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転移列島  作者: NAO
混沌編 混沌の始まり
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天敵【前編】

2025年(令和7年)3月下旬【地球中東 ヨルダン川西岸 ガザ地区】


 季節外れと言える火山灰混じりの雪が降り積もった西岸地区のイスラエル側には、イスラエル国防軍機甲部隊のメルカバMK-Ⅲ戦車がズラリと並び、砲口を廃墟となったガザ地区へ向けていた。


「ワイズマン中佐殿!ダビデ23から報告です」


 メルカバ戦車のハッチから身を乗り出し、静まり返ったガザ地区を双眼鏡で観察していたワイズマン中佐に、通信兵が斥候部隊と通信が繋がっている受信機を渡す。


「ワイズマン中佐だ。状況を報告せよ」


『こちらダビデ23、ガザ地区中心部まで進出。敵影なし。建物は軒並み破壊されている……だが、死体は転がっていないし、付近に住民は一人も居ない……』


「パレスチナ自治区内でヒズボラや他の武装組織同士で戦闘した痕跡は無いのか?」


『……違う。銃撃の跡や、砲弾が爆発して破片が飛び散った痕跡は見当たらない……まるで何かに薙ぎ倒された様に建物が倒され、住居が押しつぶされている……?……何だ!?……中佐殿!住宅地のど真ん中に巨大な地下通路を発見!』


「なんだと?我が領土へ侵入を企むヒズボラ(アラブ系非合法武装組織の名称)の地下トンネルか?

 ダビデ23、トンネル内を索敵せよ!発砲を許可する」


「戦車部隊と砲兵部隊はダビデ23が発見した地下トンネルに照準!

 命令あるまで発砲は許さんぞ!」


 パレスチナ武装組織が隠し持つ、秘密の地下トンネルに違いないとワイズマンンが警戒する。


『ダビデ23、これより地下通路の索敵を開始する――――――酷い悪臭だ』


 しばらくすると、突然無線機にノイズ混じりの切迫した声が響く。


『—――—――っ!?こちらダビデ23、先頭を歩いていた隊員が消えた!』


「なんだ!?アンブッシュ(待ち伏せ)か!?」


『うわぁぁ!風がっ!……吸い込まれるっ――――――』


 斥候部隊の悲鳴を最後に通信が途絶した。


「中佐殿!あちらを!」

傍らに居た副官が砲口の先を指さした。


 パレスチナ自治区中心部付近から積雪を噴き飛ばして茶色の土煙がもうもうと立ち昇っている。

 ワイズマン中佐の眼に、一瞬だが巨大な何かが土煙の中で蠢くのが見えた。


「まさか……奴なのか!?」

呻くように呟くワイズマン中佐。


「中佐殿?何か見えたのでありますか?……自分にはさっぱり分からないであります」

傍らの副官は蠢く物を見つけられていない。


「全車砲撃用意!目標、ダビデ23がロストしたトンネル!」


 意を決したワイズマン中佐が、砲撃準備を指示する。


「中佐殿!ダビデ23を見殺しにするのでありますか!?」

驚いて制止しようとする副官。


「馬鹿者!ダビデ23はもう居ない!彼らは既に"死海の悪魔"に喰われている……」

苦渋に顔を歪ませるワイズマン中佐。


「死海の悪魔!?あの死海避難民キャンプを全滅させた、正体不明の巨大生物でありますか!?」

驚愕する副官。


「……そうだ。君も報告書は見ただろう?……死海避難施設の敷地内に地下深く続く"穴"があった。

 上層部はヒズボラの偵察用試験トンネルだとほざいていたがな……あの穴は奴の通り道に違いない」


 土煙の中からはっきりと姿を現した巨大な生物を指さすワイズマン。

 

 そこには、巨大な口を開放したワームの頭が、辺りを伺うように揺れていた。


「全車、撃てっ!!」

砲撃を指示するワイズマン。


 ガザ地区に砲口を向けていたメルカバ戦車中隊の120mm砲と、砲兵中隊のMLRS(多連装ミサイルシステム)のミサイルが住宅地の廃墟に発射された。

挿絵(By みてみん)

 地中から顔を出し、子供達の為に、次の得物の痕跡を探そうとしていた巨大ワームは、空腹のあまり餌の痕跡探しに集中していた為に警戒が遅れ、空中から降り注ぐ砲弾をまともに浴びると、ズタズタに身体を引き裂かれて絶命した。


「砲撃止め!地中レーダー、赤外線サーモで索敵!」


 爆炎と土煙が治まる前に索敵を指示するワイズマン中佐。

 

「砲撃目標地点に生体反応なし!」


「よし、全車一旦ここから後退する。軍管区司令部に偵察車両と増援要請だ!」

撤退を指示するワイズマン中佐。


「中佐殿、敵の正体を確かめなくてもよいのでありますか?」

「また斥候を出すというのか!?これ以上、部下の犠牲を甘受する訳にはいかんのだ」


 怪訝そうな顔の副官に声を荒げて答えるワイズマン中佐。


「……あれは。……あの生物が単体で居る訳ないだろうが!」

戦慄して叫ぶワイズマン。


「このままでは我が国はいずれ滅んでしまうぞ……」


 自らの行く末を憂いながら後退を指揮するワイズマン中佐だった。


          ♰          ♰          ♰

 

2025年(令和7年)4月19日【地球中東 イスラエル国 暫定首都テルアビブ 首相官邸】


 火山灰に被われた首相官邸を、一人の日本人が突然訪問した。


 突然の訪問に驚愕した警備兵が東山を詰所へ連行しようとしたが、官邸に詰めていたモサド長官が取りなしてニタニエフ首相との面会が実現した。


「始めまして。日本政府首相補佐官の東山と申します」

東山がニタニエフ首相に一礼した。


「遠いところからよくいらっしゃいましたな。ミスターヒガシヤマ、歓迎します」

突然の訪問にもかかわらず、ニタニエフが温和に挨拶を返した。


 実のところ、外国政府関係者が首相官邸を訪れたのは第三次世界大戦後の『大変動』以降初めてである。通信ではユニオンシティ国のソーンダイク代表と何度か話しているが。


「ありがとうございます、首相閣下。ですが、それほど遠くでは無かったような感じですね。何しろ、日本大使館から来ましたから」

東山がさらりと笑いながら言った。


「確か日本大使館は、閉鎖していた筈だが?」

怪訝そうなニタニエフ。


「報告が遅れて申し訳ございません。先程火星から大使館を再開させるべくスタッフが到着したものでして……」

バツの悪い顔で答える東山。


「テルアビブ国際空港は閉鎖されたままですが?」

同席していたモサド(イスラエル諜報機関)長官が口を挟んだ。


「異星文明の装置で30分前に貴国に来訪しましたので」

事も無げに答える東山。


「「は??」」

想定外の返答にニタニエフ首相とモサド長官は絶句した。


「まあ、細かい事は後程ご説明します。本日は首相の澁澤から、ニタニエフ首相閣下宛に親書をお届けに参りました」

東山がニタニエフ首相に澁澤からの親書を手渡す。


「これは、このご時世にご丁寧な事だ。

 それで、貴国は周辺国を天敵として争い続ける埃まみれの国にどんな御用かな?」

ニタニエフが皮肉げに言った。


 東山はニタニエフの自嘲にはニコリともせず真面目な顔で、


「率直に申しますと、地球上での我が国国民の救助と保護を可能な範囲でお願いいたします。

 同時に我が国は、貴国に避難場所の情報を提供します」

 

「具体的にお願い出来ますかな?」


「貴国の一時避難場所として、トルコ中央部アナトリア高原にある、カッパドキア地下都市を提供いたします。既にアンカラで存続していた暫定トルコ政府から、承諾は得ております。

 国民の方々の輸送や、足りない物資の補給については、火星と月面ユニオンシティからシャトル便でピストン輸送します。

 そして、出来るならば、貴国一部国民を火星開拓にお招きしたい。

 貴国の軍事技術、高度テクノロジーは、火星でも必要と我が国政府は考えています。是非とも検討して頂きたい」


「首相閣下にはモサドからある程度の情報は入っているかと思いますが、我が国は火星現地文明=マルス・アカデミーと言いますが、3年前に接触し友好関係を結んでおります。

 我が国は偶然に、マルス・アカデミーが設置していた転移装置により、中国とロシアの核攻撃から逃れるため火星に列島ごと転移、現在は地球に近い劇的な環境変化を遂げた火星で新天地開拓と地球復興に力を入れています」


 東山から立て続けに伝えられる情報にニタニエフは絶句した。モサド長官から事前に日本の情報は聴いていたが、直接日本国政府特使から言われると大変な実感を伴うものだ。


「地球復興と火星開拓には我が国の他、ユニオンシティ国、転移当時に日本に居たEU各国大使館と旅行者、在日米軍—――—――失礼、在日ユニオンシティ軍と共に取り組んでいますが、人手、物資、あらゆる面で足りないものだらけなのです」


「貴国はこの過酷な地球でほぼ唯一、国家を維持して来られた。その力を是非とも我々に貸して頂きたい。お互いに協力出来るならば、我が国は貴国の維持発展に最大限の力を尽くしましょう」


 真摯に説明を終えた東山が二人に深く頭を下げた。


 ニタニエフとモサド長官は絶句したままだった。


「大変貴重なお話ありがとうございます。ミスターヒガシヤマ、返答までどれくらいの時間を頂けるのかね?」

やがて立ち直ったニタニエフが質問する。


「3時間後に火星の日本は夕方の5時になります。役所も5時に閉まりますから、それまでにお願いします。

 ちなみに、これは交渉では有りません。こちらから押し付けるものは何も有りません。常識の範囲内でですがね」


 ニヤリと笑ってそう言うと、東山は日本大使館に戻っていった。



「私は夢を視ていないよな?」


 モサド長官に真顔で聞いたニタニエフ首相だったが、モサド長官は答えられないとばかりに肩を竦めただけだった。


 1時間後、東山は再度首相官邸に呼び出され、日本国政府の申し出を受け入れるとの回答を得た。


 東山は、首相官邸に勢揃いしたイスラエル内閣全閣僚に少し驚いたが、ニタニエフにカッパドキア地下都市の情報提供を行い、同行した航空・宇宙自衛隊の高瀬中佐が、ユニオンシティ駐留自衛隊シャトルを利用したイスラエル本土とカッパドキアとのピストン輸送を提案した。

挿絵(By みてみん)

 全閣僚が真剣な目付きで東山とニタニエフ、国防長官、モサド長官との打ち合わせに聞き入っていた。


 イスラエル政府はすぐにでも動き出すようだった。


 ニタニエフはその日の夜、緊急放送をイスラエル全土に向けて行い、イスラエル国のカッパドキア地下都市への国家移転と日本国政府全面支援による火星開拓を発表した。


 1948年の建国以来、周辺国と四度にわたる中東戦争を生き抜いてもなお、明日をも知れぬ緊張した日々を過ごしていた750万のイスラエル国民はこの放送に最初は耳を疑った。


 だが、澁澤首相からのたどたどしいながらも、収斂を積んだとみられるヘブライ語で書かれた親書と、ヘブライ語と英語の2回に分けたビデオメッセージが伝えられると、日本国の本気を肌で感じた市民達が、火山灰が降り積もる街中にも関わらず外へ繰り出して自らの未来に歓喜した。


 この放送の3日後には、巨大な二等辺三角形が特徴的な、最初の自衛隊大型シャトル(もちろんマルス文明のものだが)の「船団」が火山灰で濁った灰色の空を押しのけるように現れ、大変動以来閉鎖されていたテルアビブ国際空港に所狭しと降り立った。


 イスラエル国営放送は、第2陣船団がイスラエル上空衛星軌道で待機中であると航空・宇宙自衛隊の提供した動画を使って繰り返し伝えていた。


 もはや日本国を疑う者など誰も居なかった。


 テルアビブ国際空港に、日の丸をはためかせた自衛隊大型シャトル船団が到着した翌日未明、イスラエル軍特殊部隊が、モサドによって居場所が把握されていたアテネ、アンカラ、イスタンブール、カイロ郊外に隠れ住む僅かな日本人を救出して帰還した。


 航空・宇宙自衛隊月面基地への帰途についた第一次自衛隊大型シャトル船団には、救出された中東在留日本人65名の他、早くも火星入植第一陣の国民15,000名と政府出先機関要員と陸海空軍統合精鋭1個師団の隊員とその家族20,000人が装備付きで乗り込んでいた。


 日本国政府は火星生物の脅威も隠さず全てニタニエフに開示していたのである。


 その後、ミツル商事宇宙部門が開設した日本国とイスラエルの直通便が運航された段階で、ニタニエフは火星訪問を澁澤首相に打診し、澁澤は快諾した。


 イスラエル国は、伝統的な旧アメリカ合衆国の親イスラエル政策を継承したユニオンシティ国との関係を現状維持に留めながらも、日本国と「準同盟」とも言える新たな二国間関係に力を入れる外交・安全保障政策に舵を切り始めたようだった。

ここまで読んでいただきありがとうございましたm(__)m


【このお話の主な登場人物】


・東山 龍太郎=内閣官房首相補佐官。西野の大学同期。

挿絵(By みてみん)

・ベンジャミン・ニタニエフ=イスラエル国首相。

・ワイズマン=イスラエル国防軍中佐。

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