ヘラス大陸攻略作戦
2025年(令和7年)6月1日午前1時【火星衛星軌道上 航空・宇宙自衛隊『ダイモス宇宙基地』司令部】
「MOAB(大規模爆風爆弾)搭載MCO宇宙艦隊が、ヘラス大陸上空の衛星軌道上に到達。全艦発射位置に着きました」
「MCO海軍艦隊、ヘラス大陸まで200㎞。巡航ミサイル発射準備完了!」
「MCO空爆編隊、海軍艦隊上空にてMOAB弾頭搭載ミサイル発射体制に入りました!」
薄暗い司令部で、オペレーターが次々と各部隊の状況を報告する。
「提督。予定通りの進行です」
副官の鷹匠准将が、火星海洋上で展開する連合海軍艦隊旗艦「クイーン・エリザベスⅡ」に設けられた作戦司令部に居るロイド提督へ報告する。
「フォボス基地から地上探査レーダーを照射せよ」
ロイド提督が指示する。
衛星ダイモスから火星を挟んだ反対側の衛星軌道上に位置する、衛星フォボスのユーロピア共和国軍宇宙基地に設置された、地上探査レーダーアンテナが、火星南極付近に在るヘラス大陸へ向けられると各種レーダー波が発信された。
「ダイモス基地とのリンクは保っているかね?」
「はい」
「フォボス赤外線レーダーより、ヘラス大陸沿岸から大陸中央部まで巨大ワームとみられる熱源探知。総数約1万!」
オペレーターの声が心なしか上ずっている。
「連合海軍E-2D、AWACS(早期警戒機)ドップラーレーダーから、数百万のサソリモドキ類探知!」
「ヘラス大陸北部沿岸探索中の潜水ドローン、海中に巨大な遊泳物体の"群れ"を探知。個体数10万!—――—――潜水ドローンからの信号途絶!」
次々と想定を超える観測結果が報告される。
「ブレーンズの見解は?」
額に汗を滲ませたロイド提督が訊く。
『こちらブレーンズ。南半球の生態系を推測する限り、これらの数は異常ではない。
地球生態系を基準としていたわれわれの認識こそ異常だったのだ』
八丈島沖の海上都市指令センターに居るJAXA天草から返答が来る。
「今の戦力で我々に殲滅は可能と思いますか?」
『探知された限りの数は殲滅できるでしょうが、潜在的な総数は今の数倍でしょう』
「……弾が足りませんね」
『中途半端な攻撃は相手に「対抗する知恵」を与えてしまうでしょう』
天草の回答は酷なものだった。
司令官席の卓上にある赤い色の電話が鳴った。
上級司令部や各国政府首脳とのホットラインである。
もちろん大月家も登録済である。
「……ロイドです」
『作戦は中止よ。状況は理解しているわ』
「準備が足らず申し訳ございません」
恐縮するロイド提督。
『謝罪は不要よ。私の戦力見積もりが甘すぎたわ』
「……それは」
『ロイド、今晩ハウスに来なさい。反省会よ』
「はいっ了解しました!」
"美衣子"との通話を終えたロイド提督は、気を取り直すかのように大きく息を吸うと、命令を下した。
「作戦行動中の全部隊に通達。作戦中断!基地に一時帰投せよ!」
「よろしいのですか?」
鷹匠がロイドに確認する。
「アマクサが言った通り、弾切れで攻撃がとん挫しては、敵に我々の手の内を教えるだけだ。攻撃するならば、一度きりで必ず相手を殲滅しないと火星生物には勝てないだろう」
「……統合作戦事務局が黙っていないでしょうな」
渋面の鷹匠准将。
「役人の戯言に興味はありません。作戦は中断します!」
ロイド提督が断言した。
「作戦中断!全軍速やかに作戦地域から一時撤収!偵察衛星と海軍偵察機は、ヘラス大陸の監視を継続!」
鷹匠が全軍に命令を伝えた。
こうしてヘラス大陸攻略作戦は一旦 中断された。
鷹匠准将の予想通り、MCO統合作戦事務局から猛烈な責任追及の通信が相次いだが、作戦司令官のロイドは、緊急協議の為不在であり、統合作戦事務局の不満は躱された形となった。
♰ ♰ ♰
――――――同日午後8時【神奈川県 横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス】
共用ダイニングルームで「ミツル商事」面々と東山、澁澤首相、岩崎官房長官、桑田防衛大臣、作戦司令官のロイド提督が夕食後の反省会をざっくばらんに行っていた。
「やはり弾が圧倒的に足りませんなぁ……」
ロックのスコッチウイスキーが入ったグラスを傾けながら、ロイド提督が嘆息する。
「陸戦に強そうなイスラエル軍は使わないのですか?」
満が東山に訊く。
「火星入植第一陣と共に精鋭部隊も月面都市を発っていますが、民間人への無理なG負荷をかけられないので惑星間航行速度を落としています。到着は7月上旬になりますね……」
首を横に振って答える東山首相補佐官。
「それに、イスラエルはカッパドキア地下都市へ国家移転中だ。火星へ増援部隊を派遣する余裕もないだろう」
澁澤が言った。
「……そう言えば、ニタニエフ首相は隠そうとしていましたが、国土の一部が巨大ワームに似た生物に襲撃を受けている様でした。テルアビブの大使館前を、砲兵隊を引き連れた戦車部隊が沢山ヨルダン川へ向かっていきましたね」
思い出した感じで話す東山。
「火星の巨大ワームがどうして地球に居るのかしら?」
ひかりが首を傾げる。
「ヨルダン川西岸で機甲部隊が地中から現れた巨大ワームらしき生物と交戦した模様ですが、大量の重火器で殲滅した為に肉片採取さえも困難との事でした。
大使館に派遣している武官から、複数の巨大生物が未だガザ地区に潜んでいる可能性があり、イスラエル国防軍が警戒を強めていると報告が上がっています」
桑田防衛大臣が報告する。
「イスラエルには、MCOから確認の為に調査団を派遣しています」
ロイド提督が桑田の報告に最新情報を付け加えた。
「いずれにしても、南半球の生物全てを殲滅するぐらいの覚悟でやらないと無理。中途半端は駄目、絶対!」
美衣子が、ロイド提督と桑田防衛大臣の前でテーブルをぺちぺちと叩きながら説教した。
項垂れるロイド提督と桑田防衛大臣。
「そのようにしたいのですが、火星蛭の使用を禁止され、火星環境に配慮した特定害獣排除という重しを付けられては話になりませんな」
ロイドが珍しく語調を荒げ、統合作戦事務局に苦言を呈した。
「もはや、MCOの指示など無視して作戦を立てては如何です?」
満が首脳陣に訊いてみる。
「いや、それはまずい。人類都市ボレアリフからの穀物供給が滞ると、一気に列島国民は干上がってしまう」
澁澤が苦しそうに言った。
「火星海洋上での海洋食料プラント稼働は軌道に乗りつつありますが、日本国民と列島諸国を養うには、やはりアルテミュア大陸と北方四島穀倉地帯が必要不可欠です」
岩崎官房長官が言った。
一同うーんと首を捻る。
「……弾がなければ作れば良いのよ」
唐突に美衣子が言った。
「どこで?」
大月が訊く。
「シドニア地区で、マスターが作った地下施設をフル稼働させるのよ。そして、マルス文明のアンドロイド軍団を全て投入して、徹底的に掃討作戦を行うのよ」
事も無げに言い放つ美衣子。
思わずお互いの顔を見合わせたロイド提督と桑田防衛大臣。
「ミス・ミイコ、あなたの手持ち戦力は?」
ロイド提督が訊いた。
「戦闘用アンドロイド5,000個体、多次元対応型戦闘艦200隻。マスターゼイエスの暇潰しに作られたわ」
美衣子がゼイエスの置き土産であることをさらりとカミングアウトした。
「……ゼイエスさん、暇つぶしになんて恐ろしい物作っているんですかね」
桑田防衛大臣が思わず頭を抱える。
「ただし、エネルギーの問題が有るわ。Pエネルギー(惑星磁力線)変換設備が不足しているの。設備の増設は、MOAB弾頭を量産するより容易。メガフロート都市一つ分を、全て簡易ピラミッドで埋め尽くせば可能よ」
美衣子の説明に結と瑠奈も頷いた。
「我が国のゼネコンが全面協力したらどうなる?」
興味を示した澁澤が訊く。
「2×4(ツーバイフォー工法)で2週間くらい」
美衣子が即答する。
「よし!それで行こう!」
澁澤が決然と言い放ったところで美衣子が意見した。
「それは、ミツル商事への業務委託で良いのかしら?もちろん経費はそちら持ちで?」
澁澤や岩崎、桑田の顔が少し引きつったが、
「可能な限りの負担は、私の権限が及ぶ範囲で尽力しましょう」
ロイド提督が可笑しそうに笑いを堪えながら了承した。
「少なくとも、手持ち兵力が少ない今、四の五の言ってられません。英国連邦極東軍としても、ミツル商事の全面的なサポートを必要としているのです」
「勿論我が国も、独自の判断でミツル商事をバックアップしよう。火星巨大蛭も全力で育てて投入しようじゃないか!」
澁澤が悪戯を思いついた子供の様な顔をする。
「蛭は、MCOが使用を禁じているのでは?」
東山が確認する。
「『研究廃棄前に放していたのを回収しました』てへぺろ、と言えば、多少数が増えても文句は言われんだろう?」
ニヤリとほくそ笑む澁澤。
「……総理大胆ですな」
呆れたように言う岩崎。
「美衣子君達には負けるよ」
「褒められると照れるわ(っス!)」
おだてに乗って誇らしげに胸を張る美衣子達三姉妹。
「いやいや、褒めてないからね?お願いだから、少しは自重してね?」
嫌な予感満載で予防線構築に懸命な満であった。
こうして史上類を見ない「陸・海・空・宙」協働による第二次ヘラス大陸上陸作戦は実行される事となったのである。




