第二次ヘラス大陸攻略作戦
――――――【佐賀県佐賀市 佐賀空港内 防衛大臣直轄部隊『特殊機動団』駐屯地】
陸上自衛隊水陸機動団と隣接している特殊機動団格納庫で、パワード・スーツの起動確認を終えた高瀬中佐が、操縦席から地上へ降りると、脚部メンテナンスを隊員に指示していた整備班長が敬礼して話し掛けてきた。
「中佐、我々はヘラス大陸攻略に参加しないのでありますか?」
転属して間もない整備班長が高瀬に訊く。
「パワードスーツみたいに使い所がハッキリしない兵器は、簡単に未知の戦場へ投入など出来はしないさ」
苦笑する高瀬。
「私自身、巨大ワームとの闘い方など知らないからな」
「……そうでありますか。自分はてっきり美衣子教官なら、躊躇う事無くいきなり投入するものだと思っておりましたのでつい、参戦かと……」
「ははは、いくら美衣子教官でも、自らが手塩に掛けて造ったパワードスーツだ。易々と壊される様な投入はしないだろう」
「その発言ダウトっス!」
格納庫の片隅に忽然と出現した『どこへもドア』から頭だけ出した瑠奈が声を上げる。
「あ~、さーせん。 仕事中なんで、セールスは後でオナシャス……」
高瀬に対するものとは全く異なるおざなりな口調で瑠奈の頭をドアの向こう側へ押しやると、ドアをぱたりと閉じてしまう整備班長。
「……整備班長。今のは?」
唖然として尋ねる高瀬中佐。
「時々、美衣子教官の妹だと自称する方が来られるのです。怪しいトンデモ装備を試験してくれと持ち込むのですが……。まともに使えた物は有りません。美衣子教官からも『適当に可愛がってあげればいいのよ。おざなりな対応もまた一興よ』とお言葉を頂いておりますので、適当に対応させていただいております」
「トンデモ装備とはどんな物なんだ?」
「例えば……プラズマ砲?とかであります」
「……確かに。トンデモ兵器だな。そんな高圧電力何処から持ってくるのだ」
整備班長の答えに頷きつつ、開いた口の塞がらない高瀬中佐だった。
♰ ♰ ♰
2025年(令和7年)6月16日午前4時30分【火星 南半球ヘラス大陸から300㎞北方のマリネリス海域 第1作戦艦隊 英国連邦極東海軍航空母艦「クイーン・エリザベス」CIC】
「提督。第2作戦艦隊「いずも」から通信。『ネタはシャリを離れた』です」
副官のグリナート大佐が聞き慣れない符丁に首を傾げながら報告する。
「わかりました。上空待機中の戦略航空艦隊及びダイモス、フォボス基地と衛星軌道上の宇宙艦隊は、MOAB弾発射態勢!目標、ヘラス大陸西海岸!」
ロイド提督が命令する。
「人類史上初の火星文明を活用した民間警備会社との共同作戦です。奇想天外にも程が有りますが、果たして――――――」
ロイド提督は少しだけ楽し気に呟くのだった。
――――――同日午前5時(火星 南半球ヘラス大陸東海岸から10キロメートル北方、マリネリス海域 第2作戦艦隊旗艦『いずも』CIC】
「先行するミツル商事戦闘団、間もなくヘラス大陸東海岸に上陸します」
オペレーターが鷹匠准将に報告する。
「さて、ターミネイター軍団のお手並み拝見といこうじゃないか」
鷹匠が呟いた。
――――――同時刻【ヘラス大陸東海岸】
明け方の薄暗い海に前触れもなく突然海面が盛り上がると、銀色に輝く巨大な物体が海面から次々と姿を現し、赤茶色の砂利が一面に広がるヘラス大陸東海岸に勢いよく乗り上げていく。
巨大な銀色をしたフランスパンに似た形状の集団は、砂利だらけの海岸にズザザァと乗り上げふわりと数メートル浮上すると、貨物列車の如く連なって内陸部へ突進していくのだった。
――――――【第1作戦艦隊 旗艦『クイーン・エリザベスⅡ』CIC)
「第2艦隊「いずも」より通信。『ネタは魚河岸に上がった』です」
グリナート大佐が、またしても聞き慣れない符丁をロイド提督に伝えた。
「すべて順調ですね」
頷くロイド提督の顔は満足げだった。その脇で聞き慣れない符丁を解読しようとしては、しきりに首を傾げるグリナート大佐だった。
「”ネタ”は第1ポイントに到達」
戦術管制官が報告する。
「今だ!MOAB(大規模爆風爆弾兵器)全弾、西海岸に投射!」
ロイド提督が命令する。
第1作戦艦隊の遥か上空を旋回していた、ユニオンシティ空軍沖縄嘉手納・東京横田駐留部隊からなるB52戦略爆撃機20機と、日本国航空自衛隊C-2輸送機40機からなる戦略航空艦隊、衛星軌道上で待機していた、航空・宇宙自衛隊『ホワイトピース』、ユーロピア宇宙軍『ドゥ・リシュリュー』、英国連邦極東『ヴァンガード』『ヴェンジェンス』からなる連合宇宙艦隊から多数のMOAB弾頭搭載誘導弾がヘラス大陸に向けて発射された。
「対空レーダー、大気圏外からのMOAB弾頭捕捉。マッハ20で西海岸に落下中。まもなく着弾します」
「戦略航空艦隊MOABミサイル、ポップアップ(最終突入態勢)に入りました!
衛星軌道からの誘導弾とほぼ同時刻に着弾予定」
程なく無数の流星が、ヘラス大陸"西海岸"に降り注ぎ、300㎞離れた『クイーン・エリザベスⅡ』からも、地上へ降り注ぐ流星群を視認出来た。
マッハ20超の速度でヘラス大陸西海岸に突き刺去ったMOAB(大規模爆風爆弾)は、地中深く突き進み地下200m付近で通常弾頭の炸薬が爆発すると、赤い大地を深く抉るように大量の土砂と爆炎とバラバラになった巨大ワームを、空中へ勢いよく噴き上げるのだった。
――――――【第2作戦艦隊 旗艦『いずも』 CIC】
「MOAB全弾着弾!」
「まるで西海岸が噴火したみたいだな」
モニターが映し出す爆炎のカーテンに鷹匠准将は目を見張った。
「艦上センサー、西海岸地域において、急激な気温上昇を確認」
「……もうひと押しだな。Pエネルギープラント船の稼働状態は?」
「現在稼働率90%、無線送信で順調にミツル商事へエネルギー供給中」
「流石火星文明だな。護衛艦隊は、プラント船警護に最大限の注意を払え!
潜水艦隊も油断するな!」
「『じんりゅう』より!艦隊南側面海中に接近する巨大物体反応!海ワーム群れ20万!」
「全艦対潜戦闘!アスロック、爆雷をありったけ撃ち込め!パワープラント船を護れ!オールウェポン・フリ-!」
鷹匠の艦隊も戦闘を開始した。
――――――【第1作戦艦隊 旗艦『クイーン・エリザベスⅡ』CIC】
「第2作戦艦隊、海ワーム群20万と交戦状態に入りました!」
「此方にも来るぞ!海ワームに警戒!」
クイーン・エリザベスⅡ艦内に非常ベルが鳴り響く。
『こちらセントリー1。地上監視レーダーに反応。大陸中央部からサソリモドキ群、300万が西海岸に接近』
ヘラス大陸遥か上空を飛行しているAWACS(早期警戒管制機)に乗る戦術管制官が、火星生物の動きを司令部へ報告する。
「セントリー1へ、気化爆弾使用を許可する!」
AWACSと共に、ヘラス大陸20000m上空を飛行していた航空自衛隊F3支援戦闘機、英国連邦極東空軍タイフーン攻撃機の群れが、西海岸へ向けて気化弾頭を装着した空対地ミサイルを次々と発射する。
空対地ミサイルは、マッハ5の速度で西海岸上空20mに到達すると炸裂した。
上空で弾頭の燃焼系液体が噴霧され、炸薬が続いて爆発、戦術核兵器に匹敵する猛烈な衝撃波と爆炎風が一気に西海岸地表部分を襲った。
地上を覆っていた300万のサソリモドキは、猛烈な衝撃波と爆風で一掃された。
『セントリー1、更に地上レーダー反応!巨大ワームの群れが熱源目指して西海岸に集中』
「結構。第1作戦艦隊全艦はセントリー1の誘導に従い、トマホーク、ハープーンを発射せよ」
旗艦『クイーン・エリザベスⅡ』の周囲を固めていたイージス艦、フリゲート艦のVLS(垂直発射筒)から次々と勢いよく巡航ミサイルが発射され、艦隊が暫し白煙に包ま、白煙の帯がヘラス大陸西海岸へと伸びていく。
「全キャッスルは母艦に戻ってナパーム弾装備、西海岸にキャンプファイアを作り出せ!」
「第2作戦艦隊より報告、ミツル商事戦闘団、東海岸10Kⅿ内陸まで進出。間もなく"ヒル回収作戦"を開始するとの事です」
「よし、ミサイルを撃ち終えた艦は、艦砲射撃可能位置まで前進。作戦第三段階に備えよ!」
「ユニオンシティ海軍レールガン駆逐艦『ズムウォルト』前進せよ。護衛艦隊左右に展開、アスロック投射態勢。潜水艦隊、フリゲート艦は海底からの海ワーム襲撃を警戒」
――――――【ヘラス大陸東海岸 内陸部 ミツル商事戦闘団 旗艦『アナーゴ』】
「瑠奈、もうすぐ目的地よ。『荷物』の準備は大丈夫かしら?」
美衣子が先頭を進む瑠奈に訊く。
「こちら『マロングラッセ』。大丈夫っス!超順調っス!って――――――あ痛ッ!!」
瑠奈の操縦する戦闘艦が、行く手に現れた巨大な一枚岩に衝突すると横転してしまう。
「マロングラッセ横転。連結していた後続艦、次々横転。どうしましょう……コンテナがフルオープンよ!?」
結が、予め澁澤総理作成の"台本"片手に”棒読み”で報告をする。
美衣子が、フフッと小さく笑う。
「さすが瑠奈。『持ってる』わ。恐ろしい子……」
「ロイドと鷹匠に連絡。『ネタが転んだ』以上よ」
最後尾で美衣子と結が座乗する旗艦『アナーゴ』も、横転して90度傾いていた。
――――――【第1作戦艦隊 旗艦 「クイーン・エリザベス」 CIC】
「第2作戦艦隊より緊急電!!『ネタが転んだ』以上」
ロイド提督は笑いを噛み殺しながら、
「第1艦隊全艦、作戦第三段階に入る!」
作戦行動を指示する。
「提督、先程から使われている怪しげな符号は何で有りますか?」
地球から来て間もない、英国海軍原子力潜水艦艦長だったグリナード大佐が、怪訝な顔でロイド提督に訊く。
「……問題ない。平常運転だよ」
ロイド提督は微笑むだけだった。
第1作戦艦隊のフリゲート艦やイージス艦は、多数のトマホーク巡航ミサイルとハープーン対艦ミサイルをひきりなしに撃ち続けて、西海岸で作り出された”炎のカーテン”を維持した。
ユニオンシティ海軍最新鋭駆逐艦『ズムウォルト』の超電磁砲は、蒼白い電光を放ちながら全力で炎のカーテン向こう側の巨大ワームを貫き続けていた。
――――――【ヘラス大陸東海岸 内陸部20km】
瑠奈の操縦していた多次元戦闘艦『マロングラッセ』は横倒しとなり、船体側面にある貨物コンテナが全て開放され、海上都市で三姉妹に育てられた大量の中型ヒルが、赤い大地へわらわらと獲物を求めて散っていった。
『マロングラッセ』後続、200隻余りの連結した艦列は残らず横転し、何れも貨物コンテナが開いて大量の中型ヒルがヘラス大陸内陸部へ向けて全力で去っていった。
「ロイド。"回収した筈の"火星ヒルが全て内陸部に移動してしまったわ!」
横転に巻き込まれた最後尾の旗艦『アナーゴ』から"台本"を握りしめた美衣子がロイドに報告する。
「瑠奈、全艦の連結解除。戦闘艦を地上と地中に分けて、V字陣形をとりなさい。陸上、地中掃討モード、プラズマ砲スタンバイよ」
美衣子の指示が飛ぶ。
銀色のフランスパン軍団から半分の100隻程が赤い大地に、艦の先端をぐりぐりとのめり込ませながら地中へ潜って行く。
地中に潜った戦闘艦は、先端をドリル状に変形させると、地下50m程をV字形に広がりながら、進行方向の地中に微弱な電波を発信して巨大ワームを捜索した。
「地中レーダー、ヒットっス!姉さま、地中に沢山ミミズが居るっス!!」
地中深くを掘り進む『マロングラッセ』から瑠奈が報告する。
「瑠奈、プラズマ攻撃開始よ」
「ラジャっス!」
地中深く進む100隻の艦体先端が青白く発光すると、艦前方に巨大なプラズマ塊が発生し、周囲の土壌を”溶かしながら”500m程プラズマ塊を維持して消えた。
表面温度1500℃のプラズマ塊に触れた巨大ワームは、瞬時にその巨体を破裂させながら土壌の一部となり、溶けていった。
「まだまだ、プラズマ攻撃続けるっス!」
瑠奈の「地中艦隊」は、後方の第2作戦艦隊のプラント船団から供給されるPエネルギー転換動力炉をフル活用して、ヘラス大陸東側地中を文字通り焼き尽くしながら西海岸目指して進んでいった。
ヘラス大陸に生息していた巨大ワームは、西海岸では空からのMOAB弾で地中から根こそぎ吹き飛ばされ、東海岸へ逃げようとしようとしたところを、火星蛭の群れに身体を喰われ、地中では東海岸から突き進んできたミツル商事戦闘団によるプラズマ攻撃で土砂ごと焼き尽くされながら数を減らしていき、最終的に中央部砂漠地帯まで追い詰められた巨大ワーム群は、火星蛭の群れと、東西から降り注ぐ鉄と超電磁砲、プラズマの中で駆逐されていった。
洋上で水雷戦を繰り広げた海ワームは、進化間もないが故に、弱小な個体が大半であることが"ブレーンズ"の分析で判明、苛烈な対潜飽和攻撃の前にあっけなく殲滅されていった。
2025年(令和7年)6月23日早朝、ダイモス宇宙基地がヘラス大陸上空を通過した際に赤外線とレーザーセンサーで地上を走査したが、巨大ワームやサソリモドキの群れは消え、僅かな個体だけしか存在しない事が確認された。
海ワームにおいては完全に殲滅された様で反応が無かった。
こうして火星南半球ヘラス大陸は地球人類に制圧された。
MCO統合作戦事務局は、ヘラス大陸開発をユニオンシティ国主導で行う事を内定していたが、これに作戦主導権を握ってきた英国連邦極東が激しく反発、ユーロピア共和国と日本国も統合作戦事務局に異議を申し立てた。
ユニオンシティ国ソーンダイク代表は、事態仲介に務めた結果、ヘラス大陸開発を辞退した。
一方でユニオンシティ国は、行政府首席補佐官ダグラス・マッカーサー三世指揮のもと、火星北半球アルテミュア大陸東部の開発を加速、穀物や鉱業産品の輸出で影響力を強める事となり、列島各国はMCO統合作戦事務局とユニオンシティ国への反感を強めた。
そのような状況下、正規軍顔負けの戦闘力を誇示したミツル商事戦闘団は、MCO統合作戦事務局とイスラエル軍関係者から注目される存在になっていった。




