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転移列島  作者: NAO
混沌編 混沌の始まり
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天敵【後編】

 日本列島が火星に転移する45億年前【太陽系第5惑星 衛星「イオ」付近】

挿絵(By みてみん)

「第5惑星本体地表まで40里」


 イワフネが、地表観測センサーに集中しているゼイエスに告げた。


「……此処に知的生命体は居ないだろう。メタンや窒素が過半を占める大気中に原始的な生物は居るようだが、拡散していて群れとは言えないな。……惑星表面の超高圧と猛烈な風速では、生命が根付く可能性は低い。ただ霧散しているだけの存在に、これ以上の進化は望むべくもないだろう」

センサーに顔を向けたままのゼイエスが応えた。


「いいのか?アマトハに直訴までして、無理やりこんな遠くまで遠征したんだ。せめて80近くある衛星を探索するのも手だぞ?」

探索の手を尽くすべきと意見するイワフネ。


「いや。惑星本体で進化できない生物が、衛星で独自の進化などあり得んよ。残念だが、オリンポスに帰ろう」

落胆した面持ちのゼイエス。


 二人の乗った第5惑星(木星)探査天体ラボ「フォボス」は、第5惑星の衛星軌道でスイングバイコースを取って母星マルスへの帰途についた。


 第5惑星から離れていく「フォボス」を見つめるかのように第5惑星表面の大赤斑が、まるで赤い眼を瞬きさせるように収縮した。


 地球3個分の直径がある大赤斑周辺は、高温の地表付近を始めとしてメタン、窒素を栄養素とする「多様な」原始生命体が存在していた。


 ”彼ら”はまるで大赤斑全体で一つの意思を持つかのように、遠ざかる「フォボス」をいつまでも見つめていた。


 もし、人類がこの光景を目撃していたならば、その瞳は、他の惑星からの来訪者に対する好奇心と警戒のいりまじった目つきに違いないと思うかも知れない。


          ♰          ♰          ♰


2025年(令和7年)4月20日 午後7時30分【神奈川県 横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス ダイニングルーム】


 夕食後の共用ダイニングルームで、デザートのカボチャプリンをチロチロと舐めながら美衣子は、毎週日曜夜に放送されるNHK教育番組「ダーリンが来た!」を、岬とじっと視ていたが突然、


「これだわ!」

と叫ぶと、プリン片手に椅子の上で立ち上がった。


「何がどうしたの!?」

驚いた岬が訊いてきたので美衣子は、


「巨大ワームの天敵を見つけたわ!」

プリンのカラメルを頬にくっつけたまま、ニヤリと不遜な笑みを浮かべるのだった。



――――――翌日朝【NEWイワフネハウス 地下研究室(美衣子)】


「さあ岬、これを見るのよ」


 机に置かれた昆虫飼育用の透明な容器には、火星の土が敷かれており、体長10cm程の極小ワームと『ヒル』が入れられていた。


 容器の中に敷かれた火星の土を元気に掘り返す極小ワームに、蛭がひたひたとナメクジのように近づいていく。


 ワームが地上に頭を出した瞬間、蛭がワームを包み込むように捕らえると、先端下部の口から溶液を出してワームを溶かしながら食べ始めた。


「……これは!?」

驚愕から立ち直った岬教授が美衣子に訊く。


「昔からヒルの好物はミミズだったのよ。蛭の中にはワームしか食べない種も居る程よ」

美衣子が答えた。


「恐らく、火星には蛭に似たような種が居るに違いないわ」


 美衣子は自信たっぷりに言うと、いつの間に何処かの天空のパズーみたく、時代物の小型バズーカ砲を背負うと、虫取り網を手に「どこへもドア」を潜って、前人未到に近い火星南半球ヘラス大陸の中央部砂漠地帯へ入って行った。


 岬が我に返ると、美衣子の姿はドアの向こうへ消えていた。


「うえええーっ!?」


 岬の叫び声が地下研究室に響き渡った。


         ♰          ♰          ♰


2022年(令和4年)4月21日午後8時【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス 大月家】


「で、どうだった?」

大月満が、ボロボロのジャージを着て正座する美衣子に質問する。


 夕食後に大月家のリビングルームで美衣子の「反省会」が開かれていた。


「……火力が足りなかったわ」

満の問いに項垂れて正座していた美衣子は、傍らに置いた小型バズーカ砲を恨めしく見つめながら答えた。


「そんなに大きい蛭だったの?」

巨大ヒルを想像して鳥肌の立った両腕を抱えるように、ひかりが訊く。


「流石火星巨大生物だったわ……。全長200mはあったかも……」

腕を組んでうーむと唸りながら答える美衣子。


「じゃあ、ワームの天敵出現で南半球制圧は楽になるっスね!」

楽天的な瑠奈。


「そうでもないわ。問題が一つある」

美衣子が瑠奈を窘めるように言った。


「数が圧倒的に少ないのよ」


「比率は?」

同席していた岬教授が質問した。


「1対10くらい」

答える美衣子。


「少なすぎっ!」

「そりゃ巨大ミミズが増えて当然っスね!」

岬が驚き、瑠奈が納得する。


「……数が少なければ増やせばいいのよ」

思案顔の結が言う。


「何処で育てるの?」

嫌な予感を察したひかりが問う。


「もちろん……瑠奈の生け簀で」

妹の者は自分のモノとばかりに、答える結。


「なんでっ!?」

割を食らう瑠奈だった。



 流石にNEWイワフネハウスで巨大蛭の飼育は、色々な面で問題が有り過ぎたので、満とひかりは、首相官邸を訪ねて岩崎官房長官に相談した。


「巨大ワームの天敵……ですか」

愕然としながらも、頭をフル回転させる岩崎官房長官。


「はい。家(NEWイワフネハウス)の地下研究室にある50m水槽では、育てられないほど巨大になるようです。美衣子が言うには、200m級になるとか……」

真顔で説明するひかり。


「……それを人工飼育したいと?」

様子を伺うように訊く岩崎官房長官。


「はい」

真顔で答えるひかり。


 岩崎は以前も同じ事が有った様な、くらっと眩暈を感じたが、流されては負けだと根性を出して踏み止まった。


「では、防衛省化学学校とNIID(国立感染症研究所)に此方から相談してみましょう」

立ち直った岩崎が応える。


「この事はMCO(火星協力機構)には?」


「まだです。実際に火星ヒルが巨大ワームを食べたら報告する予定です。それまでは「ミツル商事」独自研究として部外秘にします」

満が答える。


「その判断は適切です。MCOが聞きつけたらすぐに干渉するのは目に見えています。

 総理に報告した上で、明日にでも大月社長に連絡しましょう」


「「お願いします」」

満とひかりが頭を下げる。


 満とひかりが官邸を後にした2時間後、NSC(国家安全保障会議)が開催され、澁澤総理大臣、岩崎官房長官、桑田防衛大臣、後白河外務大臣、黒子厚労大臣、甘木経産大臣が出席した。


 NSCにおいて、「ミツル商事」が研究している"巨大ワーム天敵飼育計画"は、全員の賛成で承認され、経産省が小笠原沖に建設する海上研究都市にて飼育、実証実験は、秘かにヘラス大陸東海岸で行う事となった。


 万が一のバイオハザードに備え、厚生労働省管轄のNIID(国立感染症研究所)と自衛隊化学防護部隊が、前進対応拠点として施設の監視を行い、海上自衛隊1個護衛隊群が周辺海域に展開する事になった。


 その日の夕方、首相官邸番記者がNSCの会議内容について質問したところ岩崎は、


「MCO戦術作戦局長のロイド提督から、巨大ワーム対策として使用する新型爆弾MOAB(すべての爆弾の母)大量生産と配備の要請を受け、検討したものであります」


 そっけなく答えるのだった。


 日本国政府の了解と、万一の場合に対する支援を取り付けた大月は、イワフネ・ファンンドが拠出された小笠原沖で建設中のメガフロート海上研究都市の一角に、三姉妹や岬、琴乃羽の研究施設を設けた。


 万が一、火星巨大蛭が暴走した場合は、メガフロート区画ごと分離して地上設置型MOAB(新型爆弾)で自爆処分するためである。


 普段はトラブルメーカーな三姉妹だが、大月が巨大ワームに喰われた経験から、この天敵研究は至って真剣であり、小笠原に居る間は、終始周囲と隔絶した研究生活を送っていた。

 ミツル商事の全員も、各々の持ち場に籠って三姉妹の研究を支えるのだった。


 2025年(令和7年)5月上旬の満月の夜、南半球ヘラス大陸東海岸地区に貨物列車の様に多数のコンテナを連結させた瑠奈操縦の水陸両用戦闘艦『マロングラッセ』が上陸、内陸部砂漠地帯まで進出すると、運んできたコンテナを一斉に開放した。

挿絵(By みてみん)

 コンテナの中身は、体長10m程に成長した中型火星蛭(火星ヒル)であり、総数3,000匹が夜のヘラス砂漠へ散っていった。


「大きくなれよ~」


 なんだかんだと親身になって飼育していた瑠奈は、ハンカチ片手に涙ぐみながら火星蛭を見送るのだった。



 翌日、航空・宇宙自衛隊ダイモス宇宙基地から、美衣子が拡大望遠鏡で観測した結果、中型火星蛭は集団で巨大ワームに取り付いて捕食していたことが確認された。


 5月15日、日本政府はMCO(火星協力機構)に対し、官民合同プロジェクトで巨大ワームの天敵である巨大火星蛭の飼育に成功したと報告した。


 歓喜したロイド提督を始めとするMCO戦術作戦局は、上層部に火星ヒルの大量飼育を進言した。


 だが、地球避難民が多く働くMCO『統合作戦事務局』は火星生態系保護の立場から、巨大ワーム駆除は、"クジラ同様、知的生命体排除にあたり、生物多様性を否定する"と感情的に否定され、逆に日本政府とミツル商事に対し研究廃棄と施設閉鎖が勧告される事態となった。


 日本政府はMCO統合作戦事務局が下した勧告に激怒、MCO臨時総会の招集をユニオンシティ国ソーンダイク代表に要請、研究の自由を認める決議案を採択させるべく、活発なロビー活動を列島各国で行った。


 また、MCO難民高等弁務官事務所のシャトル利用料未払いが慢性化していた為、ミツル商事は月面ユニオンシティ向けマルスシャトル貸与を停止した。


 この為、地球と火星からの物資に頼っていたユニオンシティ国の物流状況が悪化、ソーンダイク代表は急遽火星に来日してミツル商事大月社長へ謝罪、同席した澁澤首相にシャトル便再開を求める事態に発展した。


 澁澤首相はソーンダイク代表に対し、MCO統合作戦事務局に代表される、肥大化した官僚組織改編を提案、また中立的立場である筈の官僚が行使する"欧米的リベラリズム"に代表される「一方的的価値観」の押し付けを厳しく批判した。


 ソーンダイク代表は、ユニオンシティ建国以来の日本国政府と美衣子を始めとする大月家支援に謝意を示し、加盟各国の自由な研究について理解は示したが、MCO統合作戦事務局改編やリベラリズム規制については明言を避けた。


 ユニオンシティ国は、MCOを通じて確立した各国への影響力を手放したくなかったのである。


 ユニオンシティ国の対応に澁澤達日本国政府首脳は、同国が地球復興の名を借りて「パクスロマーナ(覇権主義)」を歩んでいるのではないかと疑うようになっていった。


 このような政治的緊張を感じさせつつも、人類は地球復興計画の一つである「火星南半球ヘラス大陸攻略作戦」の準備を進めた。


 作戦発動まで2週間を切っていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の主な登場人物】

・大月 満= ミツル商事社長。

・大月 ひかり= 総合商社角紅役員。

挿絵(By みてみん)

・大月 美衣子=日本列島生物育成環境保護人工知能。フリーダムな歩く人工知能。

挿絵(By みてみん)

・大月 結=元マルス尖山基地人工知能。バージョンアップされた。

挿絵(By みてみん)

・大月 瑠奈=地球観測天体(月)人工知能『ルンナ』。月ラボの日本人標本から誕生。

挿絵(By みてみん)

・岬 渚砂=ミツル商事海洋開発部門担当。海洋生物学者。

挿絵(By みてみん)

・澁澤 太郎=日本国総理大臣。

・岩崎 正宗=内閣官房長官。

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