教育者と保護者
――――――【東京都港区白金 聖新女子学院】
紳士淑女の皆さま方、ご機嫌如何かしら。
都内の小学校で教師を務める真知子と申します。
私は今、教師生活25年で最大の問題児と巡り会っております。
事の始まりは夫の太郎が、総理大臣を務めているのですが、
「”火星生まれ”の才女が居るのだが、人間社会での常識を知らんのだ。このままでは、日本国と火星文明の関係に支障を及ぼしかねん……。
何とか真知子の手で”常識を弁えた淑女”になるよう教育してもらえないだろうか?」
と懇願されたからです。
そして彼女—――—――瑠奈さんと言いますが、編入当日に校長室で出会った彼女の第一印象は、清楚な黒髪と大変整った容貌が印象的な淑女”大和撫子此処に在り”そのものだと思ったのです。
校長先生の有難いお言葉にも、彼女は恥じらうかの如くお淑やかに黙って俯いており、うぶな乙女だと言わんばかりに見えたのです。
あまりの内気さに心配した校長先生が、
「瑠奈さん?大丈夫ですか?緊張しているのですか?」
と優しくお声をかけられても、
「……大丈夫……っス」
震えながらか細い声で答える瑠奈さんでした。
最後の方は緊張のあまり舌を噛んでしまったのでしょうか?あまり聞き慣れない語尾だったようですが……。
教室へ向かう途中、私は瑠奈さんに優しく話し掛けました。
「瑠奈さん。ここはお互いを信じて助け合う学び舎なのです。遠慮せずに言いたいことは言って良いのですよ?」
今でも思います……あの言葉は失敗だったのではないかと――――――いえ、失敗でした!
彼女は廊下で立ち止まると大きな声で
「しょんべんいきてーっス!」
と大声で叫ぶと廊下を全速力で駆け抜けると、殿方の職員が使うトイレへ躊躇うことなく飛び込んでしまいました。。
何てはしたない言葉でしょう!私は驚いてその場で立ち尽くしてしまいました。
何と言うことでしょう!廊下をはしたなく走るなんてっ!
私の教育者魂が、ふつふつと闘志を掻き立てて来ます。
――――――よろしい瑠奈さん。戦争です。私は教育者として瑠奈さんと最後まで歩む覚悟を決めたのです。
その後も瑠奈さんの奇行は続きます。
自己紹介の時は、
「大月瑠奈っス!みんなとノリ良く生きたいっス!」
教え子の皆さんが皆、唖然としたお顔をされていたのが今でも忘れられません。
国語の授業では、昔話の朗読は真面目に読まず、その場でお話を作り変えてしまうのです。
いくら私が注意しても「これが本当の話っスから!」と一歩も譲ってくれません。
特にかぐや姫に関しては頑固でした。
何でも、
「瑠奈のあいでんてぃてぃに係わるっス!」
と、ひらがなで小難しい事を言っておりました。
そこはクールにカタカナでは?と、はしたなく突っ込んではいけません。
つっ込んでは負けな気が致します……。
工作の授業は、皆で粘土細工をして豊かな想像力を育むのですが、瑠奈さんはご自宅の裏山から採取した赤土を持参してこね始めると、どこから取り出したのか、ろくろを回し始めました。
水滴交じりの粘土が周りに飛び散ります。
瑠奈さんいけません!人に迷惑をかけてはいけないのです!
私の注意に耳を傾けてくれた瑠奈さんは、ろくろを止めると粘土細工を掴んで黙ったまま教室を出ていき、運動場の片隅にある焼却炉に放り込んでしまいました!
私の注意の仕方が強すぎたのでしょうか?
瑠奈さんはずっと無言で、じっと焼却炉の前で立ち尽くしています。
「……真知子先生」
突然、瑠奈さんが私の方を向いて真剣な顔で話し掛けてきます。
「窯の温度は何度でしょうか?」
……瑠奈さん。ここは焼却炉ですよ。 温度はわかりませんが、ここで焼き物は出来ませんよ?
理科の時間では、皆と同じ材料を配った筈なのに、何故か瑠奈さんの班だけは、不思議物質ばかりが出来てしまいます。
この前は金のインゴットが出来てしまいました……。
瑠奈さん、今は理科の授業中ですよ?錬金術は放課後に私の家で沢山披露してくださいませ……絶対ですよっ!絶対に私の家でお願いいたします。大事な事でしたから二度も繰り返してしまいました。
英語や算数の授業は、私がどんなにチョークを飛ばして瑠奈さんの気を引こうとしても、眠りの世界から彼女は戻ってくれません。
私の授業はつまらないのかしら?
瑠奈さんと仲良くなった天草理事長の娘さんにお話を聴くと、瑠奈さん夜中は海へ出て漁をしている、と教えてくれました。
……だから日中は眠いのかしら?
瑠奈さん、そんなに食べ物に困る生活なのかしら?
私は心配になってご両親を学校に呼び出しました。
瑠奈さんのお父さんは、50代目前で総合商社に勤める会社員、お母さんは自称20代後半と若く美人さんで、お父さんと同じ職場だそうです。
お二人とも瑠奈さんの事を大変大事に思っているようでした。
お食事は、三食とも、炊飯器が空?になるまでお代わりしているようです。
では、どうして夜中に漁へ出るのでしょう?
「……社会勉強ですから」
「……働かざる者食うべからずですよぉ」
にこやかな表情ですが、厳しいお言葉で教育方針を語るご両親。
なんて厳しいご両親でしょう!
大切な我が子にもかかわらず、生きて行く為には夜中だろうと海へ出して働かせる。
私は今まで、教育者として生温い指導しかしてこなかったかもしれません。
深く反省いたしましょう。
「いつも娘がご迷惑ばかりかけて本当に申し訳ございません」
冷や汗をかきながらテーブルに額が当たらんばかりに頭を下げるお父様。
お二人は私に深く深く頭を下げ、気の毒になるくらい恐縮し、謝罪しながらお帰りになりました。
良かったらどうぞと、車海老の干物が詰まった重箱を置いていかれました。
私と主人の好物が、海老だと何処で聞いてきたのでしょう?
さすが一流商社マンですね。こちらが言わずとも、欲しい物を察して先回りして用意するとは、流石でございます。私感服いたしました。
今宵の晩酌は大変豪勢な肴で楽しむといたしましょう。
私は真知子。
教師生活25年。
今日も可愛い教え子の瑠奈さんに、愛の鞭をビシバシ振るわせて頂きたく存じます。
もちろん、錬金術の補修は毎日欠かさずに開催いたしましょう。
教育委員会?
PTA?
児童相談所?
何それ?美味しいの?
それでは皆様、ごきげんよう。
♰ ♰ ♰
――――――【東京都大田区 田園調布 角紅社長 似志野 清嗣の自宅】
よお!儲かってまっか?
ワシは今、とってもめんこい嬢ちゃん達の面倒を見られて幸せなんやで~。
孫の所で生活していた火星人の三姉妹を、孫の挙式までの間、家で預かる事になったんや。
ヒャッホー!
「お祖父ちゃん!けっこんひろうえんというイベントのプログラムが出来たっス!」
元気な瑠奈ちゃんが、トテトテ歩いてワシに手作りの式次第を見せてくれる。
んんっ?……火の輪くぐり……!?
「瑠奈ちゃん?なんで、結婚式で夫婦が火の輪をくぐらんとあかんのや?」
ワシは丁寧に教えるで。東京では厳しい躾の小学校に通っとるさかい、その反動で家ではボケてるかもしれんからな?
「夫婦が共同作業で困難を乗り越える……とググったら出て来たっス!」
晴れ晴れとした顔でトンデモ回答する瑠奈ちゃん……。ないわー、てか、どんなググり方したんや?
「共同作業のハードル高いがな!もっとこう、普通にやな……」
激しすぎる瑠奈ちゃんのボケにお祖父ちゃんびびってまうがな。
「ケーキ切るだけの共同作業なんて、困難と言わないっス!」
「いやいや、室内で火使ったらアカンがな」
「じゃあ、熱湯風呂に挑戦したり、二人三脚で地雷原突破したり、巨大ワームと闘わせたり、とか?」
「……どんだけ芸人ネタさせんねん!とりあえず、新郎新婦にハードな事させたらアウトなんやで!」
「それに、熱湯風呂とか火の輪くぐりは、瑠奈ちゃんの方が上手やろ?」
「……なん、ですと。どうして、分かったっスか!?」
シリアス顔で訊いてくる瑠奈ちゃん、可愛いけど内容アウトやから引くわー!
……もしもし、ひかり。瑠奈ちゃんにどないな教育しとんねん。
「お祖父ちゃん。入刀用のケーキ作ってみた」
おっ。無表情なトカゲ少女美衣子ちゃんの登場や。
チョコチョコ歩く仕草は萌え萌えトカゲやで……。
……せやけどなあ。美衣子ちゃんよ。
入刀用のナイフがバチバチと閃光を放ちながらブンブン輝いてるで?これ、ライトセイバーちゃうんかいな?
あれか?美衣子ちゃんは新郎新婦をラスボスと戦わせる気なんか?
おまけにウエディングケーキからは、ロウソクみたいにローストされたイワシの頭がズボズボ突き出しとるで?
「……イワシは魔除け。大月とひかりには、是非とも安全に過ごして無事に弟を作って欲しい」
なんて健気なお嬢ちゃんや、ワシは涙もろいんやで?
せやけどなぁ……。
「……うーん、美衣子ちゃん。ライトセイバーはないわー。ついでにイワシケーキもないわー」
「クエッ!?……ニシンの方が良いのかしら?それとも”めで鯛”それとも”出世魚”?」
素で狼狽える美衣子ちゃん。
いやいや、お祖父ちゃんも内心ライトセイバーが怖くて、手を出されへんのですわ。
「……取りあえず魚から離れよか。閃光を放つライトセイバーも危険やで?」
美衣子ちゃんにはもう少し知恵を振り絞って貰わんとな。
新郎新婦がライトセイバー振るうなんて、どこのスターウォーズやねん……。
「お祖父ちゃん!引き出物の試作品を作ってみた」
美衣子ちゃんに似て、キュートな萌えトカゲの結ちゃんが小箱を持って来たで。
それで?んんっ?
「あっ!お祖父ちゃん、そこ開けたら成長促進パウダーが……」
引き出物の箱を開けると、白い煙がブワッと沢山噴き出してきおった。
「けほっ!……お祖父ちゃんがお爺ちゃんに……って、変わらないわね。失敗だわ……」
「……けほけほっ!洒落かいなっ!」
残念そうな結ちゃんやけど、お祖父ちゃんもその発想、残念やと思うで。
「……結ちゃん。引き出物はなあ、招待客の皆さんに”縁起物”を渡すんやで?」
「よくわかった」
キリッと勢いよく頷く結ちゃん。
ホンマか?ホンマにわかっとるんか!?
ワシの言う事を、皆素直に聞いてくれるのは嬉しいんやで?
……せやけどなあ。
行動が跳び抜けて斜め上、というか……あれや、違う世界へ逝ってもうてんねんっ!
「お祖父ちゃん。これならどう?一富士二鷹三茄子にちなんでみた!」
なんや?火の鳥の羽根に茄子がわんさか生えた生き物は……どこのバイオハザードやねん!?
あちちっ!ワシの肩に止まったらアカンがな……。
ワシは似志野 清嗣、ひかりの祖父や。
誰か、このお嬢ちゃん達を止めてくれへんか……マジで死ぬかもしれん、ワシ。
ここまで読んでいただきありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・大月 満 = 総合商社角紅社内で海洋開発事業「ミツル商事」を起業。
・西野 ひかり=総合商社角紅役員。大月の前ではデレる。社長の孫娘。
・西野 美衣子=マルス文明日本列島物育成環境保護システム人工知能。
・鷹見 結=マルス文明尖山基地管理人工知能だったがクローンに移植された。
・大月 瑠奈=マルス文明地球観測天体管理人工知能。小学四年生となり日本社会勉強中。
・澁澤 真知子=瑠奈が通う小学校の担任教師。夫は澁澤総理大臣。
・似志野 清嗣=総合商社角紅社長。阪神大震災で両親を喪った孫娘のひかりを引き取って面倒を見ていた。




