門出
2025年(令和7年)1月15日(大安)午後12時30分【東京都港区赤坂 ホテル『ニューオタニ』】
この日、大月が社長を務める「ミツル商事」起業の忙しい合間を縫って、大月と西野ひかりの結婚披露宴が盛大に行われた。
会場は祖父の似志野清嗣が確保し、企画演出は美衣子達マルス人三姉妹が担当した。
招待客は、澁澤総理大臣に岩崎官房長官、東山首相補佐官、英国連邦極東ケビン首相、英国連邦極東軍ロイド提督、ユーロピア共和国ジャンヌ・シモン首相、JAXA理事長の天草、ミツル商事新入社員となった岬、琴乃羽、春日、地球からユーロピア共和国に避難した北欧の養父母と、豪華多彩な顔ぶれが出揃った。
火星日本列島諸国の政財界要人が集まっており、結婚披露宴でなければこの場で臨時サミットが開かれていたことだろう。
この要人の異常な集中度合いは当然にマスコミの知るところとなり、ホテルには取材陣が殺到した。
ホテル側は「ごくごく普通のお客様が迎える人生の門出にどうかご配慮お願いします」と取材自粛を要請し、また日本国政府総務省はMCO(火星協力機構)記者クラブに対し”個人のプライバシーを尊重するよう”異例の強い要請を行った。
にもかかわらず、スクープを狙う大手マスコミ下請けや、売り込みを狙うフリーランス記者、パパラッチ等が"報道の自由"を主張、要請を無視する形で出入り業者等に変装してホテルへ潜入するのだった。
潜入者達が目にしたのは、ごくごく一般的なシティホテルの日常であった。
唯一、ロビー案内画面に「2階『海神の間 大月家 似志野家』」と表示されていた。
ロビーや2階フロアーに物々しい警備は敷かれておらず、SPや私服警官も見当たらない。
2階「海神の間」入り口には、披露宴招待客向けのこじんまりとした受付があり、受付係を志願した春日と琴乃羽が所在無げにちょこんと座っているだけで、招待客は受付を済ませると室内へ入っていく。
マスコミ関係者は入室出来ない為、受付付近で待機していたが「海神の間」からは、披露宴開始前の浮ついた喧騒は聞こえず、静かな演目のピアノ演奏が流れるだけだった。
だが、しばらくしてマスコミ関係者は異常な状況に気付く事になった。
既に200人以上の招待客が来場しているにもかかわらず、パンフレット記載の『海神の間』収容人数は80人だからである。マスコミ関係者は首をひねった。
実は「海神の間」奥には、美衣子が設置した『どこへもドア』があり、火星シドニア地区マルス・アカデミー地下研究施設「ヘル・シティ」に接続されていたのだ。
「ヘル・シティ」一角にゼイエス研究室跡が在り、美衣子達三姉妹はそこを披露宴会場として改装、利用したのである。もちろん内装は、ホテル『ニューオタニ』に合わせたシックなデザインにこだわり、ダンスホール並みの広さもある。
「海神の間」奥には丸テーブルがずらりと並び、高砂、新郎新婦席があった。
広大な披露宴会場各所には、美衣子達三姉妹謹製ゴスロリ衣装を纏ったマルス・アカデミー・アンドロイドとホテル側から派遣された人間の給仕が、テーブルの間を優雅に移動しながら来賓の案内誘導と飲食物の提供を行っていた。
招待客テーブルが満席になったところで、場内アナウンスが流れる。
「これより大月家と仁志野家の結婚披露宴を始めます!」
日曜昼に放送中のNHK『全国のど自慢』でお馴染みのチャイムとアコーディオン演奏が出席者の手拍子付きで流れる中、高砂と反対側にある『どこへもドア』がゆっくりと開くと、和装婚姻衣装を着た大月とひかりが現れ、八百万の間の真ん中をゆっくりと腕を組みながら歩いて高砂へ向かっていく。
全国のど自慢で司会を務める名物アナウンサーが、
「ご入場される新郎新婦を、拍手でお迎えください!」
新郎新婦の入場を告げると、各テーブルの招待客から盛大な拍手が沸き起こった。
盛大な拍手に照れながらも、幸せそうに腕を組んで高砂へと向かう大月とひかりであった。
高砂の檀上は大月とひかりだけが座り、両家の親族は高砂に近いテーブルに座っている。
これは、母親が入院中で出席できない大月家への配慮である。
大月の母親は2年前、彼がワーム襲撃を受けて重態となった知らせを聴いてショックを受け、脳溢血で倒れて以降、自衛隊中央病院で治療を続けていた。
脳溢血に伴う痴呆症も同時に発症し、重態は脱したもののリハビリは困難を極めていた。正常な生活と社会復帰は困難と診断されている。
「—――—――それでは、乾杯の音頭を、澁澤太郎様に頂きたいと思います!」
少し緊張気味な司会が敬称を省略すると、招待客が騒めく。
「本日は、新郎新婦及びご来賓の皆様からの"強い"お申し出により、ご来賓の皆様のお名前に付随する肩書等は大変恐縮ながら、省略させていただいております。
……私自身、人生初となる火星文明プロデュースの式次第に大変戸惑っている位でございます。皆様どうかご理解、ご容赦の程よろしくお願いします」
冷や汗を額に浮かべたNHK司会が告げると、澁澤のテーブルに座っていた岩崎官房長官が立ち上がって拍手をした。
呼応するように、英国連邦極東のケビン首相、ユーロピア共和国のジャンヌ首相、MCA宇宙軍提督のロイド中将が次々と立ち上がって拍手をした。
八百万の間にステンディングオベーションによる賛同の拍手が鳴り響いた。
拍手が鳴りやむと澁澤がシャンパンのグラス片手に高砂前にあるマイクの前に移動する。
「それでは、大月満君と西野ひかりさんのご結婚を祝して、乾杯—――—――っ!」
招待客全員が乾杯と唱和した。
「……澁澤様、大変ありがとうございました。新婦はここでお色直しの為、一時退席いたします。皆様拍手でお見送りください!」
出席者の温かい拍手に包まれて新婦が、高砂席背後に出現した『どこへもドア』の向こうに消えると、ドアも自然と空気に溶け込む様に消えていった。
「それでは皆様、しばしご歓談ください」
司会が告げると照明が少し落ち、高砂前の床からスモークが流れ出すと、どこからか波音が響いてスモークの中から木造船に乗った、7人組+1名の和装に身を包んで楽器を手にした老若男女が現れた。
「……今、火星日本列島を護る――――――八百万神々で有名な新時代エンターテイナー”SITIFUKUJINN!”の皆様でございます」
司会による棒読みな紹介の後に、
「弁財天でございます」
「恵比寿やで」
「大黒天です」
「布袋です」
「毘沙門天よ」
「寿老人じゃ」
「福禄寿……」
「……ゼイエスです」
「8人かよっ!」
他の七福神からハリセンで突っ込みを受けるキメ顔のゼイエス。
「皆の衆!ノッてるかい?それじゃあ、めでたい日にふさわしい1曲目っ!『泳げ!タイヤキくん』!!」
……素晴らしい演奏にもかかわらず、選曲に突っ込みを入れたくなる曲の数々が演奏される。
テーブル席には、マルス人御用達コース料理”火星づくし”がふるまわれていた。
料理の監修は、マルス人の中で一番日本文化に染まったイワフネと宮内庁料理人、ホテルニューオタニ総料理長だった。
火星車エビ、火星伊勢海老、火星アワビにウニ、江戸前アナゴ等、火星海洋と東京湾で獲れた新鮮な海の幸が盛大に振る舞われた。
ちなみに素材の一部は、瑠奈の一本釣りや”素潜りの達人”となったイワフネが、夜中の横浜市沖で収穫している。
先日、晴れてイワフネも神奈川県漁業協同組合に加入していたのだ。
SITIFUKUJINNのミニライブが盛況な(騒然な?)うちに終わり、続いて結の芸能事務所コネクションで呼び寄せた大物演歌歌手や、アイドルグループによる「出し物(歌と踊り)」が過密スケジュールで決行され、招待客は思わぬ豪華老若男女キャスト達の登場に歓喜した。
各テーブルの招待者席には、結婚披露宴式次第が各人毎に「ホログラム(立体映像)」で用意されており、ホログラムに触れるだけで式次第が表示される仕組みとなっていた。
出席者の一人が「おい、この式次第……」愕然としながら隣の出席者に声をかける。
「……なんで広告が載っているの?しかも広告は動画だぞ!!」
「連絡先はテーブルNo.で表示されている!?」
「うちのお得意先がテーブルNO.7に座っている……マジかよ。あれは菱友銀行の瑞星頭取だよ。新郎が経営する会社のメインバンクだ!間違いない!おい!今からビール注ぎに行くぞっ!」
思わぬビジネスチャンスが、参加者達にもたらされ、テーブルのあちらこちらで、驚嘆と歓喜と出会いの囁きが起こる。
列島諸国要人を招待したテーブルでは、
「ケビン、君は日本で最も成功した人物としていずれ「極東TIME誌」に載るぞ!」
「何をつまらんことを言っているんだ外務大臣」
「ケビン?」
「ああ、すまない。ソールズベリー卿」
「日本のケッコンヒロウエンとは、我々西洋の物とは全く別物だな。厳粛さの欠片もない」
「ああ、同意する。だが長崎ダウニングタウンの結婚式場は、日本人の予約が殺到して三年先まで予約が埋まって大儲けらしいが、日本独特の習慣を取り入れる事に苦労しているようだ」
「まだ可愛いものじゃないか。此処ぐらいに異質なら苦労するだろうに決まっているぞ」
「そうだな。火星に転移してからというもの毎日がジョークの世界に居る感覚だよ」
「同感だ。ウィスキーが足りないな」
二人は30分前に長崎県ダウニングタウンの首相官邸から特設された『どこへもドア』で密かに到着していた。
隣接するユーロピア共和国のジャンヌ首相も同じだった。
彼女は補佐官の姉と共に各テーブルを廻り、人脈作りに余念がない。
「異質な文明さえ平気な顔で日常に取り込む日本人が私は恐ろしい……」
ソールズベリー卿が感嘆のため息をつく。
現在新郎新婦が座る高砂前の空中では、マルス人三姉妹の一人である瑠奈が、命綱無しの一輪車で綱渡りを披露していた。
両手でバランスを巧みに取りながら、両手に持った扇子から噴水を出す水芸を披露している。
水芸の水が、間欠泉のように天井高くまで噴き上げているが、大丈夫だろうか?
瑠奈の居る周囲の空間だけ電磁シールドが展開されており、瑠奈だけが自らが展開した空間の中で溢れた水に溺れながら、マルス・アカデミー・アンドロイドの黒子スタッフに会場から退席(移動回収)していった。
「可愛いお嬢さんの体を張った出し物に、皆様盛大な拍手をお送りください」
司会が苦笑しながらフォローすると、会場からどっと大きな笑いと拍手が沸き起こった。
近隣の濡れたテーブル席に、姉の美衣子と結がいそいそとお詫びのタオルを配っていく。
白地のタオルには赤い文字で「ミツル商事」とプリントされていた。
火星人は商売上手だな、と感嘆するケビン。
我が国の旅行者も、あれくらいの環境適応力を期待したいのだが……いやいや無理はやめておこう、とケビンは思うのだった。
お色直しが終わった新婦が、純白のウエディングドレスで現れると、英国連邦極東やユーロピアの招待客テーブルから「ビューティフォー!!」「プリティ・ウエディングドレス!」等と歓声が沸き起こる。
「ここでダウニングタウン管轄、極東ウェストミンスター教会司祭様による”誓いの儀”、続いて神田明神七福神様ご一行による”祝福の儀”が執り行われます」
会場のホテルから派遣されてきた給仕が、披露宴会場の壁際で待機する同僚に小声で語り掛ける。
「なあ。確か"一般人の普通の門出"とうちの支配人は言っていたよな?」
「そうだな」
「どこが普通なんだ?」
「……そうだな」
今日だけ同僚となったアンドロイド給仕が優雅に動き回る中、二人の視線の先では”本物の”七福神達が、大月とひかりに「祝福」の「御神酒シャンパンかけ」を振りまき、テンションの上がった英国司祭や美衣子達三姉妹も周囲のテーブルにお裾分けとばかりにシャンパンをぶちまけていた。
給仕の二人は慌ててタオルを手に取ると、阿鼻叫喚の祝宴に突入していった。
その後も出席者を熱狂させるイベントが続いたが、最大の出し物は三姉妹主催”大ビンゴ大会(三姉妹お小遣いの大半はここに費やされた)”だった。
「一等はマルス・アカデミー所属オウムアムル型恒星間宇宙船1隻。全長2㎞、幅500m、速度は秒速2キロよ」
披露宴会場の中空にホログラム映像付きで宇宙船のスペックを紹介する美衣子のアナウンスに会場がどよめく。各国政府機関関係者の目が険しくなる。
「二等は”どこへもドア”よ」
会場が沸く。科学者や流通業界参加者の歓声が熱烈だ。
「三等はターミネイター型万能アンドロイド。戦闘ももちろん可能よ」
会場がヒートアップしてきた。
来賓の副官として付いてきた軍関係者がビンゴ賞品の写メを撮り始める。
介護サービス業界や警備会社の経営者も顔色を変えて負けじと動画を撮っている。
「四等は私の肩たたき券よ」
大きいお友達紳士の招待客が数名興奮して失神した。
「五等は風雲ムスビ城の”城主権1日分”よ」
マスコミ、テレビ業界関係者が、数名興奮して失神した。
「残念賞は、瑠奈と夜の東京湾アナゴ釣りツアーよ」
ついでと言わんばかりに美衣子が案内する。
「私が残念みたいな言い方傷つくっス!!」
瑠菜が嘆くと全員が爆笑した。
人生の波乱を短時間で演出した大ビンゴ大会の結果は、瑠奈のクラスメイトである天草華子が一等を引き当てた。
華子は父親の天草JAXA理事長や文部科学省の関係者に連れられて、部屋の片隅で何やら打ち合わせを始めていた。
JAXAは一気に外宇宙探索に乗り出すつもりだろうか?
艦長は華子らしい。
華子は急な人生大転換に興奮して過呼吸になり、クラス担任の澁澤真知子先生から応急処置を受けていた。
二等の「どこへもドア」は、角紅の得意先である流通宅配大手のヤマテ運輸社長が引き当てた。
ヤマテ運輸は大陸間&惑星間宅配便に参入する勢いのようだ。
「……なんでやねん」
残念そうな顔の仁志野清嗣。角紅の宅配便参入計画は変更を余儀なくされるようだ。
三等の「ターミネイター型アンドロイド」は、英国連邦極東のソールズベリー外務大臣が引き当てた。
翌日、ソールズベリー外務大臣は、ケビン首相に辞表を提出して警備保障会社を立ち上げた。
ケビンはこの警備保障会社を国防省の傘下に収めるつもりだった。
四等以下は……個人の名誉に係わるので省略したいが、全員が満足した事は確かだった。
こうして、一般からかけ離れた大月家の「普通な」結婚披露宴は、大盛会のままお開きとなった。
二人の新婚旅行は、かねてから美衣子達三姉妹に対する列島各国の招待を受ける形で、英国連邦極東とユーロピア共和国、月面都市ユニオンシティをお忍びで3か月かけて廻る事となった。
三姉妹と「ミツル商事」の面々が、この機を逃さずビジネス目的で随行したのは言うまでもない。
また、大月とひかりがいろいろと励んでしまった事も自然の摂理であった。
ちなみに、招待客には帰り際に結手作りの引き出物である「玉手箱(改)」が配られた。
この「玉手箱(改)」は1回限りだが、箱から噴出する白い細胞活性化パウダーにより、パウダーに触れた身体の部分が2年程度”若返る”という驚きの効能だった。
ちなみに、ミツル商事の主力商品として計画されたが厚生労働省から「頼むから商品化は待って!マジでっ!」と泣き落としが入って製品化を断念した経緯がある。
そうとは知らず、披露宴の出席者全員が次々と箱を開けてしまい、毛髪が豊かになったり、肌の艶が良くなったりと一部で喜びの声が挙がったが、内閣官房から他言無用の要請があり、大月家への問い合わせは無かった。
数年後、厚生労働省管轄のNIID(国立感染症研究所)とミツル商事の共同研究として特許申請が行われ、待ち焦がれた化粧品会社や、製薬業界から業務提携の申し出が殺到したのは、また別の未来の話である。




