」
ワイズマンに両手を挙げて駆け寄る瑠奈が転倒し、携帯していたプラズマ手榴弾の栓が外れてワイズマンの足元まで転がって来る。
「お、お前!それ絶対ワザとだろっ!」
ワイズマンが絶叫し、ヘル・シティにプラズマ手榴弾の蒼白いスパークが派手に飛び交った。
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――――――ワイズマン中佐が20回蹂躙された日の夜【神奈川県 横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス 2階 ワイズマン中佐の個室】
「大臣!話が違い過ぎます!これでは私が彼女たちに"訓練"されている様なものではありませんか!」
全身に擦り傷と、軽く焼け焦げたチリチリ頭のワイズマン中佐が、国防大臣に怒りの抗議電話をしていた。
『……落ち着きたまえ中佐。誰が中佐に"指導"しろと言ったのかね?』
『私はあのマルス人三姉妹と共に"訓練"をして来いと言ったのだ!あのマルス文明機械化兵士は、これから人類と共闘する事になるのだ。我々がまっ先に、ノウハウを得る機会なのだぞ!?』
国防大臣がワイズマンの考え違いを正す。
「三姉妹の事だから、我々が考える斜め上の対応で当たり前なのだ。ワイズマン中佐は、巨大ワームとの戦いで何を学んだのかね!?」
「失礼致しましたっ!未来の戦友と訓練出来て光栄であります!」
ワイズマン中佐が大臣に敬礼する。
「分かればよろしい。彼女達との訓練で得た物が有れば、逐一報告する様に」
「……かしこまりました」
国防大臣との通信を終えたワイズマン中佐はベットに腰を下ろすとため息をつく。
「……そうは言うが、流石に一人はキツイな」
ワイズマン中佐は、英国連邦極東SAS(空軍特殊部隊)に所属している旧知の戦友達に、助けを求める事にした。
しかし以前、大月拉致未遂事件の際に目撃したターミネイター兵の恐ろしさを知る彼らは、泣いて謝りながらワイズマン中佐の助けを断るのだった。
結局ワイズマンは、瑠奈を唯一の"相棒"として軍人の行動を一から教え、美衣子と結の無慈悲な『訓練』に臨む事になった。
瑠奈はワイズマン中佐の教育により、サバイバル能力が著しく上がってしまった。
瑠奈は時折ワイズマン中佐を「自主訓練」に誘い、二人きりで列島各国軍が制圧して間もない、ヘラス大陸中央部の砂漠地帯で巨大ワームやサソリモドキに遭遇しながら経験値を積んでいった。
ワイズマン中佐は、未知の巨大生物との死闘や自作パワードスーツやアダムスキー型連絡艇を駆使した瑠奈の戦闘能力に驚嘆しながら、着々と大月家の”普通”に染まっていった。
後にワイズマン中佐は、マルス・アカデミーアンドロイド軍団と共同作戦を取る事の出来る数少ない軍人として、列島各国軍人羨望の的となるのだが、それは本当にずっとずっとかなり先の事である。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・大月 満 = ミツル商事社長。
・大月 ひかり= 総合商社角紅役員。
・大月 美衣子=日本列島生物育成環境保護人工知能。
・大月 結=マルス文明尖山基地管理人工知能。
・大月 瑠奈=マルス文明地球観測天体人工知能。
・春日 洋一=ミツル商事若手社員。角紅で大月の後輩だった。海産物に詳しい。
・琴乃羽 美鶴=ミツル商事応用科学技術研究部門担当。少し腐っているかも知れない。
・イワフネ=マルス人。ミツル商事で日本のサラリーマンを学ぶため、大月家にホームステイ中。生け簀によく落ちる。マルス・アカデミー第三惑星調査隊長。
・ペレス・ワイズマン=イスラエル連邦国防軍中佐。軍事顧問としてミツル商事に派遣され、瑠奈の相棒となる。
・ソーンダイク=月面都市国家『ユニオンシティ』代表。
・ダグラス・マッカーサー三世=月面都市国家『ユニオンシティ』行政府首席補佐官。元極東アメリカ合衆国CIA長官。




